(091〜095)
(091)春雨があがって、校庭に小さな子らが駆け足で集まって口々に大きな声を上げる。鉄柵に向こうにぶらぶら寄った犬がその子らの様子をうかがう。やわらかな日差しがよみがえり、ぼんやりした風がゆっくり花の匂いを運ぶ。私が死んだのこんなのどかな昼だった。
(092)出発するには、もうあまりに遅い時間だったが、爪のような月に見守られながら、船を出すのならばむしろ歓迎すべきかもしれぬ。胸に帯びた銃を撫で、ゲートルを結び直して次の街へ向かう。敵はいまどこにいるか。味方にはついに出会えぬままなのか。なまぬるい風がにおう。
(093)窓の外を牛の大群が洪水のように歩いている。その黒々とした背中が月明かりにギラギラ光って、わさわさ揺れるたびに目を射るように反射するので、私は窓を閉め、カーテンを閉じて作業の戻るが、いつまでも、いつまでも、牛の群れが頭から離れない。
(094)湖に面する郊外電車の中から花火を見上げる。色とりどりの光の幻影の向こうに、かつて親しくした女性たちの姿が重なって浮かび上がり、そのさまざまな肢体を懐かしんでいると、電車はトンネルに入って、薄いオレンジ色の明かりに包まれた車両の中の乗客は僕一人。
(095)その店のカウンターに置かれた胸像は生きていて、質問するとあさっての方向から答えが返ってくる。それは要するに予言で、事件はいつも胸像が語る通りの筋道をたどって落着するのだ。しかし胸像は澄ました顔で、落ち着くことなんてのは世の中にないよと言う。
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