(006〜010)

(005)植込みの薔薇が雨の中で色彩を失っている。とても寒いので悴んだ指をさすりながら、いやあれは黄色だろうとか、赤に決まってるじゃないかとか、青い薔薇というのはちょっとしたものらしいねとか、囁き交わす声を聞いている。時折くすくす笑いが混ざって。


(006)ひっきりなしに煙草を吸って、何か語っているのだが、まるで画面越しのように声はまったく届かない。このまま部屋を去ってしまっても、彼はきっと気づかないだろう。天井をゴロゴロジャラジャラ大量のパチンコ玉が転がっている音がする。


(007)外階段をばたばた音を立てて誰かが駆け下りていく。音の感触からきっと子どもだろうと思うが、いまは真夜中の二時で、こんな時間に子どもが遊んだりしているものだろうか。公園で男たちが激しく罵り合いをはじめ、子どもらが慌てて階段を駆け上がっていく音が聞こえた。


(008)音楽室にあの人が一人でいて、ピアノの鍵盤に指を滑らすとひとしずくづつ音が零れゆっくり室内が満たされていく。ほんの少しのからだの揺らぎが空気をふるわせて反響し、あの人が私に気づいて顔を上げ、鍵盤から手を離す。静寂が天使のようにピアノの上に座る。


(009)パッと大きな花が開くように地面に叩きつけられて誰かが死に、君はいやあね、こんなところまで血が飛んでいるわ、と嫌悪感を込めて言う。ぐちゃぐちゃになった身体はきっと大人で、たぶん男としかわからないけれど、声とうらはらに君の顔は笑っている。


(010)縁側に片膝を立てた女が座って庭にいる私の方を向いている。逆光なので視線の先が私に届いているのかはわからないが、私は帽子を脱いで挨拶し目が太ももの奥に向くのを不自然に見えないように逸らす。四時半を知らせるサイレンが鳴りはじめる。

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