(116〜120)
(116)市庁舎に立てこもっている兵士たちは、すでに故国が滅びてしまったことを知っている。バリケードを作り、軍隊に取り囲まれながら、どうやって敵に最後っ屁をかましてやろうかと考えているのだ。大空が真っ赤に燃え上がる夕暮。爆弾をたらふく詰め込んだ機体が彼らを暗く覆う。
(117)泣きたいようなことはもうすべて忘却してしまった。細かい雨が降っている。白いようになった線条の隙間から月のひかりが差し込んでいる屋上で、一人で、君のことを思っているのは幸福だろうか。屋根の下にはおしくらまんじゅう状態に猫たちが寝ながらこちらをうかがっている。
(118)出発の轟きを聞いたのは誰の耳だったか。君の耳か。もしかして私の耳か。そんなことが私の耳に本当に可能だったろうか。少なくとも現在の私の耳には何の音も聞こえない。ましてや出発の轟きなどは! 炎の舌をのばして岸をあらう海を見つめながら、波音一つ聞こえない私の耳。
(119)時計台の文字盤の裏に小部屋があって、天使がずっと住んでいる。夜明け前の透明な空気がよりいっそう澄み切ったごく短い時間、翼をひろげて天使は街の上を飛び回る。新聞配達の中年男が黙々と仕事をしているとき不意に空から一枚の羽根が落ちてきて、頬をかすめたので手に取った。
(120)計測所の職員は三十一名。日替わりで国境を監視し、敵との距離を計測する。1キロ以内の変化はいつものことであり報告しない。百三十年間で100キロを超える移動が見られたのは一度きりであるが、先遣部隊が三千人出発し全滅したものの、すぐに敵も撤退し事無きを得た。
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