(056〜060)
(056)旅行鞄を開けると、中から色とりどりの眼球がぼろぼろ零れ出してきて床に落ち、びちゃっと潰れたりコンコン音を立てて跳ねたりする。まずい、汚してしまったと思うがもう遅く、動いた拍子にいつくか潰してさらに硬いのに足を滑らせて倒れ、一張羅のスーツまでびちゃびちゃになってしまう。
(057)父はホテルに着くと、チェックインもせずにカフェに入って煙草を吸った。ここだっていつまで吸えるかわかってものではないなと呟いてコーヒーを飲み、盛大に煙を吐く。私は落ち着かず返事もそぞろに周囲を眺めていたが、外はもうすっかり暗く、回転扉から彼らが入ってくるのが見えた。
(058)街道の辻に喋る生首がいる。選ばれたものだけがその声を聞くことができるその言葉は未来に成就する出来事を語ると言われていたが、その予言を使って富や権力を得たという者に誰も実際に会ったことはないらしい。怪談めいた話で、眼前に転がっていた生首が目を剥いた瞬間に私は逃げ出した。
(059)女の家まで来て、服装をもう少し整えておけばよかったと後悔するが、もはや遅く、ゆっくり扉が開いて私を招じ入れる。台所には煮炊きの甘い匂いが溢れ、ふと両足が泥濘にとられて濡れているのに気づく。それに裸足だ。階を上りながら、女と寝たらよく足を、身体も洗わなければいけないなと思う。
(060)そりゃあねえ!わしらだって何もぜんぜん知らんぷりしようってんじゃないんですよ、ええ、それはもう……と声を途切らせて男はニヤニヤ笑いだけ残し廊下の奥の影の中に消えてしまった。そうしてやっぱり私は一人取り残され、燭台の灯りが消えて、襖がすっと開いた部屋の中へと足を踏み入れる。
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