ゴングが鳴り、破壊された街に希望が現れる! ドラゴンよ、レスラーを知るがいい!

 イギュリの存在と暴力を聞いたピーチタイフーンは、すぐに動き出す。イギュリの居場所に転移魔方陣を用いて移動する。


 破壊された街。遠くからそれを見るピーチタイフーン。破壊の中心に立つドラゴン。黒い鱗を持ち、人間のように二足歩行をしている。移動の度に地面が揺れ、咆哮の度に空気と建物が震える。破壊の意志を持って振るわれた箇所は、なすすべなく灰燼と化す。


 まさに破壊の権化。ファンタジー世界における生物の頂点的存在。ヒトが怖れる自然の暴威の体現者。それが、ドラゴン。


「行くのですね」


 確認とばかりに問いかけるのは、同行を求めたピアニーだ。共に転移魔方陣でこちらにやってきたピアニーとその部下達。彼らは【世界解放リベレーション】と共に破壊された街の生存者や蘇生可能な遺体の回収を行う予定だ。


「無論だ」


 遠くに見えても圧倒的な存在感を持つドラゴン。その巨躯、まさに山の如く。その破壊、まさに火災の如く。圧倒的という言葉はまさにこの時に使う言葉。圧され倒れそうになるほどの存在。


 しかしそれを前にしてもピーチタイフーンは臆さない。戦うのが当然とばかりに進軍する。そしてそれに従うように、ピアニーや【世界解放リベレーション】達も進んでいく。


「ああ? ゴミクズ共が何しに来たんだ?」


 自らに向かってくる軍団に気づいたイギュリ。イギュリからすれば進軍するピーチタイフーン達は、人間からすれば蟻以下の存在だ。地面に落ちるゴミと評するのも当然のこと。


 だが、イギュリは気づかない。そのゴミともいえる存在に『気づいてしまった』理由に。無意識、本能、第六感。それがピーチタイフーンを無視してはいけないと告げていることに。


「私の名前はピーチタイフーン! 一介のレスラーだ。魔国四天王の一角、イギュリ! 貴様に挑戦させてもらう!」

「お前がピーチタイフーンか! マジでレスラーだったとはな。バァァァァカじゃねーか! 今時、レスラーなんて。なんてギャグか!」


 言葉の最後に大量の『w』をつけそうな、そんな口調でイギュリは嗤う。嘲笑。


「レスラーを馬鹿にするか」


 ピーチタイフーンの声のトーンが、少し下がった。


「当然だろ! プロレスとかヤラせで八百長で出来レースじゃねえか! 時代遅れのショーなんか誰も見ねぇってーの!

 なに? そのレスラーがドラゴンに挑戦? はー、笑うわ。ウケ狙いにもほどがある。せっかくエルフなんだから弓使いとか魔法使いとかにしろよ。あと、お色気担当とかもな。俺がレクチャーしてやろうか?」


 ラノベだととかテンプレだととか、そんなことを言いながら自らのエルフ像を語るイギュリ。その語りが全部終わるのを聞き終わるまで待ち、ピーチタイフーンは口を開く。


「ご高説ご苦労。戦闘の拒否はないとみていいな」

「はぁ? オマエ俺の話聞いてた? レスラーとかねぇわ、ってことなんだよ! 相手にもならねぇ。この俺にヤラれるんだから、もう少し設定練ってこい。

 ……ああ、でもこいつ倒さないと引きこもりできないのか。うざってぇなぁ、死ね!」


 言うと同時に爪を振るうイギュリ。城壁を紙のように切り裂く龍の爪。破壊力にすれば列車の突撃に相応する一撃。ピーチタイフーンはおろか、背後にいるピアニー達をも一掃する攻撃。風を切る音ですら耳をつんざく轟音となる。まさに破壊の爪。


「ゴング前の不意打ちか。凶器を使わぬ分温情だな」


 しかしその爪は、ピーチタイフーンの体で止められていた。仁王立ちするように立つピーチタイフーン。爪は確かにピーチタイフーンに命中しているのだが、そのインパクトを全て彼女が受け止めたのだ。


 ピーチタイフーンの背後にいたは驚きもしない。そうなることが当然だ、とばかりの安堵である。


「甘いですわね」


 ピアニーに至っては、そこで投げに移行しないピーチタイフーンに物足りなさを感じているぐらいだ。自分ならそこで掴んで極める。あるいは勢いを殺さず投げに移行する。そんなセリフである。


「はあああああああああ!? なんで受け止めれるの!? ああ、手加減。そう、無意識に手加減したんだ。ってんなワケねえだろうが! ドラゴンの爪だぞ! ふつう死ぬよな!? 物理無効とかそういうチート能力かよ!? ねえだろ!」


 攻撃を受け止められたことにパニックを起こすイギュリ。セルフボケツッコミの後に再度ツッコミ。


「何故? 決まっている。私がレスラーだからだ!」

「いや答えになってないし! わけわかんないし!」

「レスラーとは敵の攻撃を受けとめることで相手への尊敬を示す。鍛えられた肉体に敬意を表し、研鑚を積まれた技に賛美する。それがレスラーの在り方だ!」

「いやだから俺の攻撃を受け止められた理由になってねーよ!」


 攻撃を止められた理由が理解できない、と叫ぶイギュリ。


 そしてゴングが鳴る。戦いのはじめを告げる鐘が。


「いやなんでゴング!? どこで鳴ったの!? そしてなんで当然とばかりにうなずいてるんだよお前ら! 俺はドラゴンだぞ! 怖くないのか!?」


 いきなりのゴングに戸惑いを感じるイギュリ。ピーチタイフーンの背後にいる者たちは、レスラーの戦いに干渉しないという雰囲気を出す。ピアニーの合図があれば、すぐに町に向かい救助活動を行うつもりだ。


「レスラーが守ってくれるから怖くないぜ」

「試合が始まったんだ。相手から目をそらしてるんじゃないよ」

「貴方が二体いたのなら、妾もタッグとして参戦していましたのに。残念ですわ」


 イギュリの恫喝に臆することない者達。皆がピーチタイフーンを信じているのだ。


「行くぞ、イギュリ!」


 その信頼と希望を受けてピーチタイフーンは一歩踏み出す。その瞬間、ピーチタイフーンの体が巨大化する! 大きさ100mのイギュリと並びあえるぐらいの大きさになったのだ!


「え? は? 巨大化? ちょっと待って? なんで? ありえなくない?」

「レスラーに不可能はない!」

「いやねーだろこれ!」


 目の前の現象に叫ぶイギュリ。しかし現実は変わらない。自らに匹敵するほどの体格になったピーチタイフーン。幻覚などではない。イギュリの龍の瞳が何度も探知するが、結果は同じだ。


「私を信じる多くの者が、貴様を倒せと希望を連ねた。その結果だ!」

「ふざけんな! んなもんでドラゴンに対抗できるとかありえねーんだよ!」

「ならばその身に刻もう。レスラーの存在を!」


 言ってイギュリに向かって走り出すピーチタイフーン。地面を蹴り、そして相手に背を向けて跳躍した。巨大化したピーチタイフーンの巨大化したお尻がイギュリの顔面に叩き付けられる! 巨大化ヒップアタック!


「ぎゃああああああああ! 痛ぇ! 53億もある防御点の鱗なのに痛ェ! 45兆あった俺のHPが一気に削られたああああああ!」


 ピーチタイフーンのヒップアタックを受けたイギュリは、撃たれた場所を押さえてのたうち回る。


「これがレスラーだ。理解したか、イギュリ!」

「お前のようなレスラーがいるか!」

「まだわからないか。では再度その身に刻んでやろう!」


 ピーチタイフーンの言葉にぞっとするイギュリ。理解とか納得とか全然できないけど、相手がこちらにダメージを与えることができるのは確かだ。そしてそれはずっと続く。


「巨大化? レスラー? やってられっか!? 俺は帰る!」


 言って翼を広げて空に逃げるイギュリ。そして気付く。


「待てよ。空からブレス吐けば勝ち確じゃねーか。俺って天才だね。遠距離攻撃サイコー! さんざん弱らせて俺をコケにしたことを後悔させてやる。泣くまで痛めつけて土下座させてやるぜ!」


 安全な場所から一方的に相手を攻める。その優位性。前世でネットにさんざん悪口を書き込んできたからように、相手が手を出せない場所から相手を見下す。魂に刻まれたそのカルマはドラゴンになっても残っていた。


「そんじゃ一発かまして――ってえええええええええ!?」

「逃げられると思ったか?」

「おまおまおまおまおまえー! なんで!?」


 そう。振り向いたイギュリが見たのは、何もない空中に立つピーチタイフーンの姿。魔力的な要素も、物理的な要素もない。なんもない空気の上に、平然と立つ巨大化エルフを見て驚くイギュリ。


「繰り返そう。レスラーに不可能はない! いかなる場所も戦いの場とするのがレスラーだ!」

「ありえねえええええええええええええ!」


 大声で叫ぶイギュリ。イギュリはまだレスラーと言う存在を理解できず。ただただ狼狽していた。

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