試合終了! 支配からの解放。そして現れる新たなる敵! 

「負けた、のか」


 意識を取り戻したヴェルニは、自らを見下ろすピーチタイフーンとそしてオークやエルフの存在に気づく。それだけではない。収容していた多くの囚人たちも自分を取り囲んでいる。


「ワシを殺すか。恨み辛みはあるだろう。好きにするがいい」


 諦めたように言葉を放つヴェルニ。すべての魔力を解き放ったのだ。反撃する力もない。立つことすらできない状態だ。


 ヴェルニは監獄長として囚人たちを支配し、苦しめてきたのだ。支配が解けた以上、その恨みを受けるのは当然のこと。これだけの数の暴力を受ければ、先ず生きてはいられまい。


「見事な戦いだった」


 覚悟を決めたヴェルニの耳にピーチタイフーンの声が届く。


「人間という種族でありながら他種族に引けを取らない魔力量。そしてその魔力を巧みに操る技術。孤独に生きた者だけが持つ誇り。先ほどの戦いで、それを感じとることができた」


 言ってヴェルニに手を差し出すピーチタイフーン。


 それは倒れたヴェルニを立ち上がらせる手でもあり、健闘を称える握手でもあった。


「貴様……」

「魔王を倒すといったな。その上昇心がまだ折れていないのなら、【世界解放リベレーション】に入るがいい」

「魔王を倒すまでの共闘か?」

「違う。頂上を目指す者として感銘した。同じ志を持つなら、共に歩むこともできよう。

 魔王を倒し、頂上を取るのは私だ。それを譲るつもりはない」


 最強は自分。レスラーなら胸に秘める野望だ。


「ワシを信じるのか? 魔王を倒した後で、野望の為に貴様の寝首を掻くかもしれんぞ」

「それで尽きるなら、私が弱かっただけだ。好きにしろ」

「……大した器だ」


 威風堂々としたピーチタイフーンの態度に陥落するように、ヴェルニは力を抜く。そのままピーチタイフーンの手を握り返した。


「皆の者! 監獄長ヴェルニはここに倒れ、自由を得た! ヴェルニの命はこのピーチタイフーンが預かる! 何人たりとも手出しは不要!」


 ヴェルニと握手した状態のまま、ピーチタイフーンは大声で宣言する。虐げられた囚人たちは不満の声をあげるが、


「その怒り、確かに正当なものだ。故にその怒りは私が受け止める! ヴェルニを殴りたければ、私を殴れ! ヴェルニを刺したいのなら、私を刺せ! それで怒りが晴れるなら、私はその怒りを受け止めよう!」


 そうピーチタイフーンが叫ぶと、不満の声は収まった。助けてもらった相手で憂さを晴らそうなどと、誰も思わない。


「怒りは在ろう。不満はあろう。しかし今は戦いの時! 共に手を取り合って、魔国を亡ぼす時!

 共に来るものは【世界解放リベレーション】の旗に集え! 故郷に帰りたいものは魔国を出るまで護衛を出そう!」

「魔国を滅ぼされては困りますねぇ。なので貴方には死んでもらいます」


 声は、突然後ろから聞こえた。


 数秒前まで誰もいなかった空間。そこに突如一人の男が現れる。黒いマントに黒いタキシードを着た青白い肌の男。多くの人がその青白い肌と口に映えた牙を見て、一つの種族にたどり着くだろう。


 吸血鬼ヴァンパイア


 不死者と呼ばれる存在の中でも上位に値する存在。死を克服し、血を求める殺戮者。血を吸ったものを眷属とし、命あるものを堕落させる人類の天敵! 眷属であってもただの人間には手も足も出ず、吸血鬼本体は人の身では亡ぼせぬ段階の不死を得ている。


「――な」


 完全に不意を打たれた。ピーチタイフーンはそんな表情で迫る吸血鬼の手刀を見ていた。その手に宿るは血の魔力。オリハルコンの鎧すらやすやすと貫くだろう魔力がこもっている。それがまっすぐに、ピーチタイフーンの心臓に向かっていた。


「ぐふぅ……!」

「ヴェルニ!」


 しかし、その手刀はヴェルニの体を貫いた。最後の力を振り絞って立ち上がり、倒れるようにピーチタイフーンと吸血鬼の間に割って入ったのだ。手刀はヴェルニの体を貫き、彼は口から血を吐いた。


「おやおやぁ。まさか貴方が他人をかばうなんて驚きですねぇ、ヴェルニさん」

「デラギア……貴様の好きにはさせん……!」

「まあいいでしょう。裏切り者を始末できたのなら、ワタクシの顔もたちます。

 しょせんは人間。つまらない最後でしたね。孤独に生きたがゆえに力を得た貴方は、最後に情がわいて弱くなるなんて」

「侮るな、吸血鬼。ワシに情などない。

 このエルフを倒すのはワシだ。他のものにやらせるつもりはない。それだけよ」

「そういうことにしてあげましょう。それでは――」


 会話が終わると同時に、吸血鬼デラギアは姿を消した。言葉通り、消えたのだ。魔力残滓も、煙も、空気の流れもなく。まるで初めからそこに誰もいなかったかのように。


 そして支えを失ったヴェルニは、糸が切れた人形のように地面に落ちる。腹部に穴が開き、口から血を吐いて息も絶え絶えだ。命の灯が費える寸前であることは、誰の目にも明白だった。


「ヴェルニ!」

「デラギアは帰ったか。さしものヤツも、太陽の元では長時間時間を止めてられぬようだな」

「時間?」

「そうだ。デラギアは不死者の王にして時を止める吸血鬼。吸血鬼一族の持ちうる全ての固有能力を奪い、魔国四天王の一人に君臨したモノ。ワシの敗北を知り、貴様を倒しに来たのだろうが……ゴフゥ!」

「喋るな。今治療を行える者を――」

「聞くがいい、ピーチタイフーン。魔国に挑むということは、常識外の存在に挑むということ。デラギアとて魔王に挑み敗れた者。この魔国で戦うのなら、覚悟せよ……!

 ……ワシが為しえなかった魔王を倒す野望、貴様に、託す……ぞ……」


 その言葉を最後に、ヴェルニは力尽きる。ピーチタイフーンはヴェルニの目を閉じ、そして自身も瞑目する。


「いいだろう、ヴェルニ。貴様の野望も背負ってやる。ともに魔王を倒そう」


 つい数分前まで激闘を繰り広げた敵であるヴェルニ。自分を含めて多くの囚人を支配し、利用していた存在。互いの在り方を否定し、そして最後まで分かり合えなかった者同士。


 しかし、戦いを通じて何かが通じたのだろうか。自分をかばった相手に対し、敬意を表するピーチタイフーン。決意と共に目を開き、立ち上がる。


「これより【世界解放リベレーション】は吸血鬼デラギアを討つ! 相手は時を操る吸血鬼。時だけではない。吸血鬼の肉体能力も血液を媒介とした魔術もかなりのものと予想される!」

「時を操るだって!? そんな奴に勝てるのものか!」

「吸血鬼は無限の魔力と無限の再生力を持つと聞くぞ!」

「負ければ血を吸われ、永遠の奴隷として扱われる。危険すぎる!」


 ピーチタイフーンの宣言に、ざわめくオークとエルフと数多の囚人たち。然もありなん。吸血鬼と言えば人類の天敵。死霊術師が行き着く到達点の先。闇の貴族。夜の王。その気になれば大陸中に自らの眷属を作り出せる存在。


「しかし、勝つのは私だ! 鍛え抜かれたレスラーの血が! 肉体が! 鍛錬が! 私を勝利に導く!」


 拳を振り上げて叫ぶピーチタイフーン。そこに一切の戸惑いはない。自分の勝利を信じている。この肉体が、この血が、この熱い闘志が、負けるはずがないと叫んでいる!


「そうだ、ピーチタイフーンは無敵だ!」

「ピーチタイフーンが負けるはずがない!」

「俺たちも戦うぜ!」

「レスラーは、無敵だ!」


 ピーチタイフーンの鼓舞に、興奮する声。それは自らを救ってくれた英雄に対する賛辞。自らを解放してくれた戦士への期待。そして、レスラーと呼ばれる希望に対する称賛!


 この声こそが、ピーチタイフーンに新たな力を与えるのだ!


「行くぞオオオオオオオオ!」


 ピーチタイフーンの掛け声とともに、進みゆく者たち。その先には吸血鬼デラギアがいる城がある。


 今、伝説に残る進撃が始まった!


 ――――


「ところでピーチタイフーンの姉御。ヴェルニは肉体大丈夫なので、蘇生魔法使えば生き返りますぜ」

「うむ。死体の保存は頼んだ」


 そういう魔法があろうとも、身を挺した者への敬意は忘れないのであった。

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