3rd Fight! VSすべてを奪う吸血鬼! 世界解放プロレス、危機に陥る!

吸血鬼デラギアからの堕落の誘い。希望を与えるレスラーの背中!

「此処が吸血鬼デラギアの城か」


 ヴェルニ監獄から徒歩で一週間。荒涼とした土地にその城はあった。城下町、と呼ばれるものはあるが生活の色はなく、住んでいる人もいない。誰も住まずに朽ちていく建物とそして――


「これは……」

「吸血鬼に血を吸われた者たちだべ」


 生気を失った様々な種族が、虚ろな瞳で徘徊していた。あるものは立ち尽くし、あるものは家から出ては帰るということを繰り返し、あるものは天を見上げて何かをぶつぶつと言っている。ピーチタイフーンや、彼女と共に来たオークやエルフなど気の求めていない。


「聞いたことがある。吸血鬼に血を吸われたものは主と寿命を共にすると。そして主の命令に咲かれないとも聞く。

 主の命令があまりにもひどく、そして逃げることも逆らうことも死ぬこともできないため、その心は壊れるのだと」

「永遠に終わらない力関係。逃げることのできない心への圧力。常闇社会ブラックに生きた者の末路……それは心を病み、狂うのみ」


 吸血鬼に永遠に奴隷として扱われる。その恐怖が目の前にあった。


「すみませんすみませんすみません。のろまですみません。ぐずですみません。おそくてすみません」

「ようりょくがわるくてごめんなさい。ごしゅじんさまのかんがえがわからなくてごめんなさい。おちゃがまずくてごめんなさい」

「さからいませんさからいません。わたしはきゅうけつきのどれいです。どこをさわられてもえがおでこたえますから」

「おしごとなんでもします。ねむるじかんもけずります。きゅうけいじかんもいりません。おやすみはぜんぶおしごとします」


 終わらない隷属。それに耐えきれず心が壊れたものは城下町に放置。死ぬこともできず、心が壊れたまま生き続ける。デラギアが滅ぶまで、永遠に。心の苦痛を抱えながら、終わることのない夜を過ごすのだ。 


「これも吸血鬼デラギアの悪行ということか」


 恐るべし、吸血鬼! このような所業を行う者を放置してはならない。ピーチタイフーンは強く拳を握る。


「臭い臭い。何かと思えば脱獄者か。ヴェルニの土臭さと下賤の血の香りが混じって耐えきれぬわ」


 拳を握るピーチタイフーンに、そんな声が聞こえる。相手を見下した侮蔑の感情を隠そうともしない傲慢な声。それと同時にピーチタイフーンの脳裏に音楽が流れてくる。これはデラギアのテーマソング! 弦楽器を主体としたクラシック。その音楽とともに現れる吸血鬼デラギア!


「招かれざる客ですが、礼節を欠かさぬのが貴族の務め。主であるワタクシ自らが歓迎しましょう。

 ようこそ、ワタクシの領土に。つまらない力しか持たない方々ですが、歓迎しますよ。ええ、労働力が足りなくなって困っていたところですからね」


 デラギアはピーチタイフーンと、その背後に付き従うオークとエルフと、そしてヴェルニ監獄から解放された数多種族の元囚人達を見た。それらすべてを『つまらない』と称し、そして使い潰すにはちょうどいいと笑みを浮かべる。


「つまらない命などない。ここにいる者はすべて、自由のために戦う【世界解放リベレーション】だ」

「違うな。自由という名のエサで貴様が走らせている奴隷だ。しかもそのエサは与えられるかどうかはわからない。

 だが、ワタクシは違う。貴様らに永遠の命と若さを与えよう。逆らえば死。従えば永遠。どちらが得かなど貴様らがどれだけ愚図でも理解できるだろう」


 ピーチタイフーンの言葉に鼻を鳴らして告げるデラギア。永遠を求めた惨状を知り、しかも相手を小ばかにしたような勧誘。これでついていくものなどいるはずがない。だが――!


「あああああ、えいえん。えいえんが……」

「しぬのは、いやだ。いきていたい……」

「デラギアさまに、ちゅうせいを……」


世界解放リベレーション】は目を虚ろにし、デラギアに従おうとする。相手の思考力を奪い、常識を改変する。これは吸血鬼が持つ種族能力の魅了瞳チャームアイ! 精神的に虚ろにして自ら血を捧げさせ、眷属を増やすのが吸血鬼の常とう手段。


「うろたえるな!」


 そんな【世界解放リベレーション】に向けて、ピーチタイフーンは背中越しに一喝する。デラギアを睨み、瞳の効果を真正面から受けながらも正気を保っていた。


「確かにデラギアの言う通り。私についてきても確実に自由を得られる保証は、ない!」


 デラギアの言うことを認めるピーチタイフーン。自由を与えるという名目で戦っている【世界解放リベレーション】。しかしその報酬の保障はできない。それは約束の反故ともとれる発言だ。


「だが忘れるな。この世に確実な安寧などない! あらゆる生命には死の可能性が付きまとっている。それは告知されることもあれば、理不尽な不意打ちであることもあろう! 

 それでも生きるためには戦わねばならぬのだ! 泥に塗れて血に染まり、不安を抱え死を恐れ、そうして明日に向かって歩いていく。それが生きるということなのだ!」

「低俗な誤魔化しですねぇ。戦うことを強要し、しかも保証もない。そのことには変わりはないではないですか」

「その通り。明日、安全などと誰が言えよう。絶望のない未来など誰に保障できよう。現実は厳しく、知恵がなければ騙され、力がなければ虐げられる。平和や安寧を得るなら、戦わねばならないのだ。

 それでも、絶望しかない世界であったとしても、希望を与えることができる!」


 言ってピーチタイフーンは背後にいる者たちに顔だけ振り向き、叫ぶ。


「不安があるなら私の戦いを見よ! 絶望するなら私の姿を思い出せ! 前を見ることができないのなら、私の後姿を見ろ! 私の戦いが、貴様らの希望となる! 悪に打ち勝ち、一歩踏み出すためのきっかけとなろう!

 戦いで希望を与える存在。それがレスラーだ!」


 ピーチタイフーンの言葉を聞いた者たちは、彼女の背中を見る。


 桃色の髪、細くとも鋭い威力を生み出す腕、小さくもしかし頼りがいのある背中。そして数多の強敵を打ち砕き、勝利を導いてきたその尻を。


 吸血鬼に恐れず立ち向かうその姿を。そして自分たちを助けるために戦った彼女の戦いを。


「そうだ。俺達にはピーチタイフーンがいる!」

「つらい戦いだけど、ピーチタイフーンなら勝つに決まってる!」

「あの尻がすべてを壊してくれるさ!」

「美尻!」


 不安はある。絶望はある。だけど目の前には希望がある。その声が、確かに希望の存在を証明していた。


「なんともまあ。私の魅了の瞳を似非の希望で打破するとは。なかなかの扇動者のようで」

「先に立って導く、という意味での先導者だがな」

「ですがなまじ希望を持つからこそ、裏切られた時の不幸は大きい。私の元につかなかったことを後悔させてあげますよ。

 ――花開け、死を告げる曼殊沙華レッドスパイダー ブロッサム


 デラギアの言葉と同時にピーチブロッサムの背後にいた人間が苦悶の表情を浮かべる。次の瞬間に、血でできた糸に囚われる。赤い糸は蜘蛛が作ったかのような巣をかたどり、ピーチタイフーンを除くすべてのモノを宙に捕らえる。


「ぐっ……!」


 糸は絡まったものから血を吸っているのか、捕らわれた者たちは少しずつ衰弱していた。粘着力も高く、もがいても逃げられる様子はない。


「デラギア貴様!」

「緩やかに死にゆく蜘蛛の巣です。そこで貴様たちの希望が無様に逃げるか、ワタクシに忠誠を誓うか、情けなく許しを請うか。それを見ているがいい」


 宙に浮かぶ者たちにそう告げてから、ピーチタイフーンに向きなおるデラギア。


「さあ、貴方はワタクシにどんなショーを見せてくれるのでしょうね」

「あいにくと芸は苦手だ。私が見せられるのは、プロレスのみ!」


 ピーチタイフーンとデラギアが、今ぶつかり合う!

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