レスラーVSレスラー! 投げて極めるサソリの女王と宙を舞うエルフのヒップ!
ピーチタイフーンと戦いたい。
ピアニーは確かにそう言った。しかしピアニーは魔国の治安を預かる立場でありながら、魔国の頂点を倒そうとするピーチタイフーンをはじめ、【
「全力のあなたと戦い、勝利する。疲弊した貴方と戦っては意味がありませんわ。
ですがその気になれば貴方達を再度拘束し、刑に処すこともできることをお忘れなく。それを避けたければ妾に勝利なさい」
治安を守る立場にありながら、ピアニーはそう言い放つ。立場的にピーチタイフーンと勝負するメリットはない。そのまま投獄するのが彼女の職務。むしろ犯罪者を解放するデメリットが生じるのだ。
法治国家なら理解に苦しむ行動だが、ここは魔国。力が支配する弱肉強食の世界。勝者こそ法の状況では、法律の価値観は異なる。
「頭である貴方が妾に伏したのなら、【
そう言ったメリットは存在するが、実のところ理由は明白だ。
「建前はこの程度でよろしいかしら?
妾は妾の立場向上のために戦う。貴方は自らと仲間の解放のために戦う」
「確かに十分だ。ではやろうか」
目の前の相手と戦いたい。戦って勝利したい。
ただ戦うための理由を作り上げたが、結局のところはそれだけだ。強い相手が目の前にいて、それに勝ちたい。正義とか立場とか理由とか、そんなものは後付けだ。一刻も早く、ぶつかり合いたい。
「ふふ。嬉しいですわ。ではこちらに」
ピアニーに案内されてやってきたのは、闘技場だ。半径20mほどの円状のフィールドと、それを俯瞰してみることができる観客席。客席はすでに埋まっている。
お互いに、着替えは済んである。ピーチタイフーンは『Peach♡Typhoon!』のロゴが入ったコスチューム。ピアニーは衣装とブーツ含めてすべて赤色のコスチューム。サソリのしっぽも含め、赤一色のいで立ちだ。
「ピアニー様!」
「われらがサソリの女王!」
「セルケト様のご加護があらんことを!」
ピアニーが自らの国とそして魔国で引き入れた配下たち。皆がピアニーを慕い、その強さに心酔していることが分かる。
「ピーチタイフーン!」
「俺達はアンタを信じてるぜ!」
「やっちまえー!」
そしてピーチタイフーンを慕う【
「相手は強そうだべ。勝てるだか……?」
「わからぬ。ピアニーは魔国四天王の中でも最強の近接格闘家。流れるように投げて極めるスタイルは、ワシのゴーレム格闘術をもってしてもしのぎ切れなかった」
「時を止めても一瞬のスキを突き逆転する。それができるのが彼女。某を破ったピーチタイフーンも、苦戦は免れまい」
そしてその中にはオークのスマシャ。ゴーレム使いのヴェルニ。吸血鬼のデラギアもいた。
「魔国四天王の二人を取り込むほどの強さ。デラギアに至っては己の殻を破った模様。感服いたしますわ」
「闘いを通じて何かを得たのは彼らだ。私はそのきっかけとなったにすぎぬ」
「妾もそれを得させてもらいますわ。貴方を倒して」
言って手を差し出すピアニー。握手を求める動作に応じるピーチタイフーン。がっちりと繋がる手。そして――そこに力が籠められる。
握力! それは手のひらが何かを握り締めるときの強さ!
握る力は掴む力。相手を逃さぬようにする力。それは相手を投げるとき、そして関節技を極めるときに重要な要素となる。この力が弱ければ、強引に力で振り払うこともできる。逆にこの力が強ければ、相手の抵抗を無視した行動が可能となる。
握った瞬間に伝わる相手の握力。それは――ピアニーのほうが強かった!
「やるな」
「貴方こそ」
わずか一秒の握手の間に伝わる力関係。強さこそピアニーに軍配が上がるが、ピーチタイフーンも決して弱いわけではない。
握手を終え、数歩離れてにらみ合う。ルールの説明こそないが、それは互いに理解していた。負けを認めるか、動けなくなるか。レフリーも何もない闘技場だが、それでも互いがフェアな戦いをするのだと理解していた。
カーン! どこからともなくゴングの音が鳴る。
「おおおおお!」
「行きますわよ!」
試合開始と同時にお互い歩を進め、手を組みあう。真っ向からぶつかり合い、両手で組み合った。力比べはピアニーのほうが分がある。それを理解してなお、ピーチタイフーンは組み合ったのだ。
まともに組み合うのは不利。だからどうした!
相手の攻撃を真っ向から受け、それでも勝利するのがレスラー!
「その心意気、素晴らしいですわ」
ピーチタイフーンの、いやレスラーの心意気を理解したピアニーはさらに力を込める。相手がこちらに合わせるのなら、こちらは全力で挑むのみ。掴んでいる腕の一つを引き、その腕をからめとる。そのままピーチタイフーンを引き込むようにして投げ飛ばした。
アームホイップ。プロレスの基礎の投げ技。引き込まれるように投げられて地面を転がるピーチタイフーン。しかしピアニーはその腕をつかんだまま、ピーチタイフーンを追うように転がった、
「
ピアニーは両足で仰向けになったピーチタイフーンの首と胴を抑え込み、掴んだ腕を引っ張り逸らす。肘を逆方向に折るように力を加えていく。腕十字固め。決まった形が十の形をとる関節技!
「ぐ……っ!」
完ぺきに決まれば逃れることの叶わない関節技。ピアニーの動きはピーチタイフーンの腕をつかみ、そのまま引っ張る。開始7秒でこのまま負けてしまうのか!?
「投げると同時に極めにはいる。この動きは油断ならぬよ」
言いながらピーチタイフーンは下半身に力を込める。お尻で地面を叩くようにして自らを跳ね上げ、それを何度も繰り返して勢いをつけて立ち上がる。ピアニーは立ち上がられる前に腕を放し、距離を取った。
「わずかですが、肘に毒は入りました。サソリの猛毒を受けながら戦うのは苦しいでしょう」
毒。それは肘を極められたことによる痛み。打撃技とは異なり、じわりじわりと響いてくる痛み。今はわずかな痛みが、致命的になる。まさにサソリの毒!
「ああ、苦しい。だが、それを受けてもあきらめず戦うのが、レスラーだ!」
立ち上がったピーチタイフーンは腕の痛みを無視して走り出す。数歩の助走の後に背を向け、そのお尻をピアニーに向けて突き出し跳躍した。
「これが私の挨拶だ! くらえ!」
ピーチタイフーンをピーチタイフーンたらしめるお尻の一撃! 相手の
「この助走でこの威力。見事な一撃ですわ」
お尻の一撃を受けたピアニーは、ピーチタイフーンに称賛の言葉を返す。
ヒップアタック。一見イロモノ系の技と笑われる技だが、それをここまでの強さに消化するほど鍛錬を積んだのだ。その努力、その道程、如何なるものか。
「互いの自己紹介は終わったようだな」
「ええ。お茶会よりもより正確により深く互いの理解が深まりましたわ」
千の会合よりも万の言葉よりも、ただ一度の技の応酬。それで相手の事を理解する。それがレスラー!
サソリ女王とエルフは、激しくぶつかり合う。
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