ぶつかり合うレスラー! 正々堂々な二人の戦士! 回転回転また回転!
ピーチタイフーンとピアニーの攻防は一進一退……ではなく、互いに防御を捨てた戦いであった。
「食らいなさい! これがガレズ砂漠の虹ですわ!」
ピアニーは言うと同時にピーチタイフーンの重心を崩し、その隙をつくように背後に回る。そのまま腰を両手に回して自らの体を逸らす。ブリッジするような格好でピーチタイフーンの後頭部と肩を地面に叩きつけた。ジャーマンスープレックス!
美しきブリッジ。それは空を繋ぐ虹のごとく。砂漠と言う雨のない場所にかかる虹。それはありもしない幻影。しかしそれを生み出し、魅せ付けるのがピアニーと言うレスラー!
「まだまだ終わりませんわよ!」
その言葉と同時にピアニーはピーチタイフーンを抱えたまま立ち上がる。そして180度反転し、再度自らの体で虹を描く! 一度抱えた相手をすぐには離さない。それは砂漠の環境のごとく。華麗にして過酷! それが砂漠の王女ピアニー!
「これで、おしまいですわ! 砂嵐の恐ろしさを味合わせてあげます!」
数度のジャーマンスープレックスの後に、ピーチタイフーンを肩に抱えて回転する。背骨を傷めつけながら、三半規管を狂わされる。アルゼンチンバックブリーカーからのエアプレーンスピン! 縦回転からの横回転。そして首と背骨を傷めつける関節技。流れるような、ピアニーの連続攻撃!
「満足していただけましたか?」
優雅に一礼するピアニー。
地面に投げ飛ばされたピーチタイフーンは、体の痛みを我慢しながら立ち上がる。ピアニーを睨みながら、しかしそこには痛めつけた相手への恨みはない。憎しみはない。あるのは戦意。そして負けてたまるかという負けん気。そして――
「ああ、見事だ。次は私の技を受けてもらおう!」
切磋琢磨。自らを削り、相手も削る。石が石同士で削りあって玉になるように、レスラーたちもまた互いを削りあいって強くなっていく。ピーチタイフーンもピアニーも、それを感じていた。
否、それを感じているのは戦っているレスラーだけではない。
「ピアニー様! お見事です!」
「あれがピアニー様の本気……! なんと優雅な」
「それでいて、破壊的だ。戦いを此処まで魅せるお方だったとは……!」
「負けるなピーチタイフーン!」
「俺たちはお前を信じてるぞ!」
「どんな強い相手でも、負けずに戦う貴方についていきまーす!」
観客席もまた、その戦いを見て強く興奮していた。そして強い相手を見ることで、憧れに似た精神的な成長を促されていた。
『あの方のようになりたい』
『強くなりたい』
戦いと言う興奮する場面。自然と自らも興奮するが、しかし観客同時には暗黙の了解があった。
ピーチタイフーンとピアニーは敵同士。そして【
それはレスラーの力。正々堂々とルールにのっとって戦う者同士が生み出した空気。神聖なる力による結界でもなく、魔術による洗脳でもない。ただ、戦う二人が作り出した場。
正々堂々。
正々とは、軍旗が正しく整うさま。この場合の旗は闘技場で戦うレスラーの様。はためく旗が美しく、そして正しくあればそれに従う軍隊もまたそれに倣う。雄々しくもあり、荒々しくもあり、しかし卑劣な真似をしない二人の戦いこそが旗。
堂々とは、陣構えの勢いが盛んなさま。魔国の平和を守るピアニーの配下と、魔国を解放する【
ピーチタイフーンとピアニーを軸に、まさに正々堂々とした戦いとなっていた。陰陽交わる太極図のように。交わることはなく、しかし融和する。そんな現象がここにあった。
そしてその現象を生み出している者こそ――
「もらった!」
ピアニーの腕をつかんで引っ張り、彼女の腹部にお尻を当てるピーチタイフーン。腕を引くと同時にお尻を突き上げ、腰投げの要領で相手を投げ飛ばす。ピアニーは地面に叩きつけられながらも受け身を取る。その間にピーチタイフーンは数歩距離を取る。
「あれは、オラを投げ飛ばした技だ!」
スマシャがそう叫ぶ。ヒップトス。掴まれた瞬間にピーチタイフーンの尻が押しあてられ、気が付けば宙を舞っていた。となればその後に来るのは――
「くらえ!」
空いた距離の分だけ助走をつけ、両足を広げてピアニーに向かって飛ぶピーチタイフーン。尻もちをつくようにピアニーのお腹に、自らの臀部を押し付ける。ランニング式ヒッププレス。スマシャも食らった
「……っ! これはなかなか……!」
ピーチタイフーンの一撃を受けて、腹部を押さえながら起き上がるピアニー。呼吸を整えながら構えを取り、そして組みに行く。その瞳に闘争心を宿し、相手への敬意を宿し。自然とその顔に笑みが浮かんでいた。獰猛な、肉食獣の笑みが。
「お見事ですわ。ピーチタイフーン」
「同感だ、ピアニー。称賛を返そう」
そしてピーチタイフーンもまた、同様の笑みを浮かべていた。相手の強さを認め、そしてそれを食らいたいという笑み。一撃ごとにその経緯は深まり、一打ごとに相手を倒したい気持ちが募っていく。
「なんだ、あのエルフ。すごいじゃないか!」
「ピアニー様をあそこまで追い込むなんて……敵ながら見事だ!」
「くそう、早く倒れろ! いや、まだ立てるだろうが!」
「偉そうな女王様だと思ってたけど、なんだよあの強さ。ぞくぞくする」
「掴んだ瞬間にあんだけの事ができるとか、神の奇跡を見てるみたいだ」
「あれが……レスラー! 今俺たちは奇跡の一戦を見てるんだな……!」
両陣営の観客も、二人の戦いに興奮冷めやらない様子だ。そして『敵』であるレスラーにも尊敬の念を抱くものも増えてきた。
「すげぇ……オラの時もそうだったけど、これがレスラーの力なんだべな」
スマシャはレスラーの戦いに魅入られる敵と味方を見ながら感激していた。殺しあうしかなかったと思っていたのに、今は手を取り合えそうな雰囲気だ。
「これがレスラー……。いかなる魔術をもってしても、この結果は得られまい」
ヴェルニは魔術師の観点からこの現象を観測していた。魔術による洗脳は相手の意思を奪う。しかしこれは自発的に意識を誘導し、自我を奪わぬ交友を結んでいる。なんとも恐ろしい、と口にしながらその表情は柔らかなものだった。
「これが某にはできなかった戦い。いや、まだ諦めるわけにはいかない」
デラギアは目の前の戦いに感激し、かつての自分の愚行を悔いていた。過去は消えない。しかし現在悔いて、未来に道を進むことはできる。できるのか? 当たり前だ。何せ自分はレスラーと戦ったのだから――
見る者を魅了し、そして導く。正々堂々と戦うことで、その素晴らしさを顕現する。卑怯さを取り除いた戦いに魅せられ、正しく戦うことの高潔さを示す。それがレスラー。それがプロレス。
「行きますわよ!」
「来い!」
戦いの坩堝とはよく言ったものだ。様々な人間を熱気で溶かし、融合する。
二人のレスラーを中心に、魔国にその思想が広がっていく――
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