何故戦う? そこに強敵がいるからだ! 勝鬨の声をあげるのは、どちらだ!?
「はああああ!」
「おおおおお!」
闘技場の真ん中でぶつかり合うピーチタイフーンとピアニー。組み合って、そして相手を崩して技をかける。あるいは距離を取って突撃技を仕掛ける。
二人の距離は散歩以上は離れない。技をかけた結果吹き飛ぶことはあるが、それでもすぐにその間合まで距離を詰める。それが二人のスタイル。
武器を持たず、魔法を使わず、ただお互いの技と技。力と力。心と心。それを真っ向からぶつけ合う。
「これがレスラー。これが戦い。いいですわ。最高ですわ」
「キャッチアズキャッチキャン。肌がひりつくようだ。ずっと戦い続けていたい」
そして戦っている二人は、互いの実力に高揚していた。尻を起点とした多彩な戦い方をするピーチタイフーン。投げると同時に関節を極めに来るピアニー。全く異なるタイプの二人だが、その根底は一つだった。
強い相手と戦い、勝利する!
互いに尊敬できるからこそ、引くつもりはない。淑女的に。レスラー的に。正々堂々礼儀正しく戦い、そして勝つ。そして、勝者がいる以上敗者も存在する。悲しいかな、頂点は一人のみ。
否、だからこそ戦いに意味はある。争うことは上下を決めるのではない。雌雄を決することは差を図ることではない。結果だけを求めては意味がない。戦うという過程こそに、戦う者の輝きはある。
「これで極めさせてもらいますわ!」
ピアニーはピーチタイフーンの喉に手を当て、そのまま力任せに押し倒して地面に叩きつける。チョークスラム。相手を片手で持ち当て、叩き付けるパフォーマンス。美しいと思わせるピアニーのどこにそれほどの力があるというのか!? 観客は驚きを隠せない。
「貴方に敬意を表し、妾の秘儀をもって体に敗北を刻みましょう!」
仰向けになっているピーチタイフーンの両足を交差させ、その間に足を入れるピアニー。そのまま足を持ち上げ、ピーチタイフーンを見下ろすよう体制を取る。溜めるように足首をつかむその姿は、まさに女王の風格。
自らの腕と太ももでピーチタイフーンの足首をスクラッチしながら、ピーチタイフーンをうつぶせにひっくり返す。そのまま反るように力を籠め、背中、膝、足首の三か所を同時に極める!
サソリ固め。極められた者の姿が尾を構えるサソリの姿に似ていることからつけられた技名。しかし、サソリの女王はさらにその上を行く! 自らの尾をピーチタイフーンの頭部に巻き付け、ヘッドロックの形で引っ張る!
頭部の締め付け! 首と背中の反り! 両膝と両足首のロック!
蠍の女王による七点の決め技。その名は――
極める場所が多ければ多いほど、関節技はテクニックを要する。わずかな隙間が脱出の糸口になる。テクニック、そしてパワー! それらを駆使して極められるサソリ女王の究極技!
「ぐ……く……っ!」
さすがのピーチタイフーンもこの痛みには耐えきれず、苦悶の声をあげる。極められていない両腕で地面をひっかき、痛みにこらえる。
「これを極められて逃げられたものは魔王ただ一人。
瞬間転移。時間凍結。超怪力。形状変化。如何なる脱出手段も女王の威光をもって封じてきました。貴方にこれが覆せますか!?」
自らの技に自信を持ちながら、同時にピーチタイフーンがこの技を攻略することに期待するピアニー。勝つつもりで技を仕掛け、しかし技を破られる可能性を求めている。矛盾しているように見えて、しかしピアニーの中では筋が通っている理論。
「覆して見せよう。それが、レスラーだ!」
それに応じるように叫ぶピーチタイフーン。その言葉に沸き立つ観客達。
ピアニーの技は完璧だ。如何なる手段をもってしても脱出は困難だろう。
だからこそ、それに挑むことに意味がある!
「おおおおおおおおお!」
反りを加えるピアニーに逆らうように、体中の筋肉を動かすピーチタイフーン。前世の鍛錬で鍛えられた首が、背中が、足がうなりをあげる。前世を引き継いだルミルナの肉体が、ここで負けじと意地を見せる!
「行けえええええええ! ピーチタイフーン!」
「負けるな! レスラーの力を見せてやれ!」
「お前の勝利を信じているぞ!」
その抵抗を感じ取った観客達の声。そこに含まれる感情が、さらにピーチタイフーンに力を与える! 少しずつ、しかし確実にピアニーの技は崩れつつあった。
「私を信じる者の力。私が信じた力。それが、これだあああ!」
「信じてくれるもの。信じる者。それは妾も変わらない!」
ピーチタイフーンに信じて付いてきてくれるものがあるように、ピアニーにも信じてくれるものがいる。その声援がピアニーに力を与える!
交差する心の力。集まる魂の力。優劣などない。共に同じ一人の人間の持つ力。その力を勝つことに向ける。そのぶつかり合いは――
「はあああああああ!」
「お見事ですわ。それでこそ、妾が認めたレスラー!」
ピアニーのA・Uは外された。バネのように起き上がるピーチタイフーン。しかし各部位は常人なら気を失うほどに痛めつけられている。立つだけでも激痛が走るほどだ。
それでも相手は動く。次の攻撃で勝負を決めに来る。ピアニーはそれを肌で感じていた。確実に勝利を得るなら、大きく距離を放すことだ。痛めつけた足では追うことも難しいだろう。それを理解したうえで、
「来なさい」
女王は退かず! ピーチタイフーンの挑戦を受けるように、手招きをした。
「行くぞ、ピアニー!」
言うと同時に踏み出し、跳躍するピーチタイフーン。太ももでピアニーの頭部を挟み込み、ピアニーの股をくぐるようにして体を逸らす。首をつかまれたピアニーはその回転に巻き込まれ、頭を地面に叩きつけられる。
「あれは、ワシのゴーレムを破った技!」
ヴェルニがうなりをあげる。圧倒的な重量差をものともしない『
即座に立ち上がるピーチタイフーン。
「
言うと同時にピーチタイフーンは一歩踏み出し、地面に手をついた。横転からのバク転。そして跳躍する。そのまま空中で回転しながら体を「く」の字に曲げた。そのまま回転しながらピアニーの胸部に落下する! セントーン。その意味は『尻餅』。ダウンした相手に臀部をぶつける技だ!
その回転、まさに脅威。鍛え抜かれたピーチタイフーンの肉体は、縦回転と横回転を加えた宇宙的回転! 重力から解放された動きを魅せながら、しかしその尻にかかるのは落下の力。月面宙返りもかくやとばかりの美しさ!
回転! 回転! また回転!
ピアニーのクイーン・スピン・ダンスが繰り返される虹の美しさなら、ピーチタイフーンの回転は一度に凝縮された月の美しさ。方向性こそ異なれど、そこにあるのは魅せることと、そして相手を倒す破壊力!
回転×落下×尻! すべての力をお尻に集め、サソリの女王に叩き付けた!
「か……はぁ……!」
強烈な一撃を受けるが、まだピアニーに意識はあった。恐るべき精神力! しかし両肩をフォールされ、動くことができない。
ワーン!
「なんという回転。妾ともあろうものが、一瞬見とれてしまいましたわ」
ツー!
「サソリの毒も見事だった。しばらく足は動かないだろうな」
スリー!
肩を押さえられ、三秒の経過。それが勝敗の条件だとこの世界の人間は誰も知らない。しかし二人はなぜかそれを理解していた。二人だけではない。それを見ている者たちもそれを理解できたし、カウントアップの声も聞こえた。
何故か? 語るまでもない。それがレスラーだからだ!
カンカンカーン!
試合終了のゴングが鳴り、ピーチタイフーンは右腕を振り上げる。
その動作に、両陣の観客は喉の限りに大声をあげた。
★試合結果!
試合場所:魔国治安部隊闘技場
試合時間:9分12秒
●ピアニー (決め技:ピーチ・エクストリーム・スーパームーン) ピーチタイフーン〇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます