前哨戦! 一撃、そして一撃! 互いの一撃が、今ぶつかる!
「闘い続けるか。その大口がどれだけ続くか見てやろう」
ヴェルニは言うと同時に杖をかざす。その動作に呼応するように土が隆起し、人の姿を取った。身長は4mほど。ピーチタイフーンを見下ろすほどの大きさだ。
「でかいな」
巨大なゴーレムを作るには、相応の魔力が必要になる。
「そして、できる」
構えを取る巨大ゴーレム。ゴーレムはただそこにいるだけでは置物だ。戦うためには体を動かす必要があり、そのための魔力制御も必要となる。
創造、形成、制御、維持。この大きさのゴーレムを作り、戦闘用に調整するだけでもかなりの実力者だ。エルフであるルミルナの知識がそれを理解させていた。エルフでもこれほどの土を動かせるものはそういない。
「行け」
一歩踏み込み、拳を振るうゴーレム。足、膝、腰、胴体、肩、肘、そして拳。重心を安定させたまま大地を踏みしめ、その力を拳に伝達させてピーチタイフーンにたたきつけるように振るう。それを一秒未満の時間で行使する。
二足歩行は脊椎動物が進化の末に人間の代で為しえた奇跡。四本足から離れたことによる新たなバランス制御。それだけでも驚愕に値することだ。その要は、重心の制御。体全体にかかる重力が合わさった点の理解。
自分の重心を正しく理解できるものは少ない。立つという行為は無意識で行われている。歩くことによる重心移動を物理的に証明することに意味はない。人は歩ける。ただそれだけでいいと思う人間が大半だ。
しかし、人型の何かを作るのなら重心の存在を無視はできない。立つという事さえも、重心を無視すればできないのだ。そして歩き、走ることさえも難解となる。ましてや殴り、戦うことなど論外だ。
ヴェルニのゴーレムはそのすべてをクリアしていた。低い重心。安定した足。拳を振るうに適した可動。そして動作の連結。それらすべてが『パンチを打つ』ことに対する最適解。わずかでもずれがあれば重心の関係でゴーレムは倒れるか、あるいは足か腕が折れていただろう。
パンチを打つ。この動作の為にどれだけの努力を重ね、どれだけの失敗を重ねてきただろうか。ゴーレムに命令させて、後ろで見ている卑怯者。そう罵った人間が、どれだけ浅はかだったか。
「来い!」
ピーチタイフーンはその一撃を避けることなく受け止める。ヴェルニの努力。ヴェルニの精励。ヴェルニの尽力。そのすべてがこの一撃にある。そのすべてを真正面から受け止めると胸を張った。
轟音!
圧縮された土により生み出されたゴーレムの一撃。その質量はエルフの数十倍はある。その体重を乗せた拳。ただ振りぬいただけではない。正しい動きによるまっすぐな一撃。重く、そして鋭い一打。
「真正面から受けたか。あれだけ豪語していたのに、あっけないものよ」
その様子を見て鼻を鳴らすヴェルニ。避けるか、あるいは魔力による防壁を張ると思っていたのだが拍子抜けだ。相手の実力を測るつもりだったが、一撃で終わってしまったとはな。瞑目し、ゴーレムを解除しようとするヴェルニ。しかし、
「ああ、真正面から受けた。見事な一撃。見事な鍛錬。監獄長の名は伊達ではない」
ピーチタイフーンの声を聞き、ヴェルニは表情を引き締める。生きている、だと?
「どういうことだ? 確かに命中したはずだ。考えられるのは、極小の魔力防壁を一瞬だけ形成したというぐらいだが、それであの一撃を止められるとなればかなりの魔力。それをワシが感知できないなど」
「そうだ。魔力の盾は使っていない。相手の攻撃を避けるなどということはしない。
この肉体で受け止めた。ただそれだけだ!」
胸を張り、叫ぶピーチタイフーン。殴られた衝撃でふらつき血を流しているが、倒れる様子はない。素人目に見ても殴られてダメージを受けたことはわかる。
しかし素人目で見て、エルフの体格がゴーレムのパンチを受けて無事であるはずがない。小枝に岩が当たって耐えられるはずがない。何らかの魔法か奇跡かが起きたと思うのが普通だ。
「あり得ぬ。そのようなことができるはずがない。肉体強化系の魔術で耐えられる一撃ではなかったぞ」
「繰り返そう。魔術ではない。日々鍛えた肉体で受け止めたに過ぎない」
「ワシのゴーレムの一撃を、肉体のみで耐えたというのか!?」
「それがレスラーだ!」
レスラー。それは自らの肉体を極限までに鍛え上げた存在。否、限界など考えず、ただひたすらに鍛え上げた猛者。極めるなどという到達はない。限界という壁はない。ただ鍛え、ただ上を目指す。それが最低条件。それが必須条件。
「な……れす、らー?」
「貴様のゴーレムの一撃、見事だった! 積み重ねた訓練がなければ、倒れていただろう」
「肉体を鍛える。格闘家の類か。あるいは重戦士の
しかし解せぬ。何故避けない! あれだけの動きができるというのなら、避けることは難しくないはず。そもそも受けるなら盾や鎧を装備し、衝撃を受け流すほうが効率がいいというのに!」
「それがレスラーだ!」
問いかけるヴェルニに、同じ答えを返すピーチタイフーン。
「繰り出される技はその存在の努力の証。汗を流し、血を流し、歯を噛みしめて生み出されたモノ。それは努力そのもの。それはその存在の生き様そのもの!
その技を避けるなど言語道断! そのすべてを真正面から受け止めるのがレスラー! それを称賛し、その上で勝つのがレスラーだ!」
ヴェルニの生み出したゴーレムは強い。ゴーレムの一撃を受け、それを理解する。そこに込められた数多のコトを体に刻み込むピーチタイフーン。
「レスラー……!? 聞いたことのない単語だな。エルフの秘儀か。はたまた歴史に埋もれた第三勢力の神の名か!?」
「言葉で語るに意味はない。技を見て、心で理解しろ!」
ヴェルニにそう告げて、ゴーレムに向かって走り出すピーチタイフーン。全力で走り、そして跳躍する。その高さ、ゴーレムの顔まで届くほどの高さ。鍛え抜かれたバネ、敵を恐れない勇気。そして、両足を広げてゴーレムの頭を挟み込む。そのまま体を逸らし、足を起点に振り子の原理でゴーレムを投げ飛ばそうと勢いをつけた。
「無理だ。重量差を考えろ。貴様の体重すべてを使ったところで、ワシのゴーレムは投げ飛ばせぬ!」
「その通り! 体重だけでは足りぬ!」
エルフの体重とゴーレムの重量。比べるののバカらしいほどの差がある。
「そこに積み重ねた練習量を乗せ!」
前世で培ったピーチタイフーンの鍛錬が加わる!
「さらに鍛え抜かれた下半身の力を加えれば!」
ピーチタイフーンのお尻が引き締まる。そこから太もも、すね、足首に力が伝達する。
「無理などない! 不可能を可能にするのが、レスラーだ!」
回る。常識ではありえない回転。圧倒的な体格差。圧倒的な重量差。それを覆す奇蹟の回転。ピーチタイフーンの反りに逆らえず、ゴーレムは回転して宙を舞った。そのまま回転するままに頭から地面に叩きつけられる!
脳天からまっすぐたたきつけられたゴーレム。そのまま頭蓋にひびが入り、唐竹が割れるように亀裂はまっすぐゴーレムの体を二分し、土にかえる。
「なんとなんと! これがレスラーか!」
驚愕するヴェルニ。理性ではありえないと目の前の事実を拒絶している。自分よりもか細く軽いエルフが、ゴーレムを投げ飛ばすなどありえない。何かの重力系魔術が働いているのでは?
しかし同時に、別の部分で納得していた。理屈ではない。理論ではない。レスラーと呼ばれる存在がなしえた技。それがヴェルニの心に火をつけていた。このエルフはゴーレムをけしかけて倒せる存在ではない。自らが戦わねばならない相手だ。
「来るか、ヴェルニ」
「無論だ。この監獄を支配する者として、そして一人の魔術師として」
「希望を背負う者として、そして一人のレスラーとして」
「「貴様をねじ伏せる!」」
赤コーナー! 孤独の人形師・ヴェルニ!
青コーナー! エルフのレスラー、ピーチタイフーン!
二人は叫び声と共にぶつかり合った!
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