卑劣! 努力を否定するドラゴン、イギュリ! 黒き奔流が無辜の民を襲う!
巨大化し、空中に逃げるドラゴンを負うように空中を足場に立つピーチタイフーン。
それを見ても驚く者はいなかった。皆がレスラーの勝利を信じていたからだ。ピアニーを始めとした者たちは破壊された街に向かい、生存者や蘇生可能な遺体の回収に向かう。
「うぇ!? えええええ!? なんで空中に立ってるの!? いやありえねーだろうが! そういう魔法!? そういうチート!?」
唯一の例外はピーチタイフーンの前に立つイギュリだ。目の前の現象がどういうことか理解しようと必死になっていた。
「驚くには値しない。戦う場所があるなら、それに合わせるのがレスラーだ!」
「いやちげーだろ! 物理的とか魔法的とか世界観的とか何かそういうアレコレな理由があるだろうが! 理不尽すぎるわ!」
目の前にいるピーチタイフーンに向かって喚き散らすイギュリ。理解できない理解できない理解できない! しかし現実として目の前にピーチタイフーンは立っているのだ。自分と同じ大きさとなって、同じ空中に。
「納得いかねぇ! レスラーってそういうもんじゃねーだろ!? っていうか俺はドラゴンだぞ! 最強だぞ! 国とか町とか滅ぼしてきたんだぞ! なんでひれ伏さねーんだよ!」
「ひれ伏してほしければ実力を示せ。レスラーは戦歴に驚きはしない。むしろ強者であればあるほど燃え上がる。その力を乗り越え、頂点に立つために」
「しかも戦闘民族かよ!? エルフだろオマエ! エルフでレスラーとかどんな設定なんだよ! 無茶苦茶にもほどがあるわ!」
さんざん叫ぶイギュリ。しかし現実は変わらない。今ピーチタイフーンが会話に付き合ってくれるのは、それもまたプロレスの一環だというだけに過ぎない。突き刺さるような戦意が、イギュリの精神を怯えさせる。
「くそ、ふざけんなよ……!」
戦意に追い込まれるように震えるイギュリ。戦う、なんて行為は一度も経験したことがない。前世においても苦難に立ち向かうことなく引きこもり、生まれ変わってドラゴンになっても自分より弱い相手をいたぶることしかしていないのだ。魔王ガルドバとの戦いは一撃を受けて、即降参したぐらいだ。
目の前に立つエルフ。イギュリを見るその目は鋭い。自分を敵とみて、打ち倒そうとする目。どうした、攻撃してこないのか? そんな挑発めいた余裕すら感じる立ち方だ。それがレスラーの流儀。戦う者の作法とばかりにこちらを見ている。
イギュリは気づいている。相手がレスラーなら、ギブアップすれば終わることを。負けを認めれば相手はもう攻撃してこないことを。降参すれば、相手はこちらへの興味を失うだろう。だが、それはできなかった。
(負けるのは、嫌だ……! 負けるとか、敗者とか、耐えられない……!)
イギュリは戦うのが怖いのではない。負けるのが怖いのだ。負けて恥をかくのが怖いのだ。負けて馬鹿にされるのが嫌なのだ。俺は恥なんてかきたくない。常に勝って、常にチヤホヤされて、常に上から見下したい。
かつて魔王に挑み、無様に敗北したことを思い出す。あの屈辱はイギュリの心に深く刻まれ、そしてその性格を屈折させた。もとより歪んだ性格がさらに歪になった。敗北をバネにするなんてしない。敗北を認めず、心の中で捻じ曲げたのだ。
戦いたくない。でも負けを認めるなんてできない。逃げることもできないと悟ったイギュリの精神は追い込まれる。その精神は一つの突破口を見つけた。
「誰がお前なんかと戦うか! これでどうだぁ!」
イギュリは口を開き、ドラゴンブレスを吐く。闇の力を放つ黒い死の濁流。それはピーチタイフーンではなく、地上にむけて解き放たれた。そこにはイギュリが破壊した町と、そこで活動している【
「仲間が死ぬのをそこで眺めてろ! レスラー? 偉そうに言ったところでドラゴンが最強なのは変わりないんだよ! 俺に逆らおうとするなんざ、しょせんバァァァカな事だって後悔しやがれ!」
卑劣! 卑しく、そして何者にも劣る行為! 真正面から相手と戦うことはなく、自分より弱い相手に攻撃を仕掛けるイギュリ。ブレスは広範囲に広がり、街のすべてを破壊するだろう。眼下の者たちは迫るブレスを回避する時間さえない。
「――――」
ピーチタイフーンは動かない。今から移動してもブレスには追い付けない。そういうこともあるが、別の理由がある。行くまでもない、と言うことだ。
なぜなら眼下にいる者もまた、レスラーだから!
「優雅ではありませんわね」
闇の吐息に迫る一人の女性。それは赤いドレスを身にまとったサソリの女王ピアニー! 彼女はブレスに手を伸ばし――そして掴んだ! そのままブレスをアイアンクローの要領で抑え込み、手のひらサイズになったブレスをのど輪落しの如く地面に叩きつけた!
「うそおおおおおおおおおおお!? 何でブレス掴めるの!? ブレスって吐息だよ! 形ないよ!? そもそも威力とかかなりのもなんだけど!」
「決まっています。妾もまたレスラー! キャッチアズキャッチキャンの精神ですわ!」
「いやおかしいだろう!?」
ピアニーの行動に叫ぶイギュリ。しかし現実としてイギュリが吐いたブレスは掴まれ、小さくなり、そして地面に抑え込まれた。
ぼふん!
町のすべてを原子に帰す威力のブレスは、わずかに地面を焦がして消えた。優雅に髪をかき上げながら、ピアニーは笑みを浮かべる。
「この程度の攻撃、妾にかかれば児戯同然ですわ」
「あばばばばばばば! サソリ女とかマイナーな種族の分際でファンタジー頂上のドラゴンの攻撃を止めるとかどうなってんの!」
信じられないといった声をあげるイギュリ。そんなドラゴンに憐れむようにピアニーは告げる。
「悲しいですわねイギュリ。種族などその存在を示す個性の一つ。生まれ持った才を生かすも殺すも努力次第だというのに。貴方はそれを怠ったのです」
「努力? そんなもんしたほうが負けなんだよ! 努力したって報われないことがほとんどだからな。どうせ成功しないんなら何もしないで楽しく過ごしたほうがが効率的に決まってるんだよボケェェェ!」
努力。それはイギュリにとって無駄な行為だ。
努力しても報われない。それは事実だ。努力が必ず実るわけではない。一生懸命努力しても、成功をつかめるのはわずかな人数。それは逆を言えば、ほとんどの努力は無駄に終わることでもある。
時間は有限だ。無駄な努力に身を削るなら、有益に使ったほうがいいに決まっている。成功なんて諦めて、夢を見ないで生きるほうがいいに決まっている。無駄な努力なんてやめろ。無駄な時間を過ごすなんてもったいない。
「無駄無駄無駄! 努力なんて無駄! 人生なんて生まれた瞬間に全部決まってるんだ! どんだけ努力しても全部無駄に終わるんだからな!
何もしない俺が正解! 努力しない素晴らしさに気づいた俺が天才! 下等種族に生まれたお前たちは爆砕! これが世界の真理だって気づけよ凡才!」
前の世界ではうまくいかなかったけど、今回はうまくいく。だって生まれが最高だからだ。ステータスマックス。スキル全習得。生まれで勝ったから人生勝ち組確定だ。
「異世界転生して最強になった俺に逆らうとか、その時点で負けフラグなんだよ! 無駄だと分かったら帰れ!」
「よくもまあそこまでいえたモノですね。四天王の一角として、恥じるばかりですわ。
ですが妾は黙りましょう。言葉よりも雄弁にそれを否定する存在がいるのですから」
呆れるようにため息をついて、ピアニーは黙る。
「戯言は終わったか」
そしてその意思を継ぐように、ピーチタイフーンが口を開く。
努力の末に勝ち進んだレスラー。血を吐くような努力の証ともいえる存在が。
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