尻VS鎖! 互いの培った戦闘技術が、今ぶつかり合う! 勝利はどちらに!?
「くらうだぁ!」
初手を仕掛けたのはスマシャだ。鎖を巻きつけた拳を振るい、ピーチタイフーンに殴りかかる。力任せの一撃ではない。腰を落とし、重心をずらさないすり足の移動。攻撃にも防御にも移行できる拳闘士スタイル。
拳闘士! ピーチタイフーンの知識で言うボクシングスタイル。足技ではなく、拳による殴打を主眼に置いた格闘スタイル。構えた腕で顎と胸をガードしつつ、すぐに拳を打ち出せる構え。その動きは見様見真似ではない。
「ぐっ!」
脳天への殴打を避けるように腕を構えるピーチタイフーン。プロレスの『受け』の基本は人体への致命傷を避けること。重要箇所への攻撃を避け、鍛えられた筋肉で踏ん張り支える。しかし、それをもってしても完全に緩和はできない。
「おらおらおらおらぁ!」
続けざまに拳を振るうスマシャ。フックからのワンツーパンチ。速度を重視したけん制。そして鋭い一撃。けん制、とは言うが鎖を巻いたオークのパンチは並の人間なら耐えられるものではない。腰の乗った一撃は、重戦士の盾を弾くほどだ。
「やれー、スマシャの兄貴!」
「そんなエルフなんざ殴り倒してください!」
傍目に見れば、スマシャが一方的にピーチタイフーンを殴っているように見える。観戦しているオークもスマシャの攻勢に興奮したように雄たけびを上げていた。いかに強いとはいえ、スマシャには勝てない。エルフがオークに勝てないことを示してくれ!
「どうしただんまりか? そんなタマじゃねぇだろうがアンタは!」
だが、実際に殴っているスマシャは違った。一方的に殴りながら、その手ごたえに違和感を感じていた。打撃は与えているが、クリーンヒットはしない。肉を殴っている感覚はあるのに、骨まで届いていない。
「見事な拳、見事な足さばき。一朝一夕のものではないな。師に恵まれたか?」
「この動きは相手から盗んだものだ。闘技場の最下層戦士にモノを教えてくれる奴はいねぇ。盗んで奪っていかねぇと生き残れねぇだ」
「実戦による習得か。見事な才能だ。その格闘センスは天才的だな」
「て、天才的……? オラが?」
ピーチタイフーンのセリフに、スマシャは驚きの表情を浮かべた。魔軍にスカウトされるほどの強さという結果を評価されたことはあるが、スマシャは自分の才能をほめられたことはなかったのだ。
「師に恵まれれば大きく開花するだろう。生き延びるための意志の強さがその才能を生んだか。だが――」
ピーチタイフーンはスマシャの振りかぶった拳をしゃがみようにして避けながら、手錠で拘束された手でスマシャの手首をつかむ。相手の勢いを利用し、スマシャの腹部に自らのお尻を当てる。スマシャの腕を引っ張りながら、お尻でトスするように腰を上げて投げ込んだ!
スマシャの体が風車のように回転し、そのまま背中からたたきつけられる! スマシャからすればまさに魔法。ピーチタイフーンのお尻がお腹に押し当てられたかと思った瞬間に宙を舞い、背中からたたきつけられたのだ!
腰投げ、大腰、釣腰、ヒップトス。そう呼ばれる技だ。
だが、あえてこの場ではこう言おう。沈んだお尻が立ち上がる。麗しいヒップが巨漢を押し上げ、地に付した。吹き上がる火山のごとく、桃色が天を穿った! 天を衝く美尻の名は!
地下に渦巻くマグマの噴火。それは時に噴石と呼ばれる石を飛ばす。その威力は高く、時に数キロ先までその被害は届くという。そう、火山の噴火は恐ろしい災害なのだ。それを示すかのごとく、スマシャを投げ飛ばしたピーチタイフーンはそのまま宙を舞う!
「潜り抜けてきた戦いの数なら、私も負けはしない!」
筋肉に力を籠め、その場で跳ぶ。数百、数千、数万。繰り返した数など覚えていない。ただ体にその数は刻まれている。空中で体をひねって螺旋を描き、その回転の戦端を自らの臀部に乗せる。ピーチタイフーンのお尻が、倒れているスマシャの胸に叩き込まれた!
腰投げからの流れるようなヒップドロップ! この一連の流れこそがピーチタイフーンの桃色火山。背中と胸に衝撃を受け、悶絶した相手は数知れない。スマシャもまた、その一人となった。
「げふぅぅ! ……まさかオラのパンチをつかんで投げるとは、恐ろしい真似をするだ」
呼吸を整えながら起き上がるスマシャ。これまで攻撃した腕をつかまれ、投げられたという経験はないのだろう。オークを投げる相手は、オークより巨漢で力ある種族のみだった。しかも力任せか魔法によるものだ。
よもや自分より小さく、か細く、そして魔法を封じられたエルフに投げられようとは思いもしなかった。しかも力任せの投げではない。石に躓いたような、しかし偶然ではない転倒。それがこのエルフの『技』なのは間違いない。
恐ろしい。それは未知の現象に抱く感情。周囲のオークもまた、ピーチタイフーンの技に驚き、そして唾をのんだ。ありえない。しかし目の前の事象を否定はできない。なんなのだ、レスラーとは?
「次は私の番だ!」
言ってスマシャに迫るピーチタイフーン。先ほどまでのパンチのお返しとばかりに、スマシャに蹴りを打ち続ける。ローキックからのミドル、ハイ。鎖を巻いた腕でガードするスマシャだが、その衝撃が確実に体力を奪っていく。
ピーチタイフーンが動くたびに、その足が舞う。その足は鍛えられたレスラーの足。凶器にして芸術。鍛冶で打たれた日本刀のごとく。武器の美しさに惹かれるものは後を絶たない。それは見た目と、そしてその破壊力が人の心を刺激するから。原始の精神ともいえる、闘争心を昂ぶらせるからだ!
故に、人は武器に惹かれる。故に、人は闘争に惹かれる。そこに種族など関係ない。たとえピーチタイフーンが敵だとしても、たとえピーチタイフーンが尊敬するスマシャを蹴っていたとしても、その美は否定できない。
「……すっげぇ。あの兄貴が追い込まれてる」
「しかも、あんなエルフなんかに……」
「あ、兄貴ぃ! 負けるなぁ! オークの意地を見せてほしいだ!」
ピーチタイフーンの攻めを見て、呆けたようにしていたオーク達。しかし心情的にはスマシャの味方。我に戻り、応援に回る。自分を守ってくれたオークの長。その心意気と強さについていくと決めたのだ。
応援。それはただの声。空気の震え。それ自体に何かを為す力はない。魔力もなく、物理的な力もない。ただ鼓膜を震わせるだけの、音。
しかしその音に何かを見出すのは、聞く者の心! 自らを鼓舞するオークの声に、スマシャは奮い立った。そうだ、ここで負けるわけにはいかない。奮い立つ心は灯となり、勇気という炎となる。炎は心の中で燃え上がり、スマシャに力を与える!
「オラは、負けねねぇだ!」
キックラッシュの中、叫び声をあげるスマシャ。腕に巻いた鎖を外し、ピーチタイフーンの足に絡みつけた。そのまま力任せに引っ張り、驚くピーチタイフーンを転倒させる!
「オラの投げも食らってみるだ!」
スマシャはそのまま力を込めて鎖を振るう。分銅が付いた鎖はピーチタイフーンに絡まったままだ。その状態のまま山を描くように鎖を振り上げ、叩き下ろした。その軌跡のままにピーチタイフーンも宙を舞い、地面に叩きつけられる。倒れたピーチタイフーンの首輪をつかみ、無理やり立たせるスマシャ。
「まだまだこっからだ!」
スマシャはピーチタイフーンの髪をつかみ、壁に押し当てる。ピーチタイフーンが悲鳴を上げるよりも早く、壁に顔を押し付けて走る! 走る! 走る! 壁に押し当てられたピーチタイフーンの顔が牢屋の壁で削られていく!
そしてごみを投げるようにピーチタイフーンを投げ捨てるスマシャ。
「お奇麗なエルフ様には堪えただか?」
「確かに堪えた。オークの力、恐るべしだ」
足の鎖を外し、立ち上がるピーチタイフーン。
一進一退。しかし戦いは確実に、終局へと向かっていく。
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