恐るべし! 異世界より迫る数多の攻撃! 生きる価値を問う魔王!

「おおおおおお!」


 ピーチタイフーンが宙を舞い、その尻をガルドバの腹部に当てる。勢いよくたたきつけられた尻が魔王に衝撃を与える! その威力は巨人すら揺るがすほどだ! 鋼鉄よりも固いイギュリの鱗をもってしても止められない一撃が魔王を襲った!


「次はこちらの番だ」


 羽化するように広がる光。それは魔法陣! 左右対称に開くように動き、その動きそのものが意味を成す魔法。そうやって形成された魔力が屋となってガルドバの指に集う!


魔力矢マジックミサイル


 お返しとばかりに放たれたガルドバの一矢。魔力で形成した矢を放つ魔術。魔法使いの初級術ともいえるそれだが、ガルドバが放つそれは島一つを消すほどの威力を有する。激しい衝撃が世界中に響き渡った!


 激しい衝撃が止んだ中、立ち尽くす両雄。ピーチタイフーンは魔法矢を真正面から受けて多少疲弊しているが、ガルドバはヒップアタックを食らっても笑みを浮かべて立ち尽くしている。


「避けぬのだな。そして耐えるか。天地爆裂メガデスを耐えるのだから当然か」

「貴様こそ、私の攻撃を避けないのか」

「避けるまでもない。所詮は遊び。貴様の流儀に合わせただけだ」


 ガルドバにとってこの戦いは戯れ。勝っても負けてもどちらでもいい。そんな心境だ。


「その気になれば貴様が認識する『世界』ごと破棄できる。魔王オレはそういう存在だ」

「すぐにそうしたほうがよかったと後悔させてやろう」

「戯言を。つまらぬことを言う口と心を閉ざしてやる」


 後悔? 下位の存在が何を偉そうに。そんな侮蔑を込めてガルドバは魔力を練り上げる。こことは別の『世界』に接続する。ガルドバの手に本が現れ、ページがひとりでに開かれる。空間に穴が開き、そこから巨大な鋼鉄の腕が現れる。


「荒涼とした世界、デズマと呼ばれる亜空生命体と戦う人類最後の機会兵器だ。高速振動する掌、振動兵器『パルスストライク』を食らうがいい」


 腕はピーチタイフーンをつかみ、そこから振動を伝わせピーチタイフーンの体内を震わせる。振動はあらゆる物質を透過し、その内部に伝わる。神の鎧すら意味をなさない激しい振動!


「く……! これは……!」

「まだ終わらぬぞ。次は異界において神々に悪と評された獣の触手だ。触れる者に呪いを刻む英雄殺しを食らうがいい」


 巨大な機械の腕が消え、ピーチタイフーンの足元からタコのような触手が召喚される。職種はピーチタイフーンの四肢に絡みつき、関節をあらぬ方向に曲げようと力を込める。同時に接触面から徐々に力を奪う呪いを施していく。


「これが貴様の、魔法か!?」

「様々な世界にある様々な事象。人の数だけ世界がある。位相をずらしてそれをこちらに干渉させている。

 分かるか? 貴様の知らないテクノロジー。貴様の知らないルール。貴様の知らない攻撃。それが貴様を襲う。次は死後の世界に住まう怨霊の怨嗟を聞かせてやる」


 魔王が一瞥するだけでピーチタイフーンの周囲の空間が変化する。霊を見る目があればそのおぞましさに目を背けていただろう。数えきれない霊魂が恨みを吐きピーチタイフーンの魂を汚染する。罵倒、嘲り、誹謗、謗言、悪口……。一つ一つは小さくとも、積み重なればそれは確かな重みとなる。耳をふさぐこともかなわない精神汚染。


「つまらぬな。この程度でレスラーは折れない!」


 数多の『世界』の攻撃を受けてもなお、ピーチタイフーンは立ちあがる。避けたわけではない。真正面から受け、耐えたのだ。


「肉体も精神も、神ですら逃げ出すほどの攻撃を『この程度』で済ますとはな」

「日々の鍛錬。多くの戦い。それが私の力となる! 一歩一歩前に進んだ足跡こそが、レスラーの力だ!」


 努力! 一日のほとんどを自らを鍛えるために使い、試合中であっても鍛錬を怠らないレスラーの過酷な毎日。同じ所属のレスラー同士であっても試合となれば敵同士。そんな過酷な環境で鍛えられたからこそ、今のピーチタイフーンがあるのだ。


「それが貴様の創造や常識を超える存在であったとしてもか」

「無論! 未知なる存在であったとしても、鍛錬は裏切らない! 基礎を怠らずにいれば、あらゆる状況でも応用は効く!」


 あらゆる格闘技。あらゆるスポーツ。あらゆる技術。それに置いて最初に学ぶ『基礎』は地味で単純に思われがちだ。だがその基礎の動きこそがその世界における土台である。足場が安定しない家は崩れ落ちる。足場さえしっかりしていれば、地震が起きたとしても耐えられるのだ。


 そして応用。基礎に頼り切るのではなく、そこから考え、新たな手法を見出す。試行錯誤と数多の経験から生まれる一歩。その歩みの積み重ねが個人の軌跡となり、それを見てまた別の人は別の一歩を踏み出す。


「ガルドバ、貴様が使用する『世界』はそうやって大きくなるものだ! 地道な積み重ねとそこからの歩み。その積み重ねが生み出し、世界の範囲を広げていく。

 不要だからと排除した世界の中には、貴様が思いもよらぬ発展をする者がいるのだと知るがいい!」


 魔国の暴力に呑まれ、陽の目を見ることなく男達のはけ口となって消えゆく運命だったエルフ、ルミルナ。しかし彼女はレスラーである前世に目覚め、魔国を揺るがす存在となった。彼女のパターンは稀有だが、思いもよらぬ成長をする可能性は誰にでもある。


「ほとんどのモノの『世界』は成長しない。貴様は戦うことで希望になり、その強さに惹かれる人間を生み出そうとしたようだが、無駄だ。多くの存在は強さに惹かれ共、自らが強くなろうとは思わん。

 強き者に頼り、安全な位置から罵倒する。自らは行動しないのに、不平不満だけは言いつのる。そんなつまらぬ存在よ」


 ピーチタイフーンの言葉を鼻で笑うガルドバ。多くの存在の行動とその結果を知り、それ故に絶望した存在。故に未来などないと切り捨てることができる。無意味な存在に、生きる価値はない。自分にとって害悪しかもたらさぬのなら、消えてしまえ。


「そんな奴らのために戦い、疲弊して尽き果てるつもりか? 貴様の戦いに感銘して武器を取る者もいただろう。貴様と比肩しうる存在もいるだろう。嗚呼、素晴らしい。彼らの精神はまさに研磨された宝石のようだ。消すには惜しいとさえ思った。

 だがそれよりも強く美しく輝く存在のために邪魔になるのなら、消すしかあるまい。魔王オレにとって重要なのはそう言った輝かしい世界をることだ。その世界がどこまで輝くのか。それを知りたい」


 美しいものもいた。賞賛すべき世界もあった。しかしそれよりももっと美しく褒めたたえられる存在のために消えてもらった。


 ガルドバにとって『世界』とは観測する存在。人一人の世界に優劣をつけ、よりよい『世界』を作るためにはほかの『世界』など不要と切り捨てる。9割9分9厘の生命とそこにある世界を排除しても、1の輝きがあればいい。


「ピーチタイフーン、貴様はそうなるだけの可能性がある」

「私の戦歴を称賛してくれたことは感謝する。未来に期待してくれることも喜ぼう。

 だが、他者の生き様を愚弄したことは許さない」


 声に隔絶の意志を乗せて、ピーチタイフーンは声を飛ばす。


「『世界』に差などない。同じ一つの存在が走った足跡に、優劣などない!

 一生懸命だろうが自堕落だろうが、健康だろうが病に伏そうが、富あふれようが貧しようが、えにし多かろうが孤独だろうが、強かろうが弱かろうが、それはその存在が生きた道程! その生きた範囲を『世界』というのなら、その全ては平等に価値がある!」


 生きた結果がよかろうが悪かろうが、他人に称賛されようが罵られようが、その評価自体に意味はない。そもそもそんなものは時代によって移り変わるのだ。生きて、様々な思いと行動の末に死ぬ。それに違いなどない。


「貴様に劣る存在の人生にも価値があるというのか?

 貴様の村を襲った魔国の兵士、貞操を穢そうとしたオーク、魔国に戦う貴様に賛同せず離れていった者たち、貴様の存在を知りながら遠くで様子を見ている者達。そんな奴らに怒りを感じないのか?」

「私は聖人君子ではない。レスラーだ。そう言った者たちに良き感情を抱いていないことは認めよう。

 私は生き様を示し、その者たちもその生き様のままに行動した。ただそれだけだ!」


 人にはそれぞれの生き方がある。その生き方を強要はできない。そしてその生き方全てに同様の価値があるのだ。


「愚かなだ。その考えそのものが貴様の足かせになっている。

 貴様が戦い続けるために余分な思想になっているととに気づきながら、それでも他人の希望となるために戦うというのか」

「当然だ。重しをつけての筋トレなど、レスラーなら当然のこと。多くを背負うことに何の抵抗があろうものか!」


 ピーチタイフーンは言って呼気を吐く。問答はこれで終いだとばかりに構えを取った。


「貴様を倒し、奪った『世界』を返してもらう。そしてその上で、私はさらなる高みを目指す!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る