オークを蹴散らせピーチタイフーン! 無敵のピーチストライクで突破せよ!

「邪魔だぁ!」


 入り口をふさぐオークに向かって、駆けるピーチタイフーン。そこにいるオークは突撃からのタックルを想像し、腰を低く構えて受け止める体制を取った。木っ端エルフごときの体重など、オークの筋肉にとっては取るに足らない衝撃。しかし油断なく万全の構えを取る。


 その行動に誤りはない。全体重を乗せたタックル。それにより牢屋から出る。多くの囚人が破れかぶれで看守に挑んできた。今回もまたそうだろうと対応するのは、牢屋を守る番兵として当然の行動だ。


 しかし結果としてその行動は裏をかかれる。タックルを待っていたオークは、眼前に迫ったピーチタイフーンのお尻に視界を奪われてしまう。やわらかく、そして大きなエルフの尻。状況が状況なら褒美ともいえる光景だが、天国は一瞬で地獄に代わる。


「ピーチストライク!」


 ダッシュの勢いを殺さぬように背を向け、臀部を叩きつける。尾てい骨。背骨の末端にして股関節の起点。二足歩行の生物が大地を踏みしめて歩むための根幹。いわば大地からの衝撃を受け止めるための骨部。


 そして臀部。歩くたびに衝撃が加わるその箇所は、日常で常に刺激が加えられる筋肉。常時鍛えられている筋肉は柔らかく、しかし脆くはない。内臓を守る最後の門。


 すなわちっ! お尻とは人体において固く同時に柔らかい場所。二足歩行という構造上常に鍛えられる最強の門っ! 守りにおいて最強の個所をあえて武器にする一撃。それが、ヒップアタック!


「ぶひぃぃぃぃぃぃぃ!」


 その一撃を食らったオークはたまらず叫ぶ。エルフのお尻というやわらかさと、骨の固さという痛みを同時に味わう。ピーチタイフーンの尻に顔が押しつぶされる格好のまま、あおむけに倒れて気を失った。


「なんてうらやま……いや、恐ろしい一撃だ!」

「あのケツは俺のもんだ!」

「いや、オイドンが倒して独り占めする!」


 その光景を見たオーク達はいきり立つ。同胞が受けた光景を前に、ピーチタイフーンの尻に魅了されるように。強力な武器に惹かれるは戦士のサガ。彼らオークもまた、ひとかどの戦士!


「欲しければ実力で奪ってみろ! ピーチタイフーンは逃げも隠れもしない!」


 腰を落とし、両手を広げるピーチタイフーン。その構えは攻撃をよける構えではない。相手の攻撃を受け、それに耐える構えだ。武道家のような俊敏な動きを主とする構えではない。重戦士のような、盾を持ち攻撃を受ける構え。


「なんだ……? ルミルナか?」

「やめろ! 魔法なしでオークと戦うなんて無謀だ!」


 牢屋の中に囚われていたエルフたちが悲鳴を上げる。精霊の導きか何かの奇跡か。難を逃れた同胞ルミルナを見て喜ぶも、それを逃すまいと襲い掛かるオーク。魔法が使えない以上、その末路は簡単に予想できた。


「エルフごときがオークの筋肉に勝てると思うな!」


 こぶしを握りピーチタイフーンに殴りかかるオーク。人間の筋肉など比較にならないほどのオークの筋肉。大地を踏みしめる足。大地からの力を伝達する背骨を支える背筋。パンチの起点となる肩。パンチの力の源となる腕。そしてケンカの度に傷つき鍛えこまれる拳。そのすべてがまさに人を超えた存在。


「ルミルナ、逃げろー!」


 エルフごときが耐えられる道理はない。そのはずだった。拳はルミルナの腹部に命中し、か細い身体を吹き飛ばさんとばかりの勢いで穿つ。が――


「そんな、ものかぁ!」

「ば、ばかな!?」


 耐えた。自分の半分も体重がないだろうエルフが、オークの拳に耐えたのだ。加減したつもりなどない。打点を外したわけでもない。真正面からの拳を、耐えたのだ。しかも――それが魔法や拳法などの技術ではなく、肉体的な強度で耐えたのだ。


「ルミルナ……無事なのか?」


 これが転生覚醒したピーチタイフーンの力。彼女はエルフのルミルナでありながら同時にピーチタイフーンでもある。ピーチタイフーンが培ったプロレスの技や攻撃を受ける技術、そして肉体強度さえも受け継いでいる。年間100を超えるプロレス興行を乗り越えたレスラーの耐久度は、異世界の攻撃すら受け止めるのだ!


「こちらの番だ!」


 一撃殴られたから、殴り返す。そんな暗黙のルールとばかりにピーチタイフーンはオークに近づき、オークの服をつかむ。手錠故にここから投げることはできないが、掴んだ服を引き寄せることはできる。そしてそのまま、オークの顔面にヘッドバッドを叩き込んだ。ピーチタイフーンが鍛えられた首が根幹となり、強烈な鈍器がオークの豚鼻を打ち据える。


「なんでだ! なんでエルフの女一人止められねぇんだ!」

「魔法なのか!?」

「いやそれもあり得ねぇ! あの首輪はエルフ用の特注品魔封じの首輪だぞ! あれをつけられて魔法を使えるのは、魔王か魔人クラスだ!」

「じゃあなんであんなマネができるんだよ!?」


 ピーチタイフーンの快進撃を前にパニックになるオーク達。オークの頭では理解などできようはずがない。目の前のルミルナはもはやただのエルフではないことを。そしてレスラーと呼ばれる存在を。


 あまりの勢いを前に複数で肩を組み、スクラムで突撃するオーク達。一人が倒れても、残った人数で抑え込む。力任せで特攻じみているが的外れとは言えない作戦だ。


「その意気や良し! ならばピーチストライクで叩き潰してやろう!」

「ぶもおおおおおおおお!」


 スクラムを組むオーク達を前に、敢然と立ち向かうピーチタイフーン。そこに避けるという意思は見られない。突撃を迎撃しようと、指を曲げて挑発する。怒りに震えたオークが、雄たけびと共に突撃した。


「くらえ、ピーチストライク!」


 オークの突撃と同時に走るピーチタイフーン。そしてスクラムと交差する瞬間に背を向け、勢いを殺さずにそのお尻を突き出し跳躍した。相手の突撃と、自らの突撃。カウンター気味に尻を相手の顔に叩き込む。


 ヒップアタックを食らったオークはそのまま気を失うが、ほかのオークはそうではない。すぐさまスクラムを解除し。ピーチストライクを放ってこちらに背を向けているルミルナに襲い掛かる。その腰と右足左にオークがそれぞれしがみついて動きを封じた。かに見えたが――


「はあああああああ!」


 気合一閃。それと同時に重心を移動させるピーチタイフーン。彼女の鍛えられた体幹は、素人のタックル程度では揺らぎもしない。そして日々鍛えられた腰の動きで、しがみついたオーク達を振り払った。


 桃 尻 直 撃ピーチ・ストライク


「ウソだああああああ!?」

「なんなんだよこのエルフ! ありえねえええ!」


 信じられない、という顔で尻もちをつくオーク達。


「タックルに入ったと同時に技に移らなければただの打撃技どまり! 投げるか、あるいはそのまま押し倒すかしなければ意味はない!」

「わけわかんねえええええ!?」


 ピーチタイフーンの声に目を白黒させるオーク達。なんだよこいつ、わけわかんねぇ。目の前にいるエルフの言動を理解することを、完全に放棄していた。


 ただ、一人を除いて。


「確かになぁ。決めるときは一瞬で決める。そいつが勝負の基本だ」


 右目に刀傷を持ち、拳と腕に鎖を巻いたオークがゆっくりと前に出てくる。


「スマシャ兄貴ぃ!」

「お前らじゃ、こいつは止められねぇ。離れてるだ」


 その言葉だけでオーク達は退く。狭い地下牢の廊下に、一定の格闘スペースが生まれた。


それと同時に、ピーチタイフーンの脳に何かが聞こえてくる。ルミルナの記憶にはないが、前世の記憶ではエレキギターと呼ばれる楽器のロック調の音楽が。


(これは、このオークの『テーマ曲』!? つまり入場曲か!)


『殴れ殴れ殴れ。気に入らないものは殴ってしまえ。人も社会も殴り倒して、硬い鎖で縛りつくせ!

 正義なんて戯言。力こそが正義。逆らう奴は鉄の鎖で縛って蹴飛ばせ!』


 テーマソングと同時に、目の前のオークが構えを取る。これは今まで戦ったオークの比ではない。ひとかどの戦士レスラーだ。ピーチタイフーンはそう感じていた。


「私の名前はピーチタイフーン! 名を聞こう。今から打ち倒すべきレスラーの名を!」

「れすらー? よくわからんが、オラの名前はスマシャだ。鎖と手錠使いのスマシャ! 言うことを聞かない奴隷をぶち壊すのが俺の仕事だべ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る