試合終了! そして手を取り合う異種族達! 新たな団体が生まれる時!
カチャリ、という金属音と共にピーチタイフーンの手錠と首輪が外される。
そして牢屋に囚われていたエルフたちも解放された。ピーチタイフーンと同じく手錠と魔力封じの首輪を外された。
「大丈夫なのか、ルミルナ」
「問題ない。レスラーは常に鍛えているから」
心配するエルフだが、ピーチタイフーンは何事もないとばかりに応える。鎖で殴られ、投げ飛ばされ、締め付けられた跡が痛々しい。出血も止まっていない状態なのに、痛みを感じているようには見えない。
「……本当に大丈夫、なのか?」
「問題ない。レスラーだからな」
「レスラー」
謎の単語を反芻するエルフ。ともあれ魔法による治癒を行い、傷を塞ぐ。
「オラの負けだ。好きにしてくれ」
敗北したスマシャは、無抵抗を示すように両腕を頭の後ろで組み、膝をついた。エルフの村を滅ぼしたオーク。エルフたちは怒りの視線を向ける。オーク達の略奪で多くの命が奪われ、尊厳が損なわれた。それを許すつもりはない。
「オラの命はどうなっても構わねぇ。だけどコイツラの命だけは勘弁してくれ!」
「村を滅ぼして許してくれだと! 何を虫のいいことを言ってるんだ!」
「お前の命にどれだけの価値があるんだ!」
「オークは皆殺しだ!」
激昂するエルフたち。当然の怒りだ。平和に過ごしていた村を襲った魔軍。生活を奪ったオーク達。戦ったエルフたちは皆殺され、生きて捕らわれたものを道具のように扱おうとしていたのだ。ルミルナがピーチタイフーンに覚醒しなければ、その末路は暗澹としたものだっただろう。
「兄貴ぃ、逆だろ! 俺たちの命なんかどうでもいい! でも兄貴だけは生きてくれ!」
「俺らなんざ生きていても仕方ねぇ! でも兄貴だけは、兄貴だけは許してくれぇ!」
「そう言って許しを求めた私たちを、お前たちはどうしようとしたんだ!」
「オークは皆殺しだ!」
復讐するは我にあり。傷つき、奪われたエルフたちが復讐の炎に身を焦がすのは当然と言えよう。魔法封じの首輪はもうない。無抵抗に首を垂れるオークを皆殺しにすることは、今のエルフ達には造作もないことだ。
一触即発。否、虐殺の空気が膨れ上がる。
「わかった、許そう!」
だがその空気を、ピーチタイフーンは振り払った。声と態度で一喝するように吹き飛ばす。
「スマシャを含めたオーク達は皆私のの傘下となれ! それですべてを許そう!」
「「なぁ!?」」
オークと、そしてエルフの両方から驚きの声が上がる。
「そしてスマシャ! その強さ、痛く感銘した。お前は私の付き人となれ! その根性と技術を鍛えてやろう!」
「つ、付き人? 弟子とか従者とかそういうもんだか?」
「その通り、私の世話をして罪を雪げ! 他のオーク達も雑務をこなし、エルフ村の復興に力を貸すがいい!」
付き人。内弟子とも飛ばれ、師から技術を学ぶと同時にその世話をする存在だ。騎士の従者とはいささか異なるが、制度としては似ている。
「エルフ村の復興……ルミルナ、まさかこんな奴らにエルフの村を作らせるというのか!?」
「オーク達の筋力はエルフ以上。村の復興には欠かせない人材だ」
「しかし、こいつらは我々の村を滅ぼした奴らだぞ! そんな奴らに!」
「滅んだのは、我らエルフが弱かったから。外敵の存在を認知しつつ、その対応を誤ったからだ!」
怒りの声をあげるエルフ達に、胸を張って言い張るピーチタイフーン。
「敗者が奪われる。それは当然の摂理! 奪われたくなければ強くなれ! オーク達を受け入れるのは、エルフにはない力があるからだ!」
「え、ええええええええ!? 何その蛮族思考!」
「平和を守るのは力だ! 力なき正義に意味はなく、正義なき力に意味はない!」
間違いなど何もない、とばかりに断言するピーチタイフーン。
しかし言っていることは真理でもあった。魔軍の存在を知りつつ、エルフは『森の結界でどうにかなるだろう』という考えだった。結界はかなりの魔法精度を有し、数百年にわたって平和を維持できたのだからエルフがそれに頼るのは当然だ。
だが、それが突破された時の対策が不十分だった。魔王の力は結界を解除し、エルフの村に攻め入った。だが二重三重に防衛策を講じていれば、魔軍が攻め入られることはなかった。更に言えば、防衛するエルフにもっと力があれば、結界内に攻められても押し返すことはできたのだ。
負ければ奪われる。そんな時代に防衛策を怠ったエルフ。その怠慢を攻められても仕方ないと言えよう。
「いやしかし……!」
だからと言って攻めてきたオークを許すというのは別問題だ。防衛に不備があったとはいえ、悪いのは攻めてきた魔軍であり、奪っていったオークだ。
「無論、禍根は在る! 失われた命は多く、流された血は戻らない。嘆いた涙は数知れず、復讐の炎は心の中で残り続ける! それが戦争で、それが罪。それを無視することなどできるはずがない!」
ピーチタイフーンもそれは理解している。ピーチタイフーンと同化しているルミルナの心にも、奪われていった同胞の悲鳴が慟哭が叫びが離れない。ルミルナ自身、オークにもてあそばれそうになった恐怖はある。
「だが、戦いは終わった! 互いの意地をかけた戦いが始まり、終わったのだ!
ならば前に進むしかない! 何故ならば……それが生きるということだからだ! 過去を受け入れ、やりきれない感情を抱き、未来に進むこと。それが戦いなのだから!」
ピーチタイフーンの声が牢屋に響き、それを聞いていたエルフとオークの胸に届く。最初は『え? 何言ってるのこの娘』と思っていたエルフとオークだが、その声は心に染み入り、そして心酔する。
プロレスにおいて、勝者は絶対。その勝者の宣言もまた、絶対なのだ!
「た。確かに……! ここでオークを殺しても、今度は私たちが恨まれるだけ」
「オラたちも、未来に進んでいいのか!?」
「失ったものはもうもどらない。なら、前に進むしかない! 共に歩もうではないか!」
「ああ、オイラ達の力。存分に使ってくれ!」
そして、手を取り合うエルフとオーク達! 互いを憎んでいた者同士は、戦いを通じて手を取り合うことができたのであった!
「んだども……牢屋から脱出するには、上にいるヴェルニを倒さないといけないだ」
スマシャが腕を組み、深刻な顔でそう告げる。
「獄長?」
「ああ、このヴェルニ監獄を守る監獄長だ。膨大な魔力と多彩な魔力を持つ魔国<ガルドバ>四天王の一人だ。
協力なゴーレムを生み出すその魔力は魔王ガルドバ様に比類するともいわれ、このヴェルニ監獄を難攻不落と称させる要因だ」
「強いのか?」
「んだ。ゴーレムだけではなくヴェルニ本人もかなり強いだ」
ピーチタイフーンの問いに、スマシャは深々と頷いた。
「強いか。ならば挑もう」
獰猛な笑みを浮かべるピーチタイフーン。レスラーの血が騒いでいた。
「私はその監獄長を倒し、皆を解放する! ついてくるものは、拳をあげろ!」
その言葉と同時に、場にいるオークとエルフのすべてが拳を振り上げた。
「これより私たちは一つの団体だ! 名前は【
ピーチタイフーンの宣言に、鬨の声をあげるエルフとオーク達。団体とかよくわかっていないけど、団結して戦うという意味は理解できた。なら問題はない。ピーチタイフーンはうむりと頷いた。
監獄に生まれた桃色の灯。それはオークとエルフを巻き込み、炎となった。プロレスという名の、熱い炎に。
この炎は魔国を燃やす燎原の炎となるのであった!
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