襲いかかるドラゴンの野生! 赤く染まる戦場で最後に立つのは誰か!?

「くたばれえええええええ!」


 イギュリは力を込めてピーチタイフーンに襲い掛かる。技術も何もないただの攻撃。力任せにぶん殴る。ただそれだけの一撃。


「気合が入ってきたな。だがそれではレスラーを倒すには至らん!」


 その一撃を避けることなく受けるピーチタイフーン。


「これでどうだ!」


 イギュリのタックル。勢いよく体をぶつけただけの突撃。下半身に力を入れて走り、ぶつかった。それだけの攻撃。


「今のはいいぞ。もう少し腰を落として来い!」


 そのタックルを受け止め、はじき返すピーチタイフーン。


「クソ、クソ……!」


 悪態をつくイギュリ。しかしその対象はこれまでのような他人や世間ではなく自分。全力のパンチもタックルも、子供のように返される。相手を倒すに至らない自分へのふがいなさ。


 それは戦うことを怠ったイギュリの結果。生物として圧倒的なドラゴンの力を有していても、経験値の少なさが今の結果を生んでいる。相手が同じだけのパワーを有していれば、手も足も出ない。


「俺は楽して生きるんだ! 引きこもって適当に過ごしたいんだ! 働かずに不労所得で生活したいんだ!」


 イギュリは戦いたくない。楽したい。他人の汁を吸っていきていたい。そんな甘えが今の彼を生んだ。もしイギュリが慢心せずに戦っていれば、負けることを恐れずに苦難に立ち向かっていけば、今はなかった。


「私に勝てれば二度とかかわらないと約束しよう。好きに生きるがいい」


 挑発するようにピーチタイフーンは手を招く。魔国の希望となっているピーチタイフーン。彼女がいる限り、ヒトの恐怖を力にするイギュリはその力を吸って楽に生活ができない。自分の生活のために、ピーチタイフーンは倒さなくてはいけないのだ。


 負ければ力を得られず、路頭に迷う。空腹にあえぎ、敗北者と指をさされる。そんなのは嫌だ。惨めになるのは嫌だ。恥ずかしいのは嫌だ。俺は傷つきたくないんだ。だから――


「あああああああああああああああ!」


 追い込まれたイギュリは理性をかなぐり捨ててピーチタイフーンに攻撃を仕掛ける。咆哮と同時に闇のブレスを吐き、ピーチタイフーンを包み込む。そのまま城を砕く大きさの顎を開き、ピーチタイフーンに嚙みついた!


 オ レ サ マ オ マ エ マ ル カ ジ リ!


 噛みつき! それは骨のある生物ならだれもが持ちうる歯を用いて、相手に噛みつく攻撃! 口は食物を砕いて細かにするために適した形をしており、肉食獣の口と顎は生物の肉を容易に砕いて咀嚼できる構造になっている。


 単純な顎の力で言えば、サメはクジラすらかみ砕くことができる。ワニは2トンほどの力を持つ。体躯で言えばその数千倍にもなろうドラゴンの力はいかほどか。そしてイギュリはそのドラゴンの中でもトップクラスの大きさを持つ。


 そして歯。肉食獣の歯は鋭く、一度噛みついたものを放さない構造となっている! 肉に深く食い込み、反ることにより外に逃さない! 強引に引き抜こうものなら、大きく肉を削がれるのだ!


 流血! 出血! 血の海! 噛みつかれたピーチタイフーンの肩からおびただしいほどの血が流れる! 何たる残虐性! あらゆる格闘技においても禁忌とされる噛みつき攻撃。それをイギュリは行ったのだ!


 まさに獣! 人あらざる存在の戦い方! それこそが、ドラゴンの本性!


『そのまま死ねぇ!』


 口が効ければそう叫んでいただろう。あるいは甲高い咆哮となっていただろうか。イギュリは噛みついた状態のまま翼を広げ、跳躍した! 翼で空気を叩いて落下速度を増し、高速で地面に落下する。


 高度300mの垂直落下! ドラゴンの牙は噛みついた相手を逃すことはない。高速で落下して地面に着地! その衝撃で、噛みつかれた傷もさらに深まった!


 噛 み つ き バ ス タ ー!


 噛みついたままの落下! ドラゴンの歯と顎と翼があって初めてなしえる技! 理性をなくし、獣の本性のままに暴れた残虐ファイト! 噛みついたまま起き上がったイギュリは、首を振って口開きピーチタイフーンを投げ捨てた。


「があああああああああ!」


 そこに理性の目はない。追い込まれたイギュリはすべてをかなぐり捨てたのだ。勝つためなら何でもやる。憎まれようが罵られようが何でもやる。その吹っ切れがあった。


「そうだ。それでいい。憎まれるなら徹底的にやれ」


 肩から血を流しながらピーチタイフーンは立ちあがる。ダメージは軽くはないが、それでもその唇は笑みを浮かべていた。強敵に出会った微笑みが。


「目的のために懸命に戦え。目的が善であれ悪であれ、戦い方が善であれ悪であれ、その在り方は素晴らしいものだ。ドラゴンの名を冠するだけのパワー、確かに受け止めたぞ」


 悪役ヒール。それは憎まれ罵倒される立場。しかしそんな悪役ヒールにもファンはいる。大多数が彼らを憎みその敗北に喜びを感じるが、少数でも悪役に勝ってほしいと望む声もある。


 正しく生きる者も、悪辣に生きる者も、共に勝利の可能性がある。共に栄光をつかめる可能性がある。愛される可能性があるのだ。


「ぎああああああ!」


 理性を失ったイギュリは叫び声でピーチタイフーンに応える。そこには卑屈で他人を見下した色はなく、目の前の敵にうなりをあげる獣がいた。


「だが私も負けるつもりはない。レスラーとして全力で倒させてもらおう!」


 相手が全力なら、こちらも全力で応える。それがレスラーの流儀とばかりに全身に力を込めた。


フェイ! タル! ハーツ!」


 叫ぶと同時に身を低くしてイギュリに迫るピーチタイフーン。再び噛みつこうとしたイギュリは虚を突かれたように立ち止まり、立ち止まったイギュリの腹部に肩を当てる。


 驚いたイギュリだが、ショルダータックルにしては威力が弱い。そのまま上から抑え込もうとした瞬間、自らにかかる重力が変化したのを感じた。自分がピーチタイフーンに肩で抱えられたのだと気づいたのは数秒後。イギュリの目の前にはピーチタイフーンの背中と、そしてその先に麗しいお尻が見えた。鍛えられた背筋と、そこからふくよかに曲線を描く臀部。間近に見えるそれは、触れることすらかなわない桃源郷。


 水車落とし。ダックアンダーわきくぐり・スープレックス。


 この技を食らった者は皆、桃源郷を前に力尽きる。欲して臨んだ理想の世界。エデンともいえる神の領域。牧人の楽園と称されたアルカディア。それを目の前にしながら、しかし届かないことを知る。


 理想は、与えられるものではない。

 届かずとも手を伸ばし自ら歩んで到達するものだと!


 桃 源 郷 落 と しピーチブロッサム


「がばあああああああああああ!」


 相手の腕と足を押さえた状態で逃すことなく、背中からたたきつけられるイギュリ。そのままの形で固められるフォール


 1! 2! 3!


 カンカンカーン!


 試合終了のゴングが鳴る。イギュリは我を忘れたように空を見上げていた。


「私の勝ちだ。ここより去り、何処となり行くがいい。

 だが貴様が暴れたと聞けば馳せ参じる。それを忘れるな」


 そんなイギュリに話しかけるのは、ピーチタイフーン。いつの間にかもとの大きさに戻っていた。仰向けに倒れたドラゴンの顔よりも小さい。


「それは自分が戦いたいだけじゃねぇか。この戦闘民族が」

「当然だ。何が悪い?」

「ツッコミ疲れた……もういい」


 だがイギュリはそこに無限の大きさを感じていた。魔王ガルドバとは違う別の強さ。


 その後イギュリは洞窟に引きこもる。財産により強化されるドラゴンの特性と魔力による環境操作などを用いて、生贄や供物に頼らないのんびり生活スローライフを送ることとなった。時折ドラゴンバスターの名誉を求めてやってくる命知らずを相手にし『やれやれだ』などと肩をすくめるとかなんとか。


 魔国四天王最後の一角、イギュリ。彼もまた、ピーチタイフーンに破れる。


 魔国の希望は、魔王にまで迫りつつあった。



★試合結果!

 試合場所:魔国上空300m

 試合時間:11分14秒


 ●イギュリ (決め技:ピーチブロッサム) ピーチタイフーン〇

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