第34話

「アイツまだ来てねえのか」


 と学校に来ていないクラスメイトの話を聞き、呆れた様子で話すジョニー君ではあったが、表情は明らかに心配していた。


 事件から一か月が経ち、ほとんどの人が日常に戻っては居るのだけれど、まだ立ちなおすことが出来ず苦しんでいる生徒は当然居るわけで。


 ジョニー君が心配しているその生徒もその一人だった。


 学部は違うが被害者の一人と友人だったらしく、かなり凹んでいたのを覚えている。


 そんな彼は2週間程前から学校に来ていない。


「じゃあ学務に行って聞いてみようよ」


「学務も分かんねえだろ」


 僕の提案に何を言っているんだという表情を見せるジョニー君。


「掲示板に書いてあったんだけど、学務に頼めば職員が様子を見てきてくれるんだって」


 今回の惨事がお互いの身元を隠しているせいで生まれてしまった悲劇だと考えた学務は、新たな施策を打ち出した。


 といっても学務に学校に来ていない生徒の名前を報告したら、学務が数人で様子を伺うという簡単なものだが。


 これで先日の事件は二度と起きない、というわけではないが、一定の予防にはなる上に生徒たちも安心して勉学に取り組めるようになる。


 そんな制度が今日からスタートするらしい。


「じゃあ行ってみるか」


「うん」


 善は急げということで学務に申請しに向かった。


「経営学部1年生のコリン様ですね。私どもが責任を持ってお調べします」


 休み時間に来たこともあってか、他に生徒はおらずスムーズに終わった。


「後は待つだけだね」


「そうだな。次の授業に行こうぜ」


 これ以上僕たちが出来ることも無いので一旦彼の事は忘れ、次の授業に急いだ。



「早く飯行こうぜ」


「オッケー」


 この日の授業は午前中で終わりということもあり、文化館に顔を出すついでにダンデさんの所で飯を食うことになっていた。


 若干遠回りではあるが、美味しいので何も問題はない。


「やべえ人だかりだな……」


 いつも通り軽くご飯でも食べようと思っていたけれど、店の外に出る位の行列が出来ていた。


「これは行かない方が良いかもね」


 頻繁にこの店に来ている僕たちよりも初めて来た人に食べてもらったほうがいいだろう。


「おい2人とも!手伝ってくれ!」


 僕達のことを店の中から見つけたダンデさんが外へやってきて、声をかけてきた。


「しゃーねえなあ」


「わかりました」


「じゃあこっちに来てくれ!」


 ダンデさんの案内で裏口から店内に入った。


「俺は飯を作るのに専念するから2人は飯を運んでくれ!」


「わかりました!」


「おう!」


 それから2時間ほど、絶え間なくやってくる客の注文を受け、ダンデさんに報告し、食べ物を持って行き続けた。


「ふう。これで一旦終了か」


 まだ客は居るが、飯時を外れていたので大分暇になっていた。


「ありがとう。助かった」


「何かあったんですか?」


「恐らくこれだな」


 ダンデさんがそう言いながら渡したのは一冊の雑誌。


「The Yearsですか?」


 それはこの国で一番古く、一番人気のある雑誌だ。平民から貴族まで、分け隔てなく需要があり、この雑誌に掲載されることは一つのステータスになるとされている。


「このページを見ろ」


 だからこそ何か重大な成果でも出さなければ乗ることは通常不可能なはずなのだが、ダンデさんが開いたページにはしっかりとこの酒場についてが記載されていた。


『ダンデという男が一人で切り盛りしている酒場。しかし酒場だからと言って舐めてはいけない。この店の飯は一流レストランに匹敵する位の美味しさだ。きっと君たちの舌を満足させるだろう。それでいてそこらの酒場と変わらない位の値段で飯を提供してくれる。飯にかけられるお金が左程無くても楽しめるってのがこの店の利点ではあるが、そういった人たちは行かない方が良いかもしれない。この美味しさに慣れてしまうとそこらの安い飯じゃ物足りなくなってしまうからな。

 おっと言い忘れてた。こんな完璧な店なんだが、唯一やってはいけないことがある。酒を注文することだ。もし頼んだならお前は今まで飲んだ中で不味い酒のランキングを更新することになるだろう』


 という文面と、メニューの一つであるオムライスの写真、そしてこの店の住所が載せられていた。


「なるほど。ここまで記者にべた褒めされりゃあこの街中から客が殺到するだろうな」


「まあダンデさんの料理はめちゃくちゃ美味しいからね」


「酒も美味しい筈なんだがな」


 嬉しい反面、酒を全否定されて少し悲しい表情を見せるダンデさん。


「それが販売されたのが昨日だよな。ならこの調子がしばらく続くんじゃねえか?」


「ああ、ほぼ確実にな。儲かるのは確かに嬉しいんだがよ、こうなるんだったら許可するんじゃなかった。まさか見開き一面を使って宣伝するとか思うわけねえじゃねえかよ」


 ダンデさんは複雑そうに嘆いていた。


「確かに一面ってのは珍しいよな。飯以外も大量に乗っけるんだからページ数も足りないだろうに」


 基本的にThe Yearsは見開き一ページに飯屋を6つ位同時に掲載することが多い。それに言葉も軽く一言に収まる程度で、写真をちょこんと乗せるのが常だ。


 たとえどれだけ偉大なレストランだろうと見開き半ページが限界だったはず。


「他の部分はどうなっているんだろう」


 何かフォーマットの改修でもあったのかと思い、他のページを開いて読んでみる。


「なるほど」


 他のページにも飯屋の紹介ページがあり、ダンデさんの所と同様に見開き1ページで紹介されているお店がいくらかあった。


 今回この雑誌は、食にかなり力を入れているらしい。


「少しだけちゃんと読ませてくれ」


「分かった」


 ジョニー君は何か気になるところがあったようなので、雑誌を渡すと一人で黙々と読み始めた。


 それから数分。


「なるほどな。ここ最近美食ブームって奴が来ているらしい」


「美食ブーム?」


「ああ。俺たちがこの間の事件解決に勤しんでいる間にしれっとそうなっていたらしい」


「だからそれに合わせて大々的に記事を作ってしまったってわけか」


「恐らくな。人気に乗っかりゃあ雑誌が売れるのは間違いないしな」


 確かに流行りを詳しく知れるのなら買いたくなるものな。


「そんなブーム、いつ始まったんだろう?」


 いくら事件に追われていたとはいえ、ダンデさんの店が雑誌に掲載されるまで全く気付くことが無いなんてありえるだろうか。


 全く男に縁のない事柄ならともかく、食ってのは全国民が必要なものだ。摂取する段階で何かしら耳にしそうなものだけれど。


「はっきりと断言は出来ないが、恐らくメディアのどれかだろうな。流行ってのは基本的に大衆に拡散する術を持っている何者かが起こすものだしな」


「なるほど」


 確かに、知られるってことは結構重要な要素だ。


 ダンデさんの店にもう一回来たい!って思う人が9割になるような素晴らしい店でも全体が10人しか居なければたった9人しか来ないもんね。


 実際、ダンデさんの店は一見さんよりも常連客の方が圧倒的に多いし。


「ってことは流行が収まったとしても客は増えたままじゃない?」


 ふと思った。ジョニー君の言う通り、ダンデさんの店に来る客がいくら流行の影響だと言っても、今までと比べ物にならない量の新規が来ることは確実なのだ。


 その一割でも残ったらこの店はパンクしてしまうのではないかと思うのだけど。


「だろうな。不祥事でも起こさない限り最低でも2年は行列が出来るだろう」


「それはかなり困るな。毎回毎回お前らやルーシーを連れだしてきて手伝わせるわけにもいかねえし」


 ルーシーさんは知らないけれど、僕とジョニー君は学生だ。常に暇だって保証はどこにもない。だから確実に一人でこの店をやりくりする時間がどこかで出てくる。


 けどあの客の量はどう考えても無理に決まっている。だからといって一日に受け入れる客の数を決めるなんてことをするような方でもないだろうし……

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