第11話
「ジョニー君、聞きたいことがあるんだけれど」
僕は、先ほどの会話で確信したことがあった。
「ん?なんだ?何でも聞いてくれ。好きな女のタイプとか、今までに付き合った女の数とか」
「残念ながらそれではないかな。君の家庭の話なんだけど、アグネス商会だよね?」
アグネス商会、それはこの国、アルグネの中で最も大きい商会のことだ。
この国には数えきれない数の商会があるが、その他の商会とは一線を画していた。
2位の商会がローズ商会なんだが、単純な資金の額で5倍以上の差をつけて首位を
独走していた。
そんなアグネス商会に一人息子がいるという話を聞いたことがある。
それに、商売を左程経験していないであろう息子にここまでの額を投資できる存在となるとアグネス商会以外ないだろう。
「流石にバレるか。そうだよ。俺はアグネス商会会長の一人息子、ジョニー・アグネスだ」
僕の隣にいる男は、何も隠すことなく言い切った。
「今回の話が本格的に進んだ後、アグネス商会の一人息子だって知ったらどういう反応するだろうね」
多分、そこら辺の商会の息子だと思われているだろうしね。
「どうもしねえんじゃないの?」
「そんなわけないよ。あのアグネス商会なんだから」
「そんなもんかね」
あのジョニー君でも自分自身については疎いらしく、反応は薄めだった。
流石に驚くよ。貴族よりも金を持っており、勝てるのはこの国の王だけなんて噂されている。何なら下手な貴族よりも立場が高いと思われている。
約束通り、翌日には完全にデモは無くなっていた。
それを確認したジョニー君は、契約を進めるべく、仕事に励んでいた。
そしてなんと2週間後には店舗が完成していた。
題して『文化館』。あのアグネス商会が運営していることもあり、開館前からかなりの噂になっていた。
学校でも、
「文化館行ってみない?」
「あのフート・マルティンの絵が生で見れるんだって!」
「ダニエル様の演技をあの値段で見ることが出来るなんて素晴らしすぎますわ!」
と非常に好評のようだった。
そして開館当日、
「凄い人だね……」
文化館の前は夥しい数の民衆でごった返していた。皆文化館を楽しみにやってきてくれたようだ。
「当たり前だろ!あの俺がプロデュースしたんだぞ」
ジョニー君は自信満々に語る。
確かに、この国一の商会だもんね。
大学をまだ卒業していないということもあり、僕たちは名前と顔を表に出すことが出来ないためジョニー君の信頼する部下たちが開館のテープを切った。
それと同時に夥しい数の人々が流れ込んでいった。
「あれ大丈夫かな?」
入館料を先に支払うというシステムの都合上、あの人数が入りきるにはどれほどの時間がかかるだろうか。
「今日だけは特別に10枠位作って貰っているから大丈夫だろ」
しばらく待ってみると、ジョニー君の言う通り夥しい数の人があっという間に文化館の中に吸収されていった。
「そろそろ中に入って様子を見よう」
「そうだな」
僕達は裏側にある従業員専用の入り口から中に入った。
「これかっけえよな!」
「可愛すぎる!誰が描いたの?」
「あの役者めちゃくちゃイケメンだったよね!」
「この曲は誰が作ったんだ!?」
皆が思い思いに感動を言葉にしており、中は非常に騒々しかった。
芸術を見るという観点において向いていない環境だとは思えるけれど、楽しむことにおいては十分なようだった。
「これなら目的も達成できそう」
これなら絶対に客から注文は入るだろうし、良かった人に関しては注目を集めることだろう。
堕天使になった人たちも、元に戻ることを受け入れてくれるだろう。
これ以上居ても無駄だろうということで、僕たちは文化館から出て、それぞれ自宅へと戻った。
それから一週間が経った。
流石に初日みたいな人数は来なくなったものの客足は安定しているようで、これから客が少々減ったとしても収支はプラスに傾くらしい。
そして貴族からの注文も一定数生まれ、今まで日の目を見ることが無かった画家達が注目を浴びるようになっていた。
貴族ではない人達にも気軽に文化的活動を目にすることが出来るようになったこともあり、世間では一大ブームとなっていた。
「堕天使の件、どうですか?」
この事業が上手くいったということで、改めてマルティンさんの所へやってきた。
「そうじゃな。お主らのお陰で目的を達成することが出来た。デモという危険な手段を使わずにな。もうこの湧き上がる感情は必要無い。いずれ満たされることじゃろうしな」
実は文化館に関する商談の際に、一旦デモ活動を取りやめるようにお願いしていた。
デモは現状を変えることは出来ても、大衆の心を掴むことは叶わず、寧ろ離れていく可能性が高いからという理由で。
もし文化館が開館してもデモが続いていたらあれだけの集客は見込めなかっただろう。
堕天使になったら欲望が際限なく湧き出てくるという。その状態で理性のある判断をしてくれたのだ。
「じゃ、あんたを元に戻すからウチに来い」
「分かった」
その後、ルーシーさんの手によってマルティンさんは元へ戻った。
「んじゃ、他の奴らもさっさと元に戻すぞ」
「はい」
僕達は、この間断られた人たちの家に赴き、一人一人元に戻していった。
「後3人か」
「そうですね。今日中に片付けちゃいましょう」
「そうだな」
そんな中、街で騒ぎが起きていることに気付く。
「何なんでしょう」
昼間にこんな大騒ぎになるって。暴力事件でも起こっているのか。
「おい、見ろあれ」
「ふざけんな!」
「あいつを潰さねえと話になんねえんだよ!」
喧嘩か?というより、
「もしかして」
「そうだ。堕天使だ」
特に堕天使にはデモとか騒動とかを起こさないようにと頼み込んでいたはずなのに。
「とりあえず行ってみましょう」
集まっていた人に事情を聞いてみる。
「何があったんですか?」
「詳しいことは分からないんだけれど、サルトルさんに用事があるんだってあの二人が怒りながらやってきたの。それを警官が抑え込んで連行しているのよ」
「サルトルってあの?」
「サルトル・グリーンよ」
サルトル・グリーン。この人は、あのフート・マルティンよりも遥かに上。間違いなくこの国で一番の画家と称されている人だった。
「どうしてそんな人にあの二人が?」
「多分あの記事よ」
「……あーアレか」
「知っているんですか?」
後ろで話を聞いていたルーシーさんが知っているようなので、聞いてみる。
「サルトルって奴がデモを起こしている奴らを徹底的に見下す声明を出したんだよ」
「それってどんな?」
「デモを起こすような奴らは、そもそも実力が足りていない。今の立場はそれ相応だから黙って地に這いつくばっていろってな」
「そりゃあああなるに決まっているじゃないですか」
堕天によって自己顕示欲と金銭欲が表だっている状態の彼らに国一番の画家がそんなことを言ったら、爆発するに決まっている。
「そうだな。とは言っても奴らに伝わっているとは思わなかった。そこまでメジャーな紙面じゃないしな」
ルーシーさんは知っていたけれど、影響力を鑑みて無視していたようだ。
「とりあえず、ありがとうございました」
「いえいえ」
堕天使が連行されてしまったということは、あの場所でやらないといけない以上元に戻すのが不可能になったということを指す。
「どうしましょう」
「ひとまず戻せる奴が先だ」
「はい」
僕達は、連行されていった二人を除いた堕天使を元に戻しに行き、無事完了した。
そして例の二人はというと、本格的に牢に閉じ込められていた。
サルトルさんがその件に怒り、本格的な処罰を求めるとのこと。
「いくらデモ活動が見苦しいからってあの発言はねえな」
意外と、ルーシーさんはサルトルさんに対して批判的なようだ。
「ルーシーさんもデモ活動を行う人たちに批判的だったのに」
「そういうのはあくまで心構えに過ぎないからな。そもそも皆が皆それが純粋にやりたいからその職業に就いたとかいうわけじゃねえ。自分のその職業に対する理想を他人に押し付けるのはお門違いだ」
確かに、デモを行っている人たちに対して直接デモを批判するような発言をした姿は無かった。
そんなことをしたら話にならないからとか、堕天使が暴走状態に陥る可能性とかを考慮したものだと思っていたけれど、そうでは無かったらしい。
「どうするんですか?あの二人」
正直どうすればよいのか一切見当がつかない。
別に国家権力に基づいて活動しているわけで無い以上、警察に連行されていった方を救い出すことは不可能だ。
「一応知り合いに当たってみるか。行くぞ」
着いていった先は、警察本部だった。
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