第8話

「誰も見つかりませんでした……」


 僕はルーシーさんに今日の成果を報告した。


「そんなもんだろ。ダンデには広めに調べてもらっているからな。実際、俺も一人しか分からなかった」


「でも、一人はいたんですね……」


 1と2じゃ大差ないかもしれないけれど、0と1は大きな差だ。


「そもそも今日ペトロがまともに調べられるとは期待していなかったんだ。ちゃんと出来ているだけ成功だ」


 ルーシーさんは笑顔で励ましてくれた。


「それも僕のお陰じゃないんです。通りすがりの男性にアドバイスを貰って、それで上手くいくようになったんです」


 僕は正直にあったことを告げた。


「あー、アイツが戻ってきたのか」


「知っているんですか?」


 男と説明しただけなのに、どうして分かるのだろうか。


「一応な。どっかでまた会えるだろ」


 その時にはちゃんとお礼をしないと。


「どんな人なんですか?」


 アドバイスをくれるあたり親切な方だとは思うんだけれど。


「それは会った時にな。それよりも、明日も続けるぞ」


「はい」


 今日は明日に備えて早めに寝ることにした。


「少し規模が大きくなっているみたいだな。早めに片付けるぞ」


「分かりました」


 今日も二手に分かれて調査を始めることに。


「知らないねえ」


「知りませんわ」


「なんだそれ」


 とは言っても何の手がかりも無く時間のみが過ぎていく。


「そろそろ見つけないと……」


 焦りながらも、地道に続ける以外他は無い。一人居たということは絶対に居るのだから。


「天使ではなくなった方を知りませんか?」


「一人いるな。フェリクス・ホールって言う男だ。何故そうなったのか分からないけれどな」


 ついに一人見つけることが出来た。


「いえいえ、それだけで十分です。ありがとうございます。その方に他に何か変わったことはございませんか?」


「そうだな。少し我儘になっていたな。画家はもう少し持て囃されるべきだって。画家が言いたいことがあるのなら絵で表現して黙らせるべきだと思うんだけどな」


 画家の男性は少し悲しそうな顔をしていた。


「画家としての矜持というものですか」


 誇りをもって仕事に取り組む姿勢に、少し羨ましいと感じた。領主になる頃にはそのような自信と心構えを持っておきたいと思う。


「そんな大したことは無いけどな。まだまだ駆け出しでちゃんとした収入も実力も無いよ」


 自嘲する男性。しかし、扉の奥から見える絵は……


「少し見せてもらってもいいですか」


「構わないよ」


 僕に絵というものは分からないけれど、素晴らしい出来の絵だった。


「素晴らしい絵ですね。実力が無いだなんてそんなことないじゃないですか。絶対有名になりますよ」


 正直今有名な画家の絵にも引けを取らない位の完成度だと思う。


「それは嬉しいな。君に言われた通り有名になる為に頑張ってみるよ」


「楽しみに待っています」


 僕はお礼を言ってその場を去った。


 将来僕が家を継いだ時はあの人に絵画を頼んでみようかな。もしかしたら超有名な画家になっていて買えないかもしれないけれど。


 その後、数多くの人に当たってみた結果、最終的に5人の情報が手に入った。


「というわけです」


「良くやったな」


 僕の頭をガシガシと撫でてくるルーシーさん。僕はれっきとした大人なんですが……


「そちらは?」


「6人だ。現状11人の堕天使が居るということになる。一人一人対応していくぞ」


 継続して二手に分かれて堕天使の説得に行くことに。


 デモ活動は基本的に日中に行われ、日が沈むと早々に解散するようなので夜からの仕事になる。


 昼間は大学に通わなければならない僕にとっては非常にありがたい。


「俺は別に困っていない。このままでいい」


「元に戻る?今の方が良いアイディアが思いつくんだよ」


「別に天使か否かなんて関係ないんだよ。今の自分の方がよっぽど自分らしい」


 堕天使になった方々は、元に戻ることを嫌がっていた。


 カナンさんの時と違い、今後に対しての不安感が一切ない。寧ろ芸術的には怒り等の強い感情があった方がより良い表現に繋がるらしい。


 確かに当人にとっては戻さない方が幸せなのかもしれない。


 でも、その人の欲望が実現不可能になった場合、暴走してしまう。だから止めないといけないのは分かっている。


 それに、このままデモ活動が進んでしまったら、鎮圧のために警察が出てくる可能性まである。そうなってしまえば、自身の1番の欲望が叶わなくなってしまい、暴走してしまうだろう。


 そんなことを考えながら次の人の所へ向かう途中、ルーシーさんを見かけた。


「あ、ルーシーさん!」


「ペトロか」


「全くダメです……」


「そっちもか」


 どうやらルーシーさんの方も上手くいっていないらしい。


「このままじゃダメですよね……」


 恐らく、残っている人たちも嫌と答えるのは目に見えている。


「とりあえず本人たちに伝えるだけはしないといけないから、その後考えるか」


「それもそうですね」


 知っているだけでも対応は変わるかもしれないから。


「人が居なくないですか?」


 ここ書けよ



『僕の子供たちに手を出しているのはお前らか?』


「誰だ」


 ルーシーさんがいつになく素早く反応する。


「僕の名はウリエル。傲慢を司る大天使の一角だ」


 天使と強欲。相反する二つを宣言したこの男は。


「堕天使か」


 予想通り堕天使だった。


「失礼だな。堕天使だなんて。僕は大天使だ。それに我が子も堕天使ではない。解放されただけだ」


 堕天使という言葉に分かりやすく怒りを見せるウリエル。


「あなたがこれまでの元凶なんですか?」


 大天使と名乗っている通り、他の堕天使と雰囲気が違った。何やら力を持っているというか、オーラがあった。


「ええ。少なくとも貴様らが追っている事件は僕が引き金を引いたものだ」


 呑気に語るウリエル。


「何が目的なんですか」


 大天使を名乗っているが、やっていることは悪魔に近い。


「僕たちの目的は全ての天使、人間が自由に生きる世界を作ること。その足掛かりとして天使に開放という形で救いを与えているのだ」


「救い、アレがですか?」


 デモをする参加者を見てそう言っているのだろうか。それなら勘違いも甚だしい。


「そうだ。皆自分の欲望の為に傲慢に動くべきだ。生き物はもっと欲望に忠実であるべき。我慢してはいけないんだよ」


「他人に迷惑をかけ、最終的には暴走する可能性すらあるのに?」


 ただ爆弾を天使に括り付け、麻薬を与えて暴れさせているだけにしか思えない。


「暴走した子を見てしまったのか。あれは本来の望む結果では無かった。努力が足りなかった僕たちの不徳の致すところだな」


「努力?」


 自ら堕天させておいて、努力が足りないから暴走したってどういうことだ。


「解放された天使の方々の中には、欲望を表に出そうとも叶えることが出来ない方が数多く存在する。そんな方の欲望を達成させる手助けをすることが僕たちの責務の一つ」


「欲望を満たす?」


 この人たちには堕天使を暴走させる気は無い?寧ろ暴走を止めようとしている?


「お前らの理想は大したもんだが、暴走するリスクを一方的に押し付けるのは違うんじゃないか?かえって不幸になる奴だっているんだぞ」


「理想の為だ。多少の犠牲なぞ仕方がない」


 あっさりと言い切った。努力が足りないと言いながらも、犠牲を許容しているのか。


「やっぱりお前らとは相容れねえな」


「確かにあなたたちとは話が合いませんね。前に進もうとする僕達を引き留めるなんてそれこそ傲慢」


 そう言ってウリエルは時計を見る。


「私も忙しいので。それでは」


 ウリエルは空想上の天使らしく、羽を羽ばたかせてどこかへ飛んでいった。

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