第7話

「というわけだ。文化的活動をしている天使の捜索を頼めるか?」


 昼飯の時間頃にダンデさんの酒場に向かい、状況説明をした。


「お前らには出来ないものな。任された」


「堕天使を直接見分ければ良いんじゃないんですか?」


 天使は天使を見極められるのなら、わざわざ遠回しに調べる必要も無いだろうに。


「お前、言ってなかったのか?」


「完全に忘れてたわ」


「ったく、一緒に仕事をするならちゃんと説明しとけよ。代わりに俺が説明する。天使は天使の事を見分けられるんだが、堕天使は見分けられないんだ。俺たちから見れば天使ではなく人間に見える」


「なるほど。よく分かりました。でもどうして関係者の天使を探すことに繋がるんですか?」


 予防は出来たとしても、発見が出来ない。


「ペトロ、このダンデが次あった時に女になっていたらどう思う?」


 ルーシーさんが突然よく分からないことを言ってきた。このいかにも漢って感じの人が女性なんて……


「何があったのかと驚きますね」


 何を話しても女性だという感情以外出てこない気がする。


「それと同じだ。天使だと思っていたはずの奴が人間に変わっているんだ。違和感しかないだろ」


「だから」


 合点がいった。前から堕天使の事を知っている人は堕天に気付けるのか。


「だけどお前らは人間だから代わりに俺が調べてくるってわけだ」


「ってことで任せたぞ、ダンデ」


「分かった。それで飯はどうする?」


「今回は貰う。予めここで買ってくるって言っていたからな。3人分頼む」


「了解だ」


 ダンデさんはそのまま厨房に向かった。


「本当に人気なんですね」


 前来た時は変な時間だったので人が居なかったが、今は多くの人で溢れていた。酒を飲んでいる人は皆無だが、皆酔っぱらっているかのように騒いでいた。


「飯は美味いし、騒いでも許される寛容さもあるからな。ここらの飯屋には珍しい雰囲気だから人が集まるんだ」


 地元のような田舎であればこういった飯屋の方が主流だけれど、確かにこの街でこんな店は見たことが無い。どちらかといえばお洒落というか。そうでなくても迷惑が掛からない位の声量で話すのが普通だ。


「ま、酒は不味いんだけどな」


「どこの酒が不味いんだ。ほら、出来たぞ」


 ダンデさんが料理を包んで持ってきた。


「誰も頼まないダンデが出す酒だよ。アルコールが混ざってると味音痴になるのどうにかなんねえのか。ほら、代金だ」


 ダンデさんに悪口を叩きつつ、料金をテーブルに置く。


「毎度あり。シャループさんによろしくな」


「分かったよ」


「ありがとうございました」


 僕達は酒場を出て、ランセットさんの待つ家へと戻った。


 ちなみに昼食で食べたダンデさんの料理は非常に美味だった。確かにこれなら飯単体でやっていけると思う。老若男女が入ってきやすいからそっちの方が人気でそうというのがよく分かる美味しさだった。


「本当に凄いことになってるなあ」


 ジョニー君とご飯を食べに行く最中、団体のいる所を通った。流石にこの間から規模は変わっていないけれど、少し攻撃的になった気がする。


 以前は人通りを阻害する程では無かったのだけれど、今では道を塞ぐ形で活動していた。他の人の事を考えられなくなってきているようだ。


「どうなるんだろうね」


 堕天使の話なんて当然できるわけも無いので。それっぽく返すだけになった。


「結局変わらずに鎮圧されそうだね」


「かもね」


 正直どうなるか分からないけれど、バッドエンドになる可能性が高いとは思う。


 数日後、


「ペトロ、ダンデから頼んでいた情報が届いたぞ」


 ダンデさんの酒場に行ってから数日後、調査が終わったらしくルーシーさんがまとめられたリストを持って帰ってきた。


「多すぎませんか?」


 載っていた人の数は軽く50は超えていた。


「可能性のあるほぼ全員を調べてもらったからな。多分実際に関係があるのはその中の半分も無いだろう」


「それでも減っただけマシですね」


 ダンデさんが居なければ、あても無く100どころか500を超える人に当たらなければならなかった。それも天使というワードを使わずに。


「それじゃあ今回がお前の初仕事だ。こいつらを調べてくれ」


 渡されたのはリストの半分。見た所、役者と画家と——


 小説家だった。


 あれから小説家もあの活動に加わっていたらしい。


 多分同業者とは会いたくないのだろう。


「それじゃ、任せたぞ。やるのは大学が無い時で良いからな」


 ルーシーさんはそう言い残し自室へと戻った。


 その週の休日になり、僕は調査を始めることに。


「あなた、天使ですよね?聞きたいことがあるんですけど」


「何言っているの?天使なんているわけないじゃない」


 しかし、上手くいくはずも無く。人間に天使ですか?と言われて正直にはいと答える天使なんているわけが無かった。


「どうしよう…… ルーシーさんに聞いても良いけど、それだと夜になっちゃうし」


 この人数に話しかけるんだ。一日で終わるわけがない。


 公園のベンチに座っていた僕は、リストをぼんやりと眺めてため息をついた。


「君が色んな人に天使ですかって聞きまわっている子だね」


 唐突に背後から声をかけられた。


「誰ですか!」


 リストを見られてしまった。僕は思わずベンチから飛び上がり、対面する。


「大した者じゃないよ。単に興味が出た野次馬だよ」


「そんな野次馬が何の用でしょうか」


 見た目は仕事の出来そうなイケメンで、思わず信用してしまいそうな雰囲気を放っていた。


 けれど状況が状況だ。当然警戒心を高める。


「別に大した用じゃないよ。少しアドバイスでもしてあげようと思って」


「何ですか……?」


「単にその人に○○ですかって聞いても、後ろめたいことや隠したいことであれば話すわけがないんだよね」


「それは、はい」


 これまでの結果で散々理解させられた。


「何でかって、当てずっぽうで言っているだけかもしれない、とか誤魔化せばどうにかなると思うからなんだよね」


「つまり、逃げ道をなくしてしまえばいい。言い逃れ出来ないように」


「どうすればいいんですか?」


 そう言われても、出来る手段なんて思いつかない。


「それには数多くの天使の名前が載っているんだろう?」


「はい」


「なら、その人に関わりのある天使の名を告げれば良いんだ」


「どうしてですか?」


 別に、名前を言っただけで何かが変わるとは思えない。


「1人ならただのまぐれ。でも、何人も同時に的中させたらそれは必然に見えるんじゃないかい?」


 確かに、知人の天使を数人的確に当てられたら信じてしまいそうだ。


「じゃあ頑張ってね」


 そう言い残し、男の人は去っていった。


 何者なのかは分からないけれど、僕は心の中でお礼を言って捜査を再開した。


「あなたは、天使ですね?」


「何を馬鹿なことを言っているんだ。天使なんているわけないだろ」


「ダニエルさん、ジョセフさん、アーロンさん。この3人はご存知ですか?」


「——分かった。あんたが当てずっぽうじゃなく、明確な根拠をもってここにやってきていることが。んで、何の用だ?」


「あなたの周りの天使の方で、天使ではなくなった人はご存知ですか?」


「天使ではなくなる?天使は天使だろ。変わるわけがねえ」


「ありがとうございました」


 僕は男性にお礼を告げ、その場を去る。


「情報は掴めなかったけれど、大きな一歩だ」


 最初は先が見えなかったけれど、この調子で行けばどうにかなりそうだ。


 しかし、


「知らねえな」


「そんなこと起こるわけないでしょ。突然ライオンが虎になるようなものよ」


 と、誰もそんなことは無いと言う。

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