第9話

「知っていたんですか」


 ルーシーさんの話しぶりから、以前からあの存在を知っていたのは事実。


「一応な。別にやることは変わらねえから話してないだけだ」


 恐らくルーシーさんはまだ隠していることがある。


「本当に天使の味方なんですよね?」


 これだけは聞いておかないといけない。


「勿論だ。だからこの活動をしているんだ」


 ひとまず、これだけ聞いていれば十分。


「とりあえず次の所行くぞ」


 僕達は今の騒動を止めるべく、動くしかなかった。


「駄目でしたね」


「まああいつが関わっている時点でそんな気はしていたけれどな」


 ただ一人の短絡的な行動ではなく、入念に練られた計画的行動だ。簡単に止められるほどやわじゃないってことか。


「やっぱり行くしかないんですかね」


「そうだな」


 僕達が避けていたデモ活動のボス、フート・マルティンの所へ二人で向かうことに。


「なんだお前ら。俺は忙しいんだ」


 扉を開けるなり邪険な対応をするフート・マルティン。堕天使になっても性格は大きく変わらないはずだから、これが元々の性格だと思う。


「ウリエルについて知っているな?それについて話しに来た」


「そんな奴は知らん」


 しらを切り通しているのか、それとも本当に知らないのか。分からないけれど。


「では何故今のような活動をしているのですか?どう考えても逆効果だと思うのですが」


 僕は話を進めるべく、フート・マルティンに予定には無かったこの話題を振った。


「はあ、そんなことも分からんのか。入れ。話をしてやる」


 上手くいったようで、部屋の中に入ることが出来た。


「座れ、お茶を取ってくる」


 僕達を椅子に座るように促した後、お茶を汲みにキッチンへと向かった。慣れているのか、すぐに次終わって戻ってきた。


「ほら、お茶だ」


「ありがとうございます」


「助かる」


 お茶を一口飲む。非常に美味しかった。日ごろからお茶を注いでいるのだろうと感じられる一杯だった。


「さて、何故わしらがデモを行っているのかだったな。端的に言えば芸術家、そして文化的活動を営んでいる全ての者の地位向上だ」


「それは見ればよく分かる。俺たちが聞きたいのはどうしてそれを望むのかだ」


「どうして、か。国民が芸術家になる為の条件を知っているな?」


「はい。そして非常に狭き門であることも」


 全職業の中で一番なる事が難しい仕事であること。


「そうだ。そして方法は違えど、難しいのは他の文化的活動を行う者も同じだ。学校に行かないとはいえ、それだけで食べていけるようになるには相当の実力がいる」


「そうだな。中途半端な実力じゃあ生きていくことすらままならない」


 ルーシーさんがそう言った。その言葉は、以前そういう人に会ったかのような説得力があった。いや、本当に会っているのだろう。


「よく分かっているな。しかし、そんなわしらの稼ぎは貴族に遠く及ばない」


 その言葉は、ジョニー君が言っていた通りだった。


「ただ生まれが違う、育ちが違う、それだけで何もしていない貴族に勝てないのはおかしいとは思わんか」


 その言葉は、芸術家というより、平民全体を通して言える言葉だった。


 僕は貴族だ。だから確かに何もしなくてもこのフート・マルティンさんよりも圧倒的に豊かな暮らしが出来る。


 しかしそれは僕たちが素晴らしい人間だからではない。貴族の先祖である誰かが、何か凄いことを成し遂げたのか、それとも非常に運が良かったのか。そのおこぼれを引き継いでいるだけだ。


「そう、ですね」


 だからこそ出来る限りの努力をしようとしてはいるが、それでもそれに見合っているかと言えばそうではない。


「最初から持っているのは仕方がない。だが、努力した者に名誉くらいは与えられても良いのではないか?」


 それは今までの傲慢な態度とは違う、悲痛な叫びだった。


「そうなんですかね」


 正直な所、芸術家ではない僕には分からない。


「それをどうにかする限り堕天使から元に戻る気は無いということか?」


「堕天使という名前なのかは分からないが、今この感情を手放す気は無い」


 あくまでも自分の意思を貫き通すつもりらしい。


「今の俺たちじゃあどうしようも出来ないな」


「だろうな。一個人がどうこうできる問題ではない」


「それでもどうにかしないと……」


「わしは覚悟しておる。他の奴らはそうではないらしいが、リスクはちゃんと聞かされておる」


「とりあえず帰るぞ」


 僕はルーシーさんに言われ、そのまま帰っていった。


「どうするんですか?」


「正直現状では打つ手がない。名誉か……金ならどうにか出来なくも無いんだが……」


 大人気小説家は語る。


「それでもあの人数は無理でしょ」


 一人で稼げる額には限界がどうしてもあるだろ。


「とりあえず方法を考えないとな……」


 一旦解決策は保留にして、日を開けることに。


 大学にて。


「芸術家によるデモが大規模になってきたので気を付けるように」


 遂に教授陣から注意勧告をされるまでになった。


 この間の言葉を聞いている限り暴力的な所まで発展するとは思えないのだけれど。


 他の堕天使が何をしでかすか分からないし、気を付けるに越したことは無さそうだけれど。


「そろそろ警官が動きそうだな」


 ジョニー君は言う。確かにそろそろ手を付けなければいけないラインに達して来ているとは思う。


「でも解決しなければ今後も続きそうだよね」


「そうだな。まああいつらの要求がどこまで満たされるかだけど」


「要求ね。一番欲しいのは名誉らしいよ」


 これくらいは話してもいいだろう。別に隠していることでも無いだろうし。


「名誉、か。それこそ大衆に受けないと厳しいだろうな」


 ジョニー君の言う通りだった。いくら貴族に認められたとしても、それは人口のほんの僅か。これを名誉というには少々心もとない。


「大衆からの指示を貰う方法とかあるの?」


「あるぞ。大衆が目に触れる機会を増やすことだ」


 分かりやすい結論だった。確かに、絵自体は素晴らしい。多分見ればその魅力に気付くだろう。しかし、人々の目に触れる機会が少ない。


「どうにか目に触れる機会を増やす方法は無いの?」


「そうだな。展覧会を開くとかだろうか」


 展覧会?確かにそれならどんな人でも気軽に見に来れる。


「なら出来ないかな?」


 もしそれが出来れば、簡単な解決になる。


「無理だな。金が余りにもかかりすぎる」


 残酷な現実だった。


「それは維持費がってこと?」


「いや、絵の準備費用だ。どんなに絵が好きな貴族ですら1枚。多くて2枚しか買わないんだ。それだけでも相当な額がかかるだろ?」


「確かに」


 プロの画家の絵をこの間見たが、相当な大きさのものだった。それを書いて生きていけるということがそれを示している。


「人気が出る可能性が高かったとしても、初期費用が高かったら手を出す人間は一気に減る。そして手を出せる人間はわざわざこういうことをしなくても稼げるから手を出さないってわけだ」


 なら!


「もし安くで運営できるとしたら、手を出すってことだよね」


「そうなるな。それがどうかしたのか?」


「いや、こっちの話!ありがとう」


 僕はその話をするべく、ルーシーさんの元へ急いで帰った。


「というわけなんです」


「意外とありかもしれねえな」


 僕達はそれを伝えるべく、フート・マルティンさんの元へと向かった。


「わしとしてもありな提案じゃ。金に困っているわけでもないしな」


 好感触だった。


「ただ、他の奴らが受け入れるかは分からんの。金に困っている奴らも居るだろうしの」


 それは最初から予想出来ていた。


「それは展覧会で上げた評判によって取り戻せると思います」


 広告。それは新聞でよくやる手法だった。


「確かにの。身を結んではいないが素晴らしい画家はいくらでもいるしの」


「それに付け加えて、展覧会に絵を出した奴は絵をその展覧会経由で販売できることも伝えておいてくれ」


 ルーシーさんが付け足した。


「分かった。そう伝えておく」


 今回は上手く話を付けることが出来た。

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