第43話

「寒いですね」


 僕は唐突にそんなことを言った。


「まあこの部屋は広いからな。効きが悪いのは仕方ない」


 僕はその言葉を聞いて安心した。


「ですよね。今は冬真っただ中ですし」


 そう、今は冬なのだ。


「そりゃそうだろ。何月だと思ってるんだ」


「ですが皆にはこの気候が暖かいらしいんですよ」


「何を言っているんだ」


 ルーシーさんは当然何を言っているんだって顔で聞き返してくる。


 この人はここ最近家に引きこもって執筆活動をしているので、外界の様子が耳に入っていないのだ。


「僕も何を言っているのか分からないんですけど、エリーゼとジョニー君はそう言っていました。わざわざそんな変な嘘をつく意味も無いですし、多分本気です」


「そうか……あんまよく分かんねえが原因はアレだろうな」


「はい、大天使だと思います」


 何を狙っているのかは全く分からないが、こんな不思議なことが出来るのはそれ以外無い。


「ペトロ、今回お前はしばらく普通に過ごすんだ。別に調査とかはしなくて良い。ただアイツらに何かあったら守ってやることだけを考えろ」


 恐らく皆が大天使の影響下にあることを危惧しての指示だ。


「分かりました。ルーシーさんは何をするんですか?」


「それは秘密だ」


「そうですか。分かりました」


「とはいっても今からは何もできねえがな。ランセットが起きるまで静かに待つぞ」


「僕もですか?」


「ああ。ただでさえ寝起きが悪いのに酒も入っているんだ。俺だけじゃ対処しきれない可能性が高い。頼む」


 ルーシーさんは大天使の話をしていた時よりも真剣な表情で僕に訴えかけた。


「仕方ないですね」


 そこまでされたら断るのも忍びないので、仕方なく一緒に待つことにした。



 数時間後ランセットさんは無事起床し、近くに居たルーシーさんに馬乗りになって顔面をタコ殴りにしていたのはまた別の話。


「おはよう、ジョニー君」


「ああ、おはよう」


 翌日、ルーシーさんと違って一切のダメージを負っていない為、無事に学校に来ることが出来た。


 意図せず大ダメージを負ってしまったルーシーさんは治療の為、午前中は家に引きこもり休んでおくとの事。


 これまでも引き籠っていたじゃないかと言いたい気持ちもあったが、ランセットさんから受けた暴行の跡を見ると流石に可哀そうになった。


「今日はやたら少ないね」


 大天使の影響で、授業5分前になっても半分以上の生徒がまだ来ていなかった。


「そうだな。まあ気持ちは分かる。俺も今日はギリギリまで休むか悩んだし。まだ眠いわ」


 とあくびを噛み殺しながら言うジョニー君。


「では、授業を始める。と今日はやけに少ないな。何かあったのか?」


 この調子だと教授すら来ないのでは?と心配に思っていたが、杞憂だったみたいだ。


 僕を覗けば教室内で一番元気だと思う。


「まあ良いか。とりあえず今日の範囲に行くぞ」


 教授は異変の理由を特に気にすることも無く、授業を始めた。


「需要は基本的に~」


 ジョニー君も含め、大半の生徒は力尽き寝ていた。


 が、起きている生徒たちはやる気に満ち溢れており、一生懸命板書しつつ、一番前で教授に果敢に質問をぶつけていた。


 大天使の能力に、やる気が関係あったりするのかな?


「なんだなんだ!?停電か?」


 と考察していると、講義室の証明が一斉に切れ、真っ暗になった。


 教授は何回かスイッチを押してみるがつく様子は無い。完全に停電してしまったようだ。


「とりあえず様子を見てくる、少し待っていてくれ」


 教授は講義室を出て外へ様子を見に行った。


 そんな一連の流れがあったのだが、大半が夢の中に居るため講義室内がざわめくことはなかった。


「停電は学内だけでなく、街全体で起こっているようだ。そのため今日の講義は全て中止とする!」


 数分後、息切れした教授が戻ってきて寝ている生徒にも聞こえるようにそう叫んだ。


 すると反応した生徒たちがちらほらと席を立ち、講義室を出て行った。


「ジョニー君!帰るよ!」


「んあ、どした?」


「講義は全て中止になったよ!」


 僕はそれでも起きる気配のないジョニー君を叩き起こし、強引に席を立たせて共に講義室を出た。


「何がどうなったんだ?」


「分かんない。とりあえず街全体が停電しているってことだけ」


 地震や台風、豪雨等の自然災害は起こっていないから停電のしようが無いはずだが、実際に大学一帯は完全に停電している。何があったのだろうか。


「よく分かんねえが、帰って寝たいわ」


 先程まで寝ていたはずのジョニー君だが、まだまだ眠いらしく大きなあくびをしていた。


「心配だから送るよ」


 このまま別れると路上で眠ってしまいそうだったため、送ることにした。


 実際僕の言葉への反応も薄い。送るという僕の提案に軽く頷くだけだった。


「何これ……」


 大学を出て本通りに入ると路上で力尽き、横たわって眠っている大量の大人たちの姿が。


 それぞれが仕事用の服装で、仕事先に行く途中で倒れてしまったように見受けられる。


「これはジョニー君を送っている暇じゃないかも」


 僕は早々に事情を調べるため、預け先の中で大学から一番近いダンデさんの店に向かった。


「おう、ペトロにジョニーか。こんな時間にどうしたんだ、大学じゃねえのか?」


 店に入ると、ダンデさんがいつものように出迎えてくれた。どうやらダンデさんはいつも通りみたいだ。


「ってジョニー寝てるな。何があったんだ?」


 僕はジョニー君を長椅子に寝かせた後、街で起こっている惨状をダンデさんに説明した。


「そりゃあヤバいな、ちょっと外を見てみるわ。うわっほんと異常だなこの光景」


 ダンデさんは外を見て若干引いていた。


「とりあえず街の人を起こして家に帰らせましょう」


 大天使がこれから何をしてくるか分からないし、そもそもどこに居るかの当てもない。


 今頃異変に気付いてルーシーさんが調査をしているはず。


 だからとりあえず目の前の出来事を片付けることが先決だ。


「なあ、ダンデさん、この街一体どうなってるんだ?」


 外を出ようとしたタイミングでこの店で働いている子供達がやってきた。この子たちにも何も無いようだ。


「お前らは大丈夫だったか。正直俺たちにもよく分かんねえ。ただあのまま放置したらあいつらが風邪を引きかねねえから一旦家に帰らせてくる。お前らは店番をしていてくれ」


 ダンデさんは子供達に何か起こらないように、安全なこの店で待機するように指示した。


「「「分かった!」」」


「じゃあ行ってくる」


「行ってきます」


「「「行ってらっしゃい!」」」


 僕とダンデさんは二手に分かれ、大人達を一人ずつ帰らせることに。

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