第44話

「起きてください!」


「あ、不味い!仕事に行かないと!」


「待ってください。今日は一旦帰って大丈夫ですから」


「どうしてですか?」


 この街一帯が停電しているんですよ。何が起こるか分からないので家に帰った方が良いです。


「そうなんですか。ありがとうございます」


「あの人は付き添わなくても大丈夫そうだね」


「起きてください!風邪ひきますよ!」


「ん、なんだ……?」


「はい、立って!家まで送りますから!」


 駄目だ、これじゃあキリがない。1時間位やっているのにまだ10人位しか進んでいない。


 どうすれば……!


「おい、お前!さっさと起きんか!」


「起きてください!」


 どうすればを考えながら送っていると、そんな声が聞こえてきた。


「マルティンさん!」


 マルティンさんと芸術家の方々が僕たちと同様に事態の収拾をしていたのだ。


「おう、ペトロか」


「皆さんは無事だったんですね!」


「ああ、一応な。ただ全員無事なわけではなく、何人かは寝てしまっているがな。どうせ大天使が何か悪い事でもしとるんじゃろ?」


 どうやらマルティンさんが事態に気付いて芸術家の方々を纏め上げてくれたらしい。


「多分そうだと思います」


「やはりそうか。しかしまたどうしてこんなことを……」


「堕天使を増やそうとしているのだとは思いますが、真意は掴めません」


「こんなことをしても大天使の利益には到底なりえないものな」


「はい」


「そもそも、どうしてわしらは無事なんじゃ?ここまで大規模に眠っておるのだから、特定の誰かを狙ってやったわけでもないだろうに」


 言われてみればそうだ。どうして無事な方々が存在するんだ?


 人間のみ、天使のみってことはジョニー君とエリーゼが影響を受けているから違う。


 大人のみ、子供のみでもない。


 そもそも一緒に居たとしても無事な場合とそうでない場合がある。


「確かにそうですね……」


「そうじゃ、わしらは救出をしておくから、お主は何故こいつらが眠っているのか調べてくれ。とりあえずこやつはわしが連れていく」


「分かりました。ありがとうございます」


 僕は連れてきていた男性をマルティンさんに引き渡し、ダンデさんの元へ向かった。


「ダンデさん!マルティンさん達が後は引き受けるから僕たちで原因の究明をしろとの事です!」


「分かった!」


 丁度今家に送り届けたタイミングだったので、すぐに取り掛かることが出来た。


「とりあえずルーシーさんを探しましょう。何か知っているかもしれません」


 僕たちより前に捜索活動に入っているはずなので、まずは情報共有がしたい。


「居場所に心当たりはあるか?」


「分かりません」


 僕が学校に行くタイミングでは家に居たが、流石にもう家には居ないだろう。


「じゃあ手分けして探すしかねえか」


「そうですね」


「俺はこっち側を探すから、っておい、アレは!」


 ダンデさんが驚きながら指差した先には、空を埋め尽くさんばかりの蠅の大群。


「逃げてください!」


 こんなタイミングに普通の蠅が飛んでくるわけが無い。つまりアレは天使を堕天させるためのものだ。


 大天使はこれが狙いだったのか。


「ああ、すまねえ!」


 ダンデさんは僕にお礼を言い、蠅とは別の方向へと逃げていった。


 もしかしていざという時に守れってのはこういうことだったのか?


「だけど、どうやって守ればいいんだろう」


 いくらライナーさんのお陰で強くなれたとはいっても、飛んでいる蠅を捕まえて倒せるような高等技術を手に入れたわけではない。


 一時的にその場から払う事が出来たとしても、殺すことは不可能に見える。


「でもとりあえずはやってみるしかないよね」


 僕は建物の屋根に飛び乗り、蠅と対峙した。


 武器と呼べるようなものは無く、所持品はカバンに入ったノートだけ。


 でも素手で立ち向かうよりはマシと考え、右手に装備する。


「はあああああ!!!!」


 僕は建物を伝い、一直線に蠅に向かって飛び掛かる。


 そしてノートを振り回し、周囲に居る蠅を倒そうと試みる。


 大量の蠅に羽音と、纏わりつかれるような感覚は相当に気色悪いがどうにかノートで蠅を減らすことは出来ているようだ。


 しかし、天使ではない僕に興味は無いのか大多数の蠅は僕を素通りして天使の方々に向けて飛び立とうとしている。


 このままだとこの街の天使が全て堕天してしまう……


 あまりにも人手が足りない。どうすれば良いんだ!


「ほらよ!」


 そんな軽い掛け声と共に大量の蠅が超巨大な鉄板に薙ぎ払われていく。


 ライナーさんだ。この怪しい状況を見て、咄嗟に駆け付けてきてくれたのだろう。


「ペトロ!よく分かんねえがこいつらは少し嫌な予感がする。さっさと片付けるぞ!」


「はい!」



 しかしたかが一人増えた所でどうにかなるほど甘くはなく、数をあまり減らすことが出来ていない。恐らくではあるが蠅によって堕天使化は防げていないだろう。


「数が減らねえ!どんだけ居るんだこいつら!」


 そんな事をライナーさんが嘆いた瞬間、


 僕たちの真横に巨大な火が一瞬現れ、蠅を一気に消失させた。


「誰?」


 火の元へ振り返ると、そこにいたはなんとエリーゼだった。昨日大天使の影響を受けていたから今も眠っていると思っていたのだけど、起きていたようだ。


 しかしそれよりも、


「ここに来たら危ないよ!早く逃げて!」


 こんな場所に居てはエリーゼが再び堕天してしまう!


「もう遅いわ。既に堕天しちゃったんだもの」


「まさか……」


 だから起きてここまで来てしまったのか。ってことは蠅を撃退しつつエリーゼと戦わなければならないのか?


「別に大丈夫よ。ちゃんとするべきことは分かっているし、天使を堕天させるような真似はしない。ただ強い味方が増えたとだけ思えば良いわ」


「それなら良かった」


 いくらライナーさんがこちらの味方だったとしても、エリーゼを倒すとなると相応の時間がかかり、被害が拡大するのは目に見えていたから。


 レイモンドさんの件もあるし、相手はエリーゼだから信用して大丈夫だろう。


「これを使って!」


 エリーゼは僕とライナーさんに管のようなものが付いた鉄の入れ物を渡してきた。


 エリーゼも持っているし、恐らく先程の火はここから来たものだろう。


「どう使うの?」


「入れ物の上に引っ張れる場所があるでしょ?そこを引っ張れば管から火が出るわ!」


「おお、これはおもしれえな!鉄板で薙ぎ払うよりも効率が良い」


 それを聞いたライナーさんは早速火を振り回して蠅を殺していた。


 このペースならいける!


 僕は一心不乱に火を蠅に向け続ける。


 建物に引火しないか心配だったが、屋根は基本的に燃えにくい素材で出来ているらしく燃えることは無かった。


「これであらかた終了だな」


「そうですね」


 30分程で殆ど全ての蠅を駆除し終わった僕たちは、一息ついた。

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