第13話
その後は大した動きは無く、文化館の方の手伝いに徹していた。
流石に2週間も経つと、客足は衰えてきて、最初は出来なかった小説の展示などが可能になった。
まあルーシーさんは展示をしようとはしなかったけれど。面倒くさいとのこと。
人が少なくなったから収益が下がったか、というとそういうわけでは無く、人が少なくなったこともあり芸術家などに商品を依頼する貴族は逆に増えたため、収益自体は最初よりも上がっていたり。
そんな中でも特に人気だったのが、デヴィッド・ハミルトンさん。堕天使化した方を探す際に、絵を見せてもらった天使だ。
何故今までこんなに凄い画家を見つけることが出来なかったんだと数多くの貴族が嘆いていた。
やっぱりあの絵は凄かったんだなあ。
今ではマルティンさんよりも仕事が多い売れっ子だ。
他にも、新人小説家が大手の出版社に見染められたり、とある劇団が王族の催しに招かれたりと、様々な飛躍を見せている。
「良い世の中になりましたね。もしかして今ルーシーさんが本を出したらいつもよりも売れるかもしれませんよ」
「今は金があるから十分だ」
「残念。また読みたかったのに」
こんなのだけれどルーシーさんの本はめちゃくちゃ面白いからもっと書いて欲しいのだけれど、気乗りしないなら仕方ない。
「ランセットさん、この人の家賃ってあげられます?」
「勿論。今からでも10倍に」
「するんじゃねえよドアホ。そんだけあったらマルティンのおっさんの所より数段いい家に住めるわ」
やっぱり無理みたいだ。
「暇になったら書いてやるよ」
「本当ですか!?」
「うっせえ、しつこいと書かねえぞ」
なんだかんだ書いてくれる当たり優しい。
「おい、ルーシーはいるか!?」
息を切らしながら訪ねてきたのはマルティンさんだった。
「どうした?こんな時間に」
「町で化け物が暴れとるんじゃ!お主の言った堕天使の暴走という奴じゃないのか!?」
どうして!?全員元に戻したはずなのに。
「分かった。今から向かう。準備してくるから待ってろ」
ルーシーさんは自室に戻り、部屋から二本の刀を持って出てきた。
僕達はマルティンさんの案内の元、化け物が現れたとされる場所に向かった。
「なんだこれ……」
居たのは、巨大な筆を手にし、全身を金に染めた龍の化け物だった。
「どう見ても画家だな。誰か取り逃したらしい」
化け物が僕達を観測し、襲い掛かる。
化け物は筆を僕達に向けて振り下ろした。
かろうじて避けることが出来たが、一発でも当たると木っ端みじんになりそうだ。
筆が振り下ろされた地面は煉瓦で出来ているはずなのに、1mに及ぶほどの穴が開いていた。
「お前らは周囲の奴らの避難誘導をしろ。こいつは俺が倒す」
ルーシーさんは僕達にそう指示し、刀を抜刀し、化け物の方へ向かって行った。
「とりあえず、任せるしかなさそうです」
「そうじゃな」
僕とマルティンさんは、手分けして避難誘導を始めた。
「こちらに逃げてください!」
「無理やり押すんじゃないぞ!ゆっくり進んで大丈夫だ。あの男が倒してくれるからの」
あの有名なマルティンさんの指示ということもあり、皆真面目に言うことを聞いてくれた。
何事も無く避難誘導は進み、全員がこの場から逃げることが出来た。
後は化け物を倒してしまうだけだが……
「マルティンさん、あの暴走した堕天使の正体って誰なんですか?」
誰が手から零れてしまったのか。
「わしにも分からん。目の前で暴走し始めたわけじゃないしの。ただ、暴走したタイミング、現れた場所から何となくじゃが予想はついておる」
「誰、ですか?」
「サルトルじゃよ」
サルトルさん!?
「あの見た目的に、金と絵が欲望の中心ですよね?別に不満があるほどじゃないはずです」
仮にも国一番の画家だ。普通の画家と比べてはいけないレベルで金を持っているはず。
何なら僕の家よりも。
「やはり、アレは自身の欲望の姿を現しているのか」
「はい。だから違うと思うのですが」
あれなら捕まった二人と考えた方が正解に近いと思う。
「これは単なる予測なのじゃが、金に染まっているのは権力に関する欲望の事じゃと思う」
「金色が権力ですか?」
「ああ。アイツは昔から、権力において最も重要なものが金だと考えているからの」
確かに、よく考えれば、司法や警察に圧力をかける方法は金が一番分かりやすい。
「だからああなった、ってことですか?」
「じゃな」
「ですけど、別に問題は最近起こっていないと思うのですが」
「普通はそう考えるじゃろうな」
「普通は?」
「最近、デヴィッド・ハミルトンが人気になったじゃろう?」
「はい」
「それで画家の序列が変わったのじゃ。サルトルが2位にな。だからこそ権力を失ってしまうと考えたのじゃろうな。アイツは自分に届きうる存在が上ってくることをひどく嫌っておったからの」
もしかして……
「画家のデモに批判していたのって……」
「そうじゃ。他の画家が台頭しやすい環境を作ってしまうと、一人の力で抑え込むことは到底不可能じゃしの」
そこまでして一番を保ち続けていたのか……
「で一番から転落してしまったから暴走したと」
「そうじゃの。アイツがまさか天使だったとはの……」
「知らなかったんですか?」
その口ぶりから、昔から何度も会っているはずなのに。
「ああ。初めて会った時から堕天使だったのじゃろう。7,8年程前に画家としてデビューする前からの」
そんなに前から大天使の活動は続いていたのか?ということは本当に……
「分かりました。ありがとうございます」
「構わんよ。我々共々救ってもらったのじゃから。そろそろアイツも倒しきれそうじゃの」
ルーシーさんと堕天使の戦いは、最後を迎えようとしていた。
「ほらよ」
刀であっさりと一刀両断し、化け物は絶命した。
「お疲れ様でした」
「おう。お前らも良くやった」
「勿論じゃ。ところで、アイツの正体は分かるかの?」
「あー。分かんねえ。堕天使は感情を元にして体を作り替えるから原型が残らねえんだ。まあいずれ分かるだろ」
この国から誰かいなくなっていたら、それが正体だ。
「そうじゃな」
「とりあえず調べたいことがあるからあの死体を持って帰るぞ」
突然変なことを言いだしたルーシーさん。
「どうしてですか?」
「ちょっと調べたいことがあるんだ」
「分かりました」
理由を話してくれなさそうな雰囲気だったので、とりあえず持って帰る手伝いだけすることに。
堕天使のなれの果ては、想像していたよりも遥かに軽いものだった。
その後、ルーシーさんは死体と共に自室にこもっていた。
朝食と夕食は一緒に食べようという決まりだったが、出てくることは無く、ランセットさんが部屋へと運んでいた。
その後、大学でジョニー君と話した時に、サルトルが居なくなったという話を聞いた。
マルティンさんの予想通り、堕天使だったらしい。
そのニュースは化け物が暴れまわって街を破壊したというニュースに国全体が染め上げられたことで、大した話題となることは無かった。
かつて国一番の画家だったサルトルさんにとって悲しい末路と言える。
とは言っても他人を蹴落とし続けていた方だし、いなくなった方が良かったのだろうか。それは僕には分からない。
ただ、個人的には悲しいことなんだと思う。国民の一人を救うことが出来ず、最悪の末路を迎えさせてしまったのだから。
最終的に、死んだ可能性が高いということでアグネス商会が代表して葬儀を取り計らっていた。
関係性など無いはずなのにどうしてとジョニー君に聞くと、行方不明者の葬儀をボランティアで行っているとのこと。遺族はまだ生きているかもしれないと希望を持つことが多いから、送り出されることなく放置されることが多いかららしい。
儲けを中心に考えるはずなのに、流石1位の商会だ。
とりあえずこの事件は終わったのだから、この話は心の底にしまっておくことにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます