第14話

「ペトロ、貴族って厳しい教育を受けるって本当なのか?」


「そうだね。家庭教師をたくさん雇って勉強をさせられるね。僕の所は7人くらいだったけど友達とかは20人近くついてるって言ってた」


「マジか。貴族パねえ」


「ジョニー君の所もお金なら十分にあるんだから雇っても大丈夫そうだけど」


「確かにそうだが、そこまでして使わないことまでたくさん学ぶのは商人としてなあ」


 ジョニー君の正体を知り、助けてもらった以上身分を隠す必要も無いだろということで僕が貴族であることを正直に話した。


 だからと言って間柄が変わるわけでもなく、普通の友達として仲良くしていた。


 とは言っても相手の生活については気になるわけで、時々お互いについての話をしていた。


「アグネス商会って、ここ十年くらいで一気に伸びたよね。何かあったの?」


 僕が子供の頃は、あまりぱっとしない商会だったはずだ。とある時期を皮切りに、一気に大きくなったのを覚えている。


「お前になら話しても大丈夫か。先に言っておくが、誰にも言うなよ?」


「うん」


「丁度十年くらい前に、ウチをとある女が訪ねてきてな。私の知恵を使いませんかって。親父は、別に失敗したところで大した損にはならないだろうからってことで任せたんだ。そしたらそいつが本当に凄い奴でな。あっという間に最近仕入れた商品を売り切っちまった。その実力を認めて、その女の申し出通り参謀役として働いてもらうことになった。その結果今ああなっているってわけだ」


「それは凄い話だね。どんな人なの?」


 突然現れて商会を一気にトップに押し上げた女性。そんな凄い女性がこの世にはいるのか。


「勉強が好き、というか知識欲が強い人かな」


 知識欲、か。


「どうした?」


「あ、いや、昔仲が良かった女の子に似ているから」


 幼馴染である隣の領地に住む貴族の少女、エリーゼ。今はどうしているのだろうか。


「そうなのか、どんな名前だ?」


「エリーゼ・アストレアって言うんだ」


「じゃあ違うか。アイツはアリエルだし」


「そっか。でも、会ってみたいかもしれない。どうかな?」


 もしかしたら偽名かもしれないし、そうでなくても知識欲が強い人なら手がかりを知っているかもしれない。


「良いぞ。都合がいい日を聞いておく」


「ありがとう」


 一週間後、予定が合うとの事でアリエルさんに会うことが出来ることに。




「アリエル、こいつが俺の大学での友達、ペトロだ」


 ジョニー君の案内で部屋に入り、目の前に居た人物は、見覚えのある人物だった。


「エリーゼ?」


 アリエルと名乗る目の前の女性は、10年程前にどこかへと消えていった幼馴染とそっくりだった。


「やっぱりそうだったのね。お久しぶり、ペトロ君」


 エリーゼは、あっさりと自分がその人であることを受け入れ、柔らかな笑顔を見せた。


「は?どういうことだ?」


 当然ながらジョニー君は混乱している。まあ僕もよく分かっていないんだけれど。


「この話はあとで説明するから、この場は私達だけにしてくださる?」


「分かった」


 ジョニー君は、エリーゼの言う通り入ってきた扉から出て行ってくれた。


「とりあえずそこに座って。ゆっくり話をしましょう」


 エリーゼが仕事をしていた机の前にある応接用の椅子に腰かけ、エリーゼも正面に座った。


「どうして居なくなったの?」


 まずはそれが聞きたかった。兆候自体はあったけれど、理由は一切話してくれなかった。


「どうしても外の世界に出たかったのよ。あの家じゃあ本の数も限られていたしね」


 確かにエリーゼは本が好きだった。暇なときは基本的に書斎に籠り、本を読み漁っていた。


 確かに知識欲は強いものがあったけれど、そこまでだとは思っていなかった。


「家族と仲が悪くて飛び出したんじゃなかったんだね……」


 エリーゼが居なくなっても、アストレア家の人たちがエリーゼの事を探すことは無かった。だから、家族との関係が悪化して飛び出したのかもしれない。そう思っていたのだ。


「そんなことは無いわよ。普通に仲良かったし、出て行くときはちゃんと家族に説明していたから」


「じゃあ何で僕に教えなかったの?」


 一言位教えてくれても良かったのに。


「言ったら絶対引き留めてしまうでしょう?私の事だからペトロの言うことを聞いてしまう気がしたから」


 絶対にそんなことはしない、とは言い切れなかった。


「それに、どこに行ったか伝えたら付いてきてしまうでしょう?私の欲望の為にペトロを巻き込みたくなかったのよ」


「それでも言ってほしかったよ」


 確かについていくと言っていたと思う。


 だけど生きているかすら分からないより、生きていることだけでも知っておきたかったよ。


「ごめんなさいね」


 まあ、今会えたのだからそれで十分。


「話は変わるんだけれど、どうしてこの商会で働こうと思ったの?」


 別にエリーゼなら当時1位だった商会に入ったとしても問題無かっただろうに。


「私に対する裁量を一番大きくしてくれそうだったからよ」


 確かに、ただの一人息子にあれだけの額を投資する商会なら、当時でもそういう面があったのだろうとうかがえる。


「自由に使えるお金が欲しかったの?」


 広い裁量をエリーゼが求める理由として考えられるのはそれくらいだろう。


「そうね。たくさんの人に支援するお金が必要なの」


 アストレア家も十分に金を持っている部類な筈なので、相当な額を使っているのだろう。


「何の目的で?」


「それは言えないわ。ただ、悪いことに使ってはいないとだけ」


「分かったよ」


 エリーゼが言うのであればそうなのだろう。



 ざっくりと質問が終わった後、エリーゼがこちらについて色々聞いてきた。


 受験勉強の事や、大学での話。そして文化館に関する話等。僕は今まで経験してきたことをたくさん話した。


 エリーゼは家から出て行ってからの事や、今何をしているかなどを話してくれた。


 10年間会えなかった隙間を埋めるかのように。


 気付いたら3時間も経っており、エリーゼが次の仕事があるということでお別れとなった。


「また今度話しましょう。今後はいくらでも時間があるのだから」


「そうだね」


 もう夕食の時間だったので、僕はそのまま家へと帰った。


「ペトロ、やたらご機嫌じゃねえか」


 いつも通り夕食を食べていると、ルーシーさんがそう突っ込んできた。


「ずっと探していた人に会えたんですよ」


「あら、良かったじゃない」


「どんな奴だ?」


「実家の隣の領地を治めている貴族の幼馴染です」


「ほう、どんな奴だ?」


「いつも優しくて穏やかな、知識欲が強くて本が大好きな女性です」


「もう少し聞かせてくれ」


 その後、ざっくりとエリーゼについて二人に話した。


 話し終えた後ルーシーさんとランセットさんは顔を見合わせ、


「ありがとう。また会うんだろ?そん時俺を連れて行ってくれないか?」


 ルーシーさんはそう申し出た。


「別にいいですけど…… エリーゼが許可するか分かりませんよ?」


「そん時はそん時だ」


 二人が何を思ったのかは分からないけれど、別にこちらとしては断る理由は特にないので、そのまま受け入れることにした。


 その話をジョニー君に伝えた結果、別に構わないということで一緒に行くことになった。


 そして今は、アグネス商会が支援をしている孤児院にジョニー君と共に向かうことになっていた。


「すまねえな。わざわざ付き合わせて」


「これくらい平気だよ。いつも助けてもらっているんだし」


 ジョニー君は子供が苦手らしく、院長と今月分の支援金とかの手続きをする間代わりに相手をしていてくれと頼まれた。


「今日はこいつが遊んでくれるから、仲良くしてやってくれ」


「「はーい」」


 孤児院には、0歳から13歳までの子供がいるらしい。それより年齢が高くなった子はアグネス商会の構成員として働いているとのこと。


 一応慈善事業に近くはあるけれど、アグネス商会をより大きくしていくために取っている方策として提案されているらしい。


 それもあって孤児院の設備はかなり綺麗だし、食事もきちんととらせているようで、そこら辺に居る子供たちと遜色ない見た目をしている。


「何して遊ぶ?」


「じゃあ、かくれんぼ!」


「鬼ごっこが良い!」


「ドッチボール!」


 僕が子供たちに聞くと、各々思い思いの遊びを言った。


「時間はあるらしいし、一つ一つ順番にやっていこうか!」


「「「やったー!」」」


 ジョニー君と院長の話が終わるまでの1,2時間の間、僕たちは全力で遊んだ。


 皆元気はつらつとしていて、非常に楽しそうにしていた。


 しばらく遊んだ後、二人が戻ってきたのでここで終了ということになった。


「ごめんね、今日はここまでなんだ」


「えー」


「もっと遊びたい」


「次もまた来るから、その時に遊ぼっか」


「「はーい」」


 聞き分けの良い子供たちだなあ。流石アグネス商会の教育をしっかりと受けているだけのことはある。そう感じた。


「相手してくれてありがとうな」


「非常に助かります。あの子たちの体力が無尽蔵なので、我々では持たなかったので……」


 どうやら、体力バカとして呼ばれたらしかった。


「領地が田舎ですからね。この位は余裕ですよ」


「流石俺が見込んだだけのことはある」


「んで、そっちは無事に終わったの?」


「ええ。無事に終わりました」


「ってことで帰るか、ペトロ」


「そうだな」


 僕達は、院長と子供たちに挨拶をした後、帰路に着く。

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