第32話

 それから丁度一週間。現代史の授業が始まる日だ。


 とはいっても天使教についてではなく、今回は書籍の歴史についての授業だった。


 最近流行している本を紹介しつつ、過去どのような種類の書籍が人気だったのか、そしてどのタイミングで大衆にも読めるように変化していったのか等様々な観点から書籍についての話をして貰った。


 天使教のインパクトには勝てないかなって思っていたけれど、最近流行っている本の紹介でルーシーさんの本が出てきたので吹き出しそうになった。間違いなく僕にとってはインパクトが強いです。


 そんな話はさておき、少々気になることがあった。


「参加者少なくない?」


「言われてみればそうか?」


 いくら天使教が嫌いだからといって、ここまで人が減るものだろうか。


 何なら法学部出身だと思われる生徒の方が少なくなっているようだし。


「とはいっても誤差レベルだけどね」


 かなり注意深く見ないと分からないレベルだけど、明確に減っている。


「どうして気付いたんだ?」


「前回の授業で天使教の授業を明らかに嫌がってる人がそこそこいたじゃん」


「そうだな」


「そこら辺の人が結構抜け落ちているんだ」


 全員の顔は把握できなくとも、印象に残った方々位は覚えている。


「ただ2週目だしな。別の授業に変更したのかもしれないし、一旦様子見ようぜ」


「そうだね」


 脱落者が多いなんて大学では日常茶飯事だし、来週を見て判断することにした。



 そして次の週の授業は音楽。最近流行している曲を紹介し、その流行の要因についてを社会情勢に基づいて考察するといった授業だった。大学生には音楽が好きな方々が多いので高い出席率を予測していたのだけれど、


「やたら減ってんな」


 今度はジョニー君が気付くレベルで減っていた。


 大体2割くらい減っているだろうか。講義室はかなり隙間が目立つようになっていた。


「流石におかしいよね……」


 例え天使から忌み嫌われている天使教の授業を最初に持ってきていたとはいえ、元々現代史は学年問わず大人気の授業だ。


 講義室が完全に埋まるとはいかなくても、9割くらいは居てもおかしくない。


 先週は法学部の生徒がごっそり抜け落ちていたが、今回は僕たちと同じ学部の生徒も数人居なくなっていた。


 その後経営学部の授業を受けたけど、その授業に居なかった生徒は誰一人他の講義で見かけることは無かった。


 教室でジョニー君と話していると、その人たちの友人が、


「今日はアイツ来てないの?」


「そうっぽい。なんかあったんかな」


「まあ風邪じゃねえの?」


 みたいな会話をしているシーンをちょくちょく見かけた。そこまで風邪ってはやる者だろうか?


「話してみるか」


 流石に怪しいと思ったのでダンデさんに相談してみることにした。


「なるほどな。別に大学だからサボりが増えただけじゃねえのか?全部の授業に参加しなくても単位は取れるわけだし」


 ダンデさんは思った通りの反応だった。実際、何回も行われる講義の一つや二つ休んだところでちゃんと勉強すれば遅れることは無いと思う。


 なんなら法学部は授業に一切出ずに一人で勉強し続け、テストの日だけ出席するなんて猛者も居る位だし。


「だからこうやって直接相談しているんだよ。堕天使絡みじゃなきゃあの男は動かないだろうしな」


「はは、それはそうだ。基本的にアイツは怠けものだからな」


「何もないただの休みだったら良いんですけどね」


「何かの伝染病が流行る前兆かもしれないし、調べてみよう」


 ダンデさんは僕たちの依頼を受けてくれるようだった。




「アイツまだ来てねえのか?」


「そうだね。多分風邪だとは思うけど」


「そうか、ありがとう」


「エドワード君って風邪?」


「俺は分からない。家も分からないからお見舞いにも行けないし、こっちとしても知りたいわ」


「そうなんだ。何も無ければ良いけど……」


「なんかわかったら教えてくれ。まあただの風邪だとは思うけどな」


「うん。ありがとう」


 ダンデさんだけに任せてはいけないということで、僕たちが出来る範囲で生徒に聞いてみることにした。


 流石に名前も分からない人の風邪事情を聞くのも問題なので知り合い限定ではあるのだけど。


「こりゃあ本当に怪しいかもな……」


 昼休み、学食を食べながらジョニー君がそう呟いた。


「かもね…… 休んだ人の9割が消息不明ってのはね」


 身分を極力隠すという大学のシステムが悪影響している所もあるのだろうけれど、にしても皆知らなすぎな気がする。


「伝染病どころじゃなくて事件性のある何かかもしれないな」


 流石に休みの人が増えだしてから2週間が経っていて一切病気に関する話題が出ていない以上、何か事件が起こっているという可能性は否定しきれなかった。


「一応巻き込まれないように注意して行動しないとね」


「そうだな」


 もし本当に事件性があった場合を考えて、安全な道を選んで行動する位は考えておいた方が良いだろう。


 そして翌週、現代史の授業で人がさらに減っていたのを確認してからダンデさんの所へ向かった。


「でどうだった?」


 カウンターでオムライスを頼んだジョニー君は、早速成果を聞いた。


「そうだな。二人が受けている現代史の授業に出ていた生徒が学校に来なくなっている件だが、紛れもない失踪だな」


「そう、ですか」


 何となく予想はしていたけれど、実際に突き付けられると精神的に来るものがある。


「んで、主な対象者は恐らく天使教を嫌っている奴らだな」


「やっぱりか」


 ジョニー君は納得したように頷く。僕としても、天使教を分かりやすく嫌悪していた生徒が軒並み消えているのは分かっていたし、そうだろうなって感想だ。


「ただ、全員が天使教を嫌っていた奴ってわけじゃないからお前らも気を付けておけよ」


「はい」


「分かった」


「どこに行ったのかは分かりますか?」


 一応聞いてみる。


「それは分かんねえ。ただろくでもない結果になっている可能性が一番高いとは思うぞ」


 ろくでもない結果。酒場だから言葉を選んでくれたのだろう。


 つまるところ失踪者はほぼほぼ死んでいるらしい。


「じゃあ警察を……」


「それは既に済ませておいた。一切の痕跡が残っていないらしいから見つけるのは困難だろうがな」


 誰が一体何のために……


「なあダンデ、貧民街で人が居なくなっている話と関連はあるか?」


 唐突にジョニー君がそんな話題を切り出した。貧民街でも似たようなことが……?


「ああ、その話か。誰から聞いたんだ?」


「アリエルだよ。貧民街の奴らが失踪すること自体は別に珍しいことじゃねえんだが、最近明らかに量が多くなっているらしい」


 貧民街、この街に来た初日に訪れたあの場所か。そこに住んでいる人たちが居なくなっている?


「あの嬢ちゃんか。情報が早いな」


「まあウチの商会のブレーンだからな。話聞いてて思ったんだが、同一犯な可能性は無いか?」


「そっちの方は詳しく調べたわけじゃないから分からんな。ただ、一考の余地はあると思う。が、そこの二つを狙うメリットってなんだ?」


「確かにそうだな…… 正直共通点が見つからねえ」


 何かの目的に沿って狙っているとしても、片方に狙いを絞る方が自然ではある。


 わざわざリスクを冒してまで二か所を同時に進めるのは変だ。


「一応貧民街なら奴隷として売り出すことが出来るとか考えられるが、学生なら身元が一瞬でバレるだろうし奴隷にするのは難しいだろうな」


 とダンデさんは話す。


 奴隷、か。本来ならば今は強く禁止されている制度だけど、一部の富裕層が隠れて所持しているという話はよく聞く。


 見つかった場合の言い訳がつけるため、身元が無い方を使うことが主流となっている。もし見つかったとしても、使用人として雇っていますといくらでも嘘がつけるからだ。


 けれど、身元がはっきりしている方であればこの人、○○さんですよね?と言われた際に使用人だからと言い訳をするのは難しい。


 それに今回ターゲットにされているのは学生だ。身元がはっきりしている上に、ウチの大学に入るにはかなりの学力を求められる都合上教育をしっかり与えられる裕福な家庭が多い。そのため、故郷から遠く離れた縁の無い貴族の使用人になるという選択肢自体あり得ないものなのだ。


 見つかった時点で即逮捕。身分等諸々全てを没収されたうえで最悪処刑だろう。


「でも同時期に似たような事件が発生するってのは気になるんだよな」


「そうだなあ……」


 結局何も分からず、そのまま家に帰ることに。


「ってことがありまして」


 流石に命に関わりかねないことなのでルーシーさんにも話してみることに。

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