第31話

「じゃあ帰ろうか」


「そうだな」


 こうして僕たちは街から離れ、ノウドルへと戻った。


「ってことがあったんだ」


「マジか。国外にまで手が伸びてたんだな」


 ルーシーさんは国外にいる大天使に大層驚いているようだった。


「まあ国外に手を伸ばしたってより手を伸ばした相手が偶然国外出身だったって話だけどね」


「そうだけどな」


「ってわけで、僕はもう一回堕天使探しを外で始めようと思うんだ」


「そうか。元気にしてな」


「うん」


 レヴィさんはそのまま家を出てどこかへ去った。





 レヴィさんが出て行ってから数日、特に堕天使が現れることもなく平和な日々を過ごしていた。


「学校に集中できるのはめちゃくちゃ助かるな」


「そうだね」


 大天使の動きが突然止まったのは少し気になるところだけど、そもそも大天使は少ないらしいからそんなものだろう。


「平和で非常に助かるわ。それはそれとして、結構受講者多いんだな」


 数分後に講義が始まろうとしている大講義室は大量の生徒で埋め尽くされていた。


「法学部が多いんじゃない?」


「そういうことか。アイツらめちゃくちゃ大変らしいしな」


 この授業は僕たちが在籍する経営学部だけでなく、法学部と一緒に受けるタイプの授業だった。


「司法試験は流石に大変だからね~」


 別に卒業をするだけであれば僕らの学部と難易度は殆ど変わらないんだけど、法学部の生徒は大半が司法試験を受けることになっている。


 その試験が頭おかしいレベルで難しく、一部の法学部生は学校が終わった後も寝る時間までぶっ続けで勉強しているなんて話も聞く。


 そんなレベルだから、法学部の生徒は司法試験の範囲に当たる授業をしっかりと受講した後は出来る限り楽な単位を取ることで勉強時間の削減を図っているらしい。


 ということで今回の授業がその代表例である。


 その授業とは『現代史』。Ⅰ~Ⅷまであり、一学期に一つだけ取れる仕組みとなっている。


 内容は年によってバラバラで、現代もなお活発に動いている団体や文化等から無作為に何個か選ばれる。


 所謂社会を知ろうといった類の授業である。


 学校側が言うには、経営をするにも司法に進むにも社会の流行り廃りについては敏感でないといけないから、こういった機会を通して学んで欲しいとのこと。


 実態は大変な授業のオアシスと認定され、生徒の脳にはほとんど残らないものと化しているのだけれど。


 それから間もなくしてチャイムが鳴り、教授とTAが講義室内に入ってきた。


『初めまして。私は大学で天使教、もとい天使についての研究をしているカールと申します。本日はよろしくお願いします』


 教授が軽くお辞儀をすると、パラパラと拍手が鳴った。


『それでは天使教について軽く説明させていただきますね。天使教は今から大体700年程前、アレクサンダー・フォン・ベルケルという方によって作られたものです』


 と教授が話しているタイミングで周囲を見てみると、大半がある程度真面目に聞いているのだが、何人かは頭を突っ伏して寝ており、また何人かは耳栓を付けて勉強や読書に勤しんでいた。


 天使教は天使からは忌み嫌われているって本当なんだなって改めて実感した瞬間だった。


『天使は私たち人間の中に混じって生活しているとのことらしいです。もしそれが本当なのであれば、もしかしたらこの中にも天使が居るのかもしれませんね』


『天使教はそんな天使の方々を祭り上げ、畏敬の対象として崇拝することを目的としています』


『とは言っても天使教は天使の存在を確認することは出来ていないようですが』


『そんな天使教は何をやっているのかと言いますと——』


 天使教はどうやら慈善事業に励んでいるとの事。天使がしようとしていたことを自分たち人間も見習おうという精神らしい。


 それからは軽く天使教の近況説明と歴史の説明だった。


 とはいっても大体は知っているので特に思うことは無かった。


 天使を見つけた場合に強制的に教会に連行し、象徴として働かせるという点を除けばただの良い人たちなんだよな。


『というのが一般的な天使教に対する認識と事実でしょうか。ここまでなら知っている人も多いのではないでしょうか』


『ここからは私の研究についてです。そんな天使教が崇める天使というものが実在しているのか』


『タイムマシンを持っていないので断言は出来ないのですが、私は居ると思っています』


 ここで教授が取り出したのは古ぼけた紙と二種類の剣の写真。


『紙の方は天使教設立当初の記録です。そこには天使が山を切り開き、川の流れを変え、人々に豊穣な土地をもたらしたと書いてあります』


『確かにその場所は切り開かれており、現代でも街として運営されているのは事実です。ただし現実味は薄い。神話のような、昔の人が天使教を作る際に生まれた偽物の偉業だと考える方が無難です。実際そう考えられてきました』


 実際天使と言っても僕たちと違いは無かったしね。大天使になった際は極端に強くなるけど今のエリーゼとかはただの頭のいい女の子だし。


『そこでこの二つの剣が議題に上がってきます。これは天使教が生まれた年の前後位に作られた剣で、当時国を治めていた王の棺に添えられていた物です』


『左の写真は天使が舞い降りたとされる直前の王の墓に、右の写真はその次の代の王の墓に添えられていました』


『一見同じように見えるでしょうが、この二つは大きく異なります』


『それは剣の硬度です。右側の剣は左側の剣に比べて圧倒的に硬度が高いのです』


『剣の素材である鉄は焼き入れという工程を行うことで強度を上げるのですが、焼きというだけあって温度が重要です。より高温であればあるほど、効果は高いとされています』


『王に添えられる剣が粗末なものであることはあり得ない為、その時代の粋を集結させて作られたものであるはず。それなのにこの差が生じているということは、異常なレベルの技術革新が起こったという証拠です』


『他国から技術を持ってきたのではないか、と考えるかもしれませんがそれはありません。同時代に同じような技術を持った文明は存在しなかったので』


『そんな技術を突然実現できるように変えてしまった存在が居る。これが天使の正体ではないか。そう考えます』


『これ以上話すと時間をオーバーしてしまいますね。もっと聞きたい方は研究室まで来ていただければお話しますよ。それではありがとうございました』


 その言葉をもって授業は終了した。


 講義室から教授が出てきた後、生徒たちがざわざわしだした。


 理由は先程の話だ。


 勿論天使教についてではなく、天使の実在について。


 これまでただの御伽噺の存在だと思っていた天使が現実に居るかもしれないとなればそりゃあ盛り上がるに決まっていた。


「出るか」


「そうだね」


 ただ、天使の実在自体は最初から知っていた僕たちはざわつくことはなく、そのまま教室を出る。


「あいつら技術もってやってきたんだな」


「らしいね」


 とはいっても気になる事は一つあった。天使教前後で技術革新が起こったという話だ。


「まあお互いに天使かどうかを判別できるって時点で変な話だからそれくらいはおかしな話では無いけどな」


「確かに。それに怪物化したりとか大天使になってめちゃくちゃ強くなったりするしね。正直今更って話だよ」


 そんな存在が突然この世に出現して人々に先の技術を伝えたって言われても違和感は無い。


「それならもっと先の技術を伝えてくれよ。タイムマシンとか全ての病気を治す医療技術とかさ」


 とジョニー君は愚痴る。確かに先の技術って言うならもっと先の技術を伝えて欲しかった。


「確かに。まあ天使が居なかったらもっと文明的には遅かったかもしれないし感謝はしておかないとね」


「もしあの話が全て事実だったらな」


 そんな話をしつつ次の授業に向かった。

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