第30話

「ここかな?」


 レヴィさんは屋根の上からおもむろに拳を振り下ろす。すると音も無く屋根は崩れ、2階の部屋が見える程度の穴が開いた。


 そのままレヴィさんはその穴を覗く。


「居ないみたいだ。じゃあ次」


 という感じで次々に屋根に風穴を開けていくレヴィさん。


「何か居るね」


 そう判断したレヴィさんは大きく穴を開け、下に降りた。


 僕たちは落ちたら登れないので、上から見ていた。


「リアさん!」


 そこにはリアさんと、仮面をつけた男の姿が。


「わざわざ助けに来てくれたのね。ありがとう」


「あなたが本当のアズライールかな?リアさんを返してもらおうか」


「あなた方に渡すわけにはいきませんね」


 とだけ言い、男は戦闘態勢に移る。


 レヴィさんはそれに応じ、戦闘を始める。


 レヴィさんは足を、男は腕を主体にして戦う。


 先程の偽アズライールと違い、戦闘能力は非常に高く劣勢ながらもまともな戦いを繰り広げていた。


「リアさん、今のうちに!」


 僕はリアさんを戦場から引き離すために手を伸ばす。


 しかしそれは何者かによって遮られた。


「残念。手を出させはしないわ」


 現れたのは男と同じ仮面を被った女性。僕とリアさんの間に現れ、手を弾かれた。


 それによってバランスを失った僕は、2階へと叩き落された。


 けれど、目の前に居るのは普通の女性だ。僕でもどうにかなるかも?


 そう思い立ち向かったが、拳一発で吹き飛ばされた。


「その程度で勝てるわけが無いでしょ」


「全く見えなかった……」


 目の前の女性が放った拳は、明らかに人や天使が出来る類のものではなかった。


「なんで?」


 今レヴィさんと戦っているのが大天使のはず。しかし、目の前の彼女もそれと同等の力を持っている。明らかに普通ではない。


「ペトロ君!」


 異変に気付いたレヴィさんが戦っていた男性を吹き飛ばし、僕を庇うように前に立つ。


「仮面に何かあるのかな、これは」


 そう判断したレヴィさんは正確に仮面を蹴り上げ、弾き飛ばした。


 顔が露になったが、別に何が変わるということもなく攻撃を続ける。


「レヴィ!本体はそっちじゃねえ!リアの方だ!」


 それを上から見ていたジョニー君が叫ぶ。


「何を言っているんだよ、ジョニー君」


 リアさんはこうやって攫われて、身の危険にさらされているんだ。


 今も目の前で恐怖に怯えて…… 


「素晴らしい洞察力ね。ジョニーさん」


 今までのリアさんとは違う、妖艶な笑みを見せる。その姿に何とも言えぬ恐怖を感じる。


「戻ってきなさい」


 レヴィさんと戦っていた男女は、リアさんの前に立ち塞がる。


「にしても、まさか屋敷に残る選択をするのは想定外だったわ。相当お人好しなのね」


 リアさんは今までと完全に雰囲気が異なっていた。


 助けを求めるただの町娘から、生まれ持ったその美貌で人を操り、手駒に取る悪女へと変貌を遂げていた。


 本能が目の前にいる生物に従い、尻尾を振れという指示を出している。


「あら、お二人は耐えるのね。思っているよりも心が強いみたい。でも、」


「こちらはそういうわけにはいかないみたいね」


 ジョニー君が屋根の上から落下し、2階のこの部屋に落ちてきた。ダメージは無いようだが、そこから動く気配を見せない。


「リアさん、あなたは一体?」


 僕は咄嗟にジョニー君を保護しつつそう聞くと、リアさんはくすくすと笑い、


「察しが悪いのね。私こそが本物の大天使アズライールよ」


「いや、でも…… 人って」


 リアさんは全ての相手に人という呼称を使っていた。


 人間の中に天使が居るということを知っている者は共通して人という表現を避けたがる。そもそも人じゃないからだ。


 僕もその中の一人で、人間だと確定していない方や、天使だと分かっている方に人という呼び方はしない。


「ああ、そんなこと。別に人か人じゃないかなんてどうでも良いじゃない。天使は人として生きているし、人と構造上の違いは存在しないのだから。それに、」


「そうやって君のような人が勘違いしてくれると思ってね。ペトロ君」


 まあ、そのせいで私はこうやって窮地に立たされているんだけどね、と笑うアズライール。


「あなたは、何のためにこんなことを?」


「何の為に、ね。別に何も無いかな。こうなったら私が面白いかなって。強いて言うなら復讐?」


 アズライールは突然味方であるはずの男女を横に倒し、一切の躊躇なく二人の顔面の上に両足を乗せて立つ。


「なっ!」


 僕はそんな光景に不快感を覚える。それを見て愉快に思ったのか、アズライールは顔面の上でジャンプを始める。


 普通なら逃げるか防御の体勢でも取りそうなものだが、両者共にそういった行動を見せず、甘んじて受け入れている。


「この二人は私の忠実な奴隷だからね。何をしたところで文句は言わないのさ。たとえそれが死ぬことに繋がったとしてもね」


「なんて酷いことを……」


 恐らく洗脳か何かで操っているのだろうが、味方に対しての仕打ちが余りにも酷すぎる。


「酷いって、この二人の方が酷いのよ?私という恋人が居るのを分かっていて浮気をしたのだから」


「浮気?」


 そう言っているが、そもそも付き合うにしてはあまりにも年齢差が大きすぎる。目の前で足蹴にされている男はどう見ても30を軽く超えている。


「ええ。7,8年ほど前の事かしら。私は仕事の関係でしばらくこの街を離れ、隣の国であるアルグネに住んでいたわ」


「その時点で彼とは付き合っていたわ。だから熱心に私は手紙を送っていたの。あなたはどうしているのでしょう?また会いたいわなんて」


「常に彼の事を思いながら仕事をしていたのだけれど、ついに願いが叶って帰ってくることになったわ。嬉しくなった私は驚かしてあげようと思って直前まで内緒にしていたの。そしたらこの男、別の女と付き合っていやがったのよ」


「手紙ではいい顔をしておいて、何て仕打ちなのかしら。だから私はこの街を支配したのよ」


「浮気をされたからといって、ここまでは……」


 と思ったが、途中でやめた。


 もし僕が同じ状況になったとして、同じ行動を取るかもしれない。


「まあ気にしていないわ。そのお陰で罪悪感が無くこんな楽しい日々が過ごせるのだもの」


「それはそれとして、帰って下さると助かるのだけれど」


「それは出来ない相談だね」


 レヴィさんは提案に乗るわけもない。それを聞いたアズライールは深くため息をつく。


「この二人にすら苦戦していたのに、私に勝てると思っているの?」


「恐らく」


「大した自信ね。でも、私はあなた達に危害を与える気は無いのよ」


「この二人を攫っておいて何を言う」


「まあ信じてもらえるわけ無いわよね。でも、本当なのよ」


「流石に信じられないよ」


 そもそも本性を偽ってこの場所までおびき寄せた張本人だ。今更信じろと言われても信じるわけが無い。


「なら、仕方ないわね」


 その言葉と共に、大量の人間が部屋になだれ込んできた。


「じゃあ、頑張って頂戴」


 アズライールはその場を去るため、男女を放置したまま屋根に空いた穴から脱出を試みた。


「逃がさないよ」


 が、あっさりとレヴィさんに足を掴まれ、引き留められる。


「離しなさい!」


 アズライールは掴まれた足を引き剝がそうとするが、思うようにいかないらしい。


 なだれ込んできた人間達は、アズライールを掴んでいるレヴィを救わんと一斉に襲い掛かろうとするが、そのアズライールを振り回そうとする素振りを見せたことで、完全に動きを止めた。


 どうやらアズライールに危害を与えるかもしれない行動が出来ないようだ。


 それでエラーを起こしたのか分からないが、こちらに標的を変えることもせず完全に動きを止めていた。


「じゃあ倒されてもらおうか」


 そのままレヴィさんはアズライールをボコボコにして、気絶させた。


 そして元に戻す作業に移行する。


 一度大天使として復活しかけたが一瞬で気絶させ、作業を続ける。


「ん……」


 どうやら元に戻ったらしい。


「俺たちはここで何をしていたんだ?」


「そもそもここどこだよ」


「とりあえず帰ろうぜ」


 アズライールの影響下にあった人々も我に返ったらしく、部屋を出てどこかへ帰っていった。


「大丈夫かな、リアさん」


 僕が優しく問いかけると、


「私はリアでは無い。リアってのはこの女。私はアリスよ」


 先程アリスさんが足蹴にしていた女を指差す。


「何故この二人は元に戻っていないんだ?」


 能力の影響も解け、立ち直ったジョニー君がアリスさんに質問をする。


 大天使の能力は完全に解け、洗脳は無くなったはず。それなのに二人は命令に従ったまま、仰向けに寝転がっている。


「だって完全に壊してしまったもの。能力で操っていたのは事実だけれど、その能力が何かしらの影響で解かれても元に戻ることが無いように」


「何でそんなことを……」


「それだけ恨んでいたのよ。分かって頂戴。それじゃ」


 アリスさんはそれだけを伝えて去ろうとする。


「いや、そういうわけにはいかないよ?」


「何をする気よ?」


「堕天使の居場所、教えてもらおうか」


「何でそんなこと……」


「警察に連れていくぞ」


「仕方ないわね」


 僕たちはアリスさんの案内の元、アリスさんによって堕天させられた方々を全て元に戻した。

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