第36話
翌日、貧民街の希望者数人をダンデさんに会わせた。全員ダンデさんから大丈夫だと許可が出たので実際に働き始めてもらうことになった。
「オムライスと焼きそばですね」
「チャーハン一皿!」
「おー働いてんなあ」
後日、時間があったので2人でダンデさんの酒場を訪れると、貧民街の子供たちは立派に働いていた。
「ご注文はいかがですかってあんたらか」
注文を取りに来た子が僕たちに気付いたようで、客と接する丁寧な話し方ではなく、先日と同じような普通の口調に戻った。
「ここのご飯は美味しいからね」
「確かにそうだな。たった一人で経営していた店とは思えねえ出来だよ」
どうやらこの子達もダンデさんの味を知ってしまったらしい。
「生活は大丈夫?」
気になっていたので念のために聞いておくことに。
「大丈夫どころか完璧だよ。飯は満足に食えるし、自由に使う金も出来た。これであのおっさんたちに迷惑かけないで済むよ」
「それなら良かった」
ダンデさんの所だから大丈夫だとは思っていたけれど、ちゃんと面と向かって良かったといわれると安心する。
「それだけじゃなくて、ここで働いているのが貧民街の子供達だって知ったレストラン経営者が続々と仕事を持ちかけてきてな。今では子供全員が食い扶持を見つけられたんだ。本当に感謝している」
少年は嬉しそうに笑う。この店を助けるためとはいえ、結果的にあの子達全員を笑顔に出来たのは思いがけない収穫だった。
「ここで働いていない奴らが働けているのはお前らが頑張っているからだよ」
と褒めるジョニー君。自分のお陰と言われたことの照れ隠しだろうか。
「ははっ、そう言われると嬉しいぜ。で、注文は?」
「じゃあパエリアで」
「俺も」
「パエリア二つな。分かった」
少年はダンデさんに注文を伝えるため、厨房に向かった。
「色々解決できてよかったね」
「そうだな。まあこのブームが終わったらどうなるか分からないけどな」
店の外にある長い行列を見てジョニー君は言った。
「大丈夫でしょ。これだけ美味いんだから」
たとえブームが過ぎ去ったとしても、好きだからと通い詰める客は絶対に居る。
少なくともあの子たちを養うことが出来る位には。
「おい、食い逃げだ!!!!!」
と前向きな話題をしている最中に後ろ向きな事件が発生した。
気付いたのは貧民街に居たリーダー格の少年。全力で捕まえようと追いかけるが、まだ育ち切っていない体では無理そうに見えた。
「僕が行ってくる」
僕はジョニー君にそう伝え、急いで店を出た。
「あの人かな」
犯人を見つけた僕は、全力疾走で犯人の元へ走る。
一度でも見失ったら終わり。だから走りつつも相手の行動をしっかりと凝視する。
「間に合った!」
僕は犯人のズボンのベルトを掴み、全力で引っ張り、地面に押し倒した。
出遅れたため距離がかなり離れてしまっていたが、どうにか間に合った。
犯人は逃げようともがいていたが、逃げる中で体力を消耗しきっていたらしくその力は非常に弱弱しいものだった。
「とりあえず店に来てもらいましょうか」
僕が処罰を決めるわけにはいかないのでダンデさんの元へ連れていくことにした。
「なんでこんなことをしたんだ」
店がある程度落ち着いてから、ダンデさんは犯人と話すことになった。今日はジョニー君だけ文化館へ行ってもらい、僕は付き添いとして店に残ることに。
その間手伝いをしようと思ったけれど、子供たちに止められた。
自分たちの仕事だから自分たちだけでやるって。
偉い子たちだ。
「金が……無かったんだ……」
と切実そうな表情で話す犯人。
「じゃあ何でこんなに立派なアクセサリーを着けているんだ?」
ダンデさんは男の身に着けているコートを剥がしてそう言った。確かに高級な装飾品がじゃらじゃらと付いている。何なら服も高級なものだった。
金に困っているという割には、生活に余裕がある身なりをしている。
「私は貴族だ。これを捨ててしまうと生きていくことが出来ない」
そんな彼は自身を貴族だと言っている。
「なあペトロ、本当か?」
「ちょっと見ますね」
僕は男が身に着けている者を一つ一つチェックした。するとペンダントの裏に家紋らしきものが描かれていた。
「そうですね。これが盗品ではない限り、貴族である可能性が高いです」
「じゃあ金持ちじゃねえか。どうしてそうなった」
「ただの馬鹿だと鼻で笑われてしまうかもしれないが、我慢が出来なかったんだ……食べても食べても欲求が止まらない。だけど不味い飯を食って腹を満たすことは何故か出来なかった。口が受け入れられなかったんだ。だから高い飯を食うしかない。貴族は確かに金をたくさん持っている。だがな、毎日毎日超高級料理を食べていられるほど余裕があるわけがないんだ。そして遂に俺は自由に使える金をすべて失った。なら物を売って金にするのが常道だろう。けど、それは出来ない。そこまですると貴族であることすら出来なくなり、今後の収入が完全に途絶えてしまう。だから俺は考えた。客が多い飯屋なら食い逃げをしたところでバレないだろうと。だがこのざまだ」
罪悪感なのか、それとも自暴自棄になったからなのか、心持ちの全てを正直に話した。
「ねえダンデさん」
そんな悲痛な叫びの内容にはどこか聞き覚えがあった。
「ああ。間違いねえ」
この男がこうなってしまったのは確実に堕天してしまったからだ。
でなければ破滅するまで高いご飯を食べ続けるなんて暴挙に出るはずが無い。
「今回は分かった。罪に問うことは無い。だが、着いてきて欲しい所がある」
彼には罪の意識があり、そしてそれが自身ではどうしようもない事を無いことを知っているダンデさんは全てを許すことにした。
「本当に良いのか?」
「ああ、着いてきてくれるならな」
「恩に着るよ……」
そうしてルーシーさんの元へ彼を連れて行った。
「これで終わりだ。どうだ、まだ食べたいか?」
「すげえ。そんな気持ちが完全に消えた」
「ならもう大丈夫だ。気をつけて帰れよ」
「ああ、恩に着るよ。金は後できちんと返す事を約束する。それまでこれを預かっていてくれ」
そう言って男はダンデさんにペンダントを渡し、家を出て行った。
「じゃあ俺は戻るから説明頼む」
「分かりました」
まだまだ店の仕事があるダンデさんは急いで出て行った。
僕はあの人の事情についてを話した。
「なるほどな。美食なあ」
「あの方の話を聞いて思ったんですけど、大天使が関わっている気がしませんか?」
僕はあの自供を聞いてから、そんな確信を持っていた。
「というと?」
「あの人の欲望は美食だったじゃないですか」
「そうだな」
「で、今はダンデさんのお店が大繁盛しているように美食ブームがやってきていて、色んなお店で大行列が起きています」
「そうなのか。あいつの店だけじゃないんだな」
「それが単なる偶然には思えないんです。美食を一番強い欲望に持つ大天使がより美味しい店を作るためにブームを生み出し、同じく美食を欲望に持つ天使を堕天させることでそれを確固たる事実に持って行った気がするんです」
堕天使の食に対する熱い思いが他の方々に影響を与えた結果爆発的な流行を迎えたのではないか、そう推測している。
今回の流行はあまりにも異常すぎるのだ。
「確かにその線はありそうだな。ちょっと調べてみるか」
そう言ってルーシーさんはそのまま家を出て行こうとした。
「どこに行くんですか?」
「俺の本を売っている出版社。来るか?」
「行きます」
僕は即答した。
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