第5話

「そうですね。頑張ります」


 もう既に過ぎてしまったものはどうしようもない。ルーシーさんの言う通りだ。


「それよりも明日から大学だろ?」


「あっ、完全に忘れていました……」


 僕は夕食を食べた後、急いで支度をした。


 入学式当日。


 とは言ってもこの大学、ノウドル大学ではよくあるような壮大な式は行われない。大学の規模自体は大きいのだけれど、専門によって場所が点々としているから全校生徒が一堂に会することのの出来る会場というものが無いのだ。


 当初はそういったものを作ろうという動きもあったようだが、そんなことをするくらいなら研究費や設備に投資しろという声が教授陣から多数集まったらしく、その話が無くなったらしい。


 というわけで簡易的に作られたクラス単位で説明を受けるだけである。


「以上で説明は終わりだ。何か質問はあるか?」


 行われたのは卒業に必要な単位数と必修についての説明。そして自分が使うキャンパスの設備紹介だった。


「無いということで今日は終了だ。各自帰るように」


 という解散の合図によって一日が終わった。


「ペトロ君、明日から一緒に授業受けない?」


 僕もそれに倣って帰ろうと思っていたら、隣に居た男に声を掛けられた。


 たしか、


「ジョニー君だっけ?」


「合ってるよ」


 目の前で笑っている、パーマがかかった金髪で少し不真面目そうな男はジョニーで合っていた。


 一度に40人位の名前を聞いたから覚えているか心配だったけれど、どうにか覚えていたらしい。


「僕は商家の息子でね、経営について学んで来いって言われてきたんだ。君は?」


 着崩してはいるが高給なスーツを着ていたのでお金を持っている家の息子だろうとは思っていたけれど、予想通りだった。


「最初に言っちゃっていいの?」


「別に良いんじゃない?仲良くするんだったらいずれバレるんだし」


 この大学はアルグネ全土の優秀な人材を集めて将来国の発展に貢献してもらうという名目で運営されている。


 そのため身分に関係なく学ぶ気概のある優秀な人材を集めている。だから平民と貴族が一緒の場で学ぶことになってしまう。


 近年は差別意識のようなものは薄れてきているが、大学としては身分の違いで交流の機会を減らしては勿体ないということで、名字を公表してはいけないという決まりがある。


 身なりで大体分かると言いたいところではあるが、貧乏に見せる貴族や、逆に貴族のフリをする平民も居るのである程度目的は達成できている。


 そんなルールを目の前にいる人はあっさり破っている。


「それもそっか」


 仲良くなると過去の話をすることもあるだろうし、そんなものだろう。


「それに、バラすとかバレるとかじゃなくて差別することが問題なんだから。誰が何であれ平等に接してあげれば良いんだよ」


 ルールは破っているけれど、自分なりの芯が通っていて好印象に思えた。真面目な人からは嫌われそうだけど。


「まあでも今は言わないでおきたいかな」


 わざわざ貴族なんて名乗りたいわけでは無いし。


「もしかして他の国からの移民だったりして」


「かもね」


「まあ君が貴族だから仲良くしたかったとかでも無いし、別に良いけど」


 商家の息子なら大学にいるうちに貴族とのコネクションを増やしておきたいと考えるような気もするが、そうではないらしい。


「少し意外そうな顔をしているね」


「それはまあ。貴族は大口の顧客だから」


「確かにそれは間違いないし、大抵はそうだよ。でも、その分貴族は少ないから。今後の発展でこの国全体が豊かになっていくことを考えたら、人が多い平民の方も重要になってくるから、どちらとも仲良くすべきだと思うんだ」


「確かに貴族は1000人に1人位だしね」


 コスパは悪いけれど、金持ち1人から儲けを得るよりも900人から儲けを得た方が将来的には良いかもしれない。その中で金持ちも来てくれるかもしれないし。


「そういうこと。自己紹介も済んだし、今日はこのくらいにしようか」


「そうだね」


「じゃあまた!」


 僕達は別れを告げ、それぞれ自宅へと帰っていった。


「ただいま帰りました」


「おう、お疲れさん」


「おかえりなさい」


 他に用事は一切無かったのでそのまま帰宅すると、二人が共用のリビングに居た。別に自分の部屋にもキッチンもリビングもあるのに、仲が良いらしい。


 ランセットさんはキッチンで料理をしている。


「んで、何でこうなっているんですかね、ルーシーさん」


 微笑ましく思いながらも、目の前にある逃げてはいけない現実に取り組むことにした。


「俺がどうかしたか?」


「どう見てもお酒飲んでますよね。昼間から酒飲まないって嘘だったんですか」


「俺は昼間から酒場に入り浸る男じゃねえって言っただけだ」


 正直酒場にいるより酒を昼から飲んでいる方がダメ人間だと思う。


「それに本の内容は頭に入っていますか?」


 酒を片手に顔を真っ赤にした男が最近発売された推理小説を読んでいた。


「この程度なら余裕だ」


 絶対余裕じゃないでしょ……


「ランセットさんも注意してあげてくださいよ」


 恐らく保護者であろう人に文句を言う。


「私が言った所で止まらないのよね……もう理性がちゃんとあればいいかなって思っているわ」


 どうやら、僕がここに来る以前から一悶着あったらしい。


「それに、今日は俺の仕事は休みだからな」


「それでも問題ですよ。んで、次の仕事はいつなんですか?」


「数か月後」


「じゃあ僕何でここに居るんですか」


 正直数か月に1度ならその時期にこの家に来れば良かったような。


「ん?一緒に天使助けするためじゃねえか。明後日探しに行くぞ」


「それ仕事じゃないんですか?」


 普通にお金とかもらっているものだと思っていた。


「ボランティアみたいなもんだ」


「じゃあお金はどうしているんですか?」


「困った時に湧かす」


 お金が湧く?どういうこと?


「この人、そこそこ有名な小説家なのよ。お金が足りなくなったら部屋に引き籠って書いて出版社に送り付けているわ」


「そういうこった」


「私としては常にお金に余裕を持って欲しいんだけどね。突然書けなくなったからってこの家に泊めてあげるほど親切には出来ないわよ」


「生憎俺は天才なんでな。一生書き続けられる自信しかない」


 この人突然書けなくなって破産しないかな。


「こんな男よりも、ペトロ君今日はどうだった?」


「噂に聞いていた通り、少し変わった所で慣れるまでに時間がかかりそうです。ただ、この国で一番の環境らしいので早く授業を受けてみたいですね」


 今はまだジョニー君としか話していないけれど、他の人と交流するとき、どんな反応になるのかが少し気になる。


 将来の事も考えて普通の平民の子とも話してみたいけれど、上手くいくのだろうか。


「それなら良かったわ」


「頑張っているみたいだな。さて次の酒はっと」


「「それはダメ!!!!」」


 これ以上飲ませると碌なことになりかねないので、必死に止めた。


 翌日、約束通り僕とジョニー君は一緒に授業を受けた。


 ジョニー君は見た目にそぐわず優秀で、授業の内容が最初から頭に入っているみたいだった。初めての授業ということもあり分からないことが結構あったけれど助けてもらった。


「ありがとう。助かったよ」


 授業後、教室の移動中にお礼を言う。


「別に良いよ。減るもんじゃないし」


「それは嬉しいな」


「俺が今度どこかで詰まったら教えてくれよな」


「勿論」


 ちゃんと勉強しなきゃと意気込んで受けた次の授業でもジョニー君の助けを受けることになった。


 流石に申し訳なくなったのと、今後もお世話になることが濃厚だったのもあり、お礼として昼飯を奢ることにした。


 その際、ジョニー君の行きつけの店があるとのことで大学を出て外でご飯を食べることになった。


「あれ何やってんだろ」


「デモかな」


 飯屋の通り道で男達が集団で何かを叫びながら歩いているのを見かけた。


「見に行く?」


 ジョニー君の提案に頷き、二人で様子を見に行くことに。

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