第17話

 翌日、大学にて。


「ペトロの奴中々来ねえな。風邪でも引いたのか?」


 ジョニーはペトロが学校に来ないことを変に思いながらも、大学生が学校を休むこと自体はおかしなことでは無いのでスルーしていた。


「今日は一人?」


「ああ。ペトロの奴が風邪ひいたっぽくてな」


「なるほどな。じゃあ今日の授業一緒に受けるか?班活動あるだろ?」


「助かるわ」


 基本的にはペトロ二人でいるジョニーだが別に友人がいないというわけでは無く、寧ろ交友は広い方だった。


「これの答えは3じゃねえか?後半の部分が明らかに矛盾しているし」


「確かに。ジョニー頭良いな」


「こんなもんだ」


 ジョニーはペトロが居なかったが、何の不都合も無く授業を終わらせ、実家であるアグネス商会に帰ろうとしていた。


「お、ルーシーじゃねえか。こんな所で何しているんだ?」


「本買った帰りだ。新作の推理小説がどんなもんか見てやろうと思ってな」


「流石天才推理小説作家だ」


 ジョニーは偶然ペトロと遭遇した。


「ペトロの奴大丈夫か?風邪ひいたんだろ?」


 丁度良かったと、ルーシーにペトロの様子を聞く。


「は?お前の所に泊まってんじゃねえのか?」


 ジョニーの質問に頓珍漢な回答をするルーシー。


「は?じゃあ家に居ないってのか?」


「そうだよ」


 ルーシーはそう返事した後何か考えこみ、


「もしかして」


 そう言ってルーシーはどこかに向けて走っていった。


「ちょっと待てよ」


 ルーシーの焦った表情に不安を覚えたジョニーは、ルーシーを追っかけることにした。





「そろそろ僕が居なくなったことに気付くかなあ」


 監禁されてから1日が経ち、その日の講義も全て終わっていそうな時間となっていた。


 エリーゼが定期的にやってきてご飯を置いていくので餓死することは無いのだけれど、他の人に心配をかけていることが辛い。


「ねえエリーゼ、いつになったら出してくれるの?」


 今日の夕食を持ってきたエリーゼに質問する。


「勿論これを飲むまでよ」


 つまり、一生出られないというわけだ。


「絶対に飲まないよ」


「私としてはそれでも良いんだけど、私としては困るわね」


 矛盾した発言だけど、堕天使化したことに関係があるのだろうか。


「とりあえず仕事に戻るわね」


 エリーゼは食べ終わっていた昼食を持ち、部屋から出た。


「ここから打てる手は無いかな」


 僕は何か脱出する手段が無いかと部屋を探し回った。


 脱出だけを考えるのなら火でこの家を燃やすというものがあるけど、無関係の人への被害を考えると難しい。


 かといって外に伝える分かりやすい手段も無かった。


「ペトロー!」


「どこにいる!」


 困り果てていると、僕を探し回っているジョニー君とルーシーさんの声が外から聞こえてきた。


「ここです!助けてください!」


 僕は声が聞こえてきた方の窓に全力で叫んだ。エリーゼは恐らくこの場に居ないから問題ない。


「そこか!いくぞジョニー!」


「おう!」


 二人の声がどんどん近くなってくる。


「ここか?」


 壁からコンコンと音がする。ルーシーさんが叩いたのだろう。


「そこです!」


「ビンゴだ!」


 ジョニー君の気合を入れる声と共に壁が破壊されていく。


 ガラガラと壁が音を立てて崩れ去り、その先から二人の顔が見える。


 僕は瓦礫を乗り越え、二人の方へ向かう。


「ありがとうございます」


「後で飯奢れよ?」


「俺も良いワインを頼む」


「分かりました」


 とりあえず一件落着というわけで家に帰ることになった。


 ジョニー君は念のために僕の部屋に泊まらせることにした。


「何でこんなことになってたんだ?」


「話しても大丈夫ですか?」


 天使の事はデリケートなので念のためルーシーさんに許可を取ることにした。


「別に構わんぞ。俺が話すか?」



「いや、僕が話すべきだと思います」


 僕はジョニー君に天使の事、そしてエリーゼが堕天使だということ、その経緯を話した。


「よく分からんけれど、こんなとこで冗談いうわけねえもんな。とりあえず信じるわ」


 意外とあっさり信じてもらえたようだった。


「それを聞いてアリエルはどうするつもりだ?」


「どうもする気はねえかな。ウチの商会を大きくしてくれたのは間違いなくアリエルのお陰だし、堕天使として人に迷惑をかけてるのは本来の意思じゃねえらしいしな」


 ジョニー君はあっさりと結論付けた。


「なら明日、俺たちと共にあの場所に戻るぞ」


 ルーシーさんは最後の決着をあそこにするらしい。


「そんな必要は無いわ」


 その言葉を遮るかのように、エリーゼはそう言った。


「まさかここまでやってくるとは思わなかったぜ」


 ルーシーさんは軽口を叩きながらも、臨戦態勢へと入った。


「大体見ていましたし」


 どうやらあの脱出劇はバレバレだったようだ。当然だけど。


「何度も言うけど、僕は薬を飲まない」


「どうしてもかしら?楽しいわよ」


「おいアリエル。お前はペトロの事が大事なんだろ?」


「勿論。じゃなきゃこんなことはしていないわ」


「ならそれじゃあ駄目だって分かんねえのか?本当にペトロの心を手に入れたいのならアリエルが元に戻るべきだ」


「それは本当?」


「そうだよ。僕はエリーゼに元に戻って欲しいと思っている」


「ってわけだ」


「確かに、そうかもしれないわ。でも元に戻ってしまったら目的が達成できないの」


 エリーゼはどちらを選ぶべきか、困惑している。これは本人の決断だ。自分で、元に戻ることを選んで欲しい。色んな意味で。


「なあアリエル。お前の本当の欲望ってなんなんだ?」


 そんなエリーゼにジョニー君が質問を投げかけた。


「本当の欲望?」


「ああ。堕天使?とかいう奴になって一番強くなった感情は何だったんだ?」


「一番は知識欲。そして二番目はペトロ……でも目的の達成も大切で」


「もう決まってんじゃねえか。ペトロの事が目的より大事なら元に戻れよ」


 ジョニー君はエリーゼに対してそう結論付けた。


「——そうね」


 ジョニー君の説得を受け、元に戻ることを選んだようだ。


「ならこっちに来い」


 エリーゼはルーシーさんに連れられ、部屋へと向かった。


 僕も見届けるために部屋へと向かう。


 部屋に入ると、床が紙で覆われており、全く別の魔法陣が描かれていた。


 そして机の上にはこの間倒された堕天使の遺体がある。


「いくぞ」


 ルーシーさんはいつも通りに処置を行った。


 すると、エリーゼの体内から大量に蠅のような虫が大量に飛び出してきた。それと同時にエリーゼの雰囲気が変わる。


 前言っていた蠅とはこれの事だったのか。これのせいでエリーゼが。


「うわあああ!」


 いつの間にか隣に居たジョニー君はその光景を見て大きく震えあがり、逃げていった。


 どうやら虫が大の苦手らしい。


「え!?」


 そっちに気を取られているうちに蠅が再度エリーゼの体内に入り込む。また元に戻ってしまった。


「失敗ですか!?」


 思わずルーシーさんの方を見る。しかし首を横に振っている所を見るに、大丈夫らしい。


 その後、床にあった紙を片付け、再度処置を始める。


 すると、今度は蠅が出てくることは無かったが、様子を見ると元に戻ったらしい。


「エリーゼ!」


「ペトロ!」


 僕達は固く抱きしめあった。


「これで元に戻ったんだね」


「ええ。今までの抑えきれない程強い感情は消え去ったわ」


「良かった……」


 その後僕達は共有スペースに戻り、今後について話し合うことに。


「私はこれまで通りアグネス商会で働きつつ、堕天使化した方々のケアを行っていく予定です」


 エリーゼはこれまで通り堕天使が暴走しないような場づくりをしてくれるらしい。


「それに加えて、変なことが無いかを定期的に調査してくれるか?」


 ルーシーさんがエリーゼに注文を付けた。


「分かりました」


「アリ…… エリーゼ。自分の家に戻らず、俺たちなんかの手伝いをしていいのか?」


 ジョニー君はエリーゼに対して恐る恐る聞いた。今までの行動が堕天使化したことによる影響だと知ったためだろう。


「アリエルで良いわよ。そうね、私は戻る気は無いわ。元々家を離れてここに来る予定ではあったもの」


「本当に!?」


 そんな話聞いたことが無かった。


「ええ。でも大学に通うという形でだったけれどね」


「そういうことね」


 いたって普通の道筋だった。


「その年齢はとうに過ぎているし、こちらでの生活は満足しているしね」


「でも、エリーゼの両親には伝えないと」


「あの二人は既に知っているわよ」


「は?」


 エリーゼが居なくなった時、間違いなく両親はどこに行ったのか分からないって言っていた。


「何も言わずに出て行ったら領地をあげて大捜索が始まっているわ」


「確かに」


 言われてみればそんな話は関係が良好なこちらの領地では聞いたことが無かった。てっきり内密に調査しているものだと思っていたけれど、普通全力で捜索するよね。


「とりあえず、一件落着ってことだな」


 ルーシーさんがこの場を取りまとめ、一連の騒動は終わりを迎えた。

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