第26話

「ここまでの失態をやらかしかけたんだ。存続しているのは正義に見合わないだろう」


「別に失敗していないから良いじゃないですか」


リチャードソン議員の件は解決しているし、庶民院の方もまた実行に移っていない。


「それに、私が大幅に弱体化してしまったからな。そもそも騎士団長を名乗ること自体が難しいんだ」


いくら剣に優れていたとしても体格というハンデを覆すのは難しいのか。


「そうなんですね……」


弱体化させてしまった僕たちが何か言えるわけもなかった。


「それでは失礼させてもらう」


「ありがとうございました」


僕はその場でカマエルさんを見送った。



それからしばらくの間は、ルーシーさんとレヴィさんがカマエルさんによって堕天使化させた方を元に戻す日々が続いた。


「これで最後か?」


「ああ。私によって変わってしまった天使はこれで最後だ」


カマエルさんの協力もあったので、この工程は一週間ほどで終了した。


これで堕天使関連は完全に終結。




「リチャードソンさん、頑張っていますね」


僕とルーシーさんは、国会を見に来ていた。僕が小説の資料になるからと強引に誘ったのだ。


「相変わらず正義って感じなのは変わらねえんだな」


正真正銘の人間だったリチャードソンさんは、ヘルド騎士団という強力な味方を失っても変わらず正義を掲げて頑張っていた。


ヘルド騎士団と決別したことを表明する前にヘルド騎士団が解散したらしく、市民からの評判が下がらなかったのが幸いだった。


また、ヘルド騎士団の手を借りるはずだった庶民院の立候補者が数人当選したことで、リチャードソンさん自体が支持されていることの証明にもなった。


流石に前ほどではないが、発言がきちんと議題に挙げられる程度には影響力を保っていた。


「低所得の市民に最低限の金銭を支給することで、貧困層の救済を行うべきです。これは単に貧しい人へ施しを与えることが理由ではなく⋯⋯」


ヘルド騎士団と協力していた時のような理不尽な政策ではなく、どの層にも利益がある手法を取るようになっていた。


「あれならもう暴走する事はなさそうだな」


「そうですね」


もし同じようにリチャードソンさんが権力を持ったとしても、この間のような事は起こることはなさそうだ。





「新しい筆の為の素材が欲しい」


それは、文化館に絵画を提供してくれているマルティンさんからの依頼だった。


普通に売っているのでは?と思ったのだが、どうやら素材が特殊でとある場所でしか取れないらしい。


アグネス商会の方に頼んだが仕入れをしていないとのことで、僕たちに直接頼みに来たという話だった。


「別にこれが無くても絵は描けるんじゃねえのか?」


頼まれた素材の仕入れ場所を見て、ジョニー君は難色を示す。


「描けなくは無いんだが、これより上を目指すうえでは絶対に欲しいのだ」


マルティンさんはあの事件の解決後、自身の画力を大幅に上げることで地位を上げていこうと考えるようになったらしく、これまで以上に精力的に活動していた。


「それならしゃーねえな」


そのお陰もあって文化館に大量の絵を納品してもらっている所があるので、ジョニー君はその依頼を受け入れた。



「にしてもどうやって向かうか……」


マルティンさんと別れてから、ジョニー君はそうぼやく。


「国外だもんね……」


ジョニー君がこの依頼に難色を示した理由というのは、この素材を入手できる場所が隣の国だったからだ。


しかもそこに向かうための交通手段はこの国には存在しない。


普通に向かうのであれば、隣の国であるキリアの都心部に鉄道か何かで向かった後、バスに乗っての移動となる。


それぞれが5分に1本とかのハイペースで運行しているわけでもないので、まともに向かうのであれば行くだけで3日はかかる計算だ。


直帰をしたとしても往復で6日以上もかかるのは、学生としては非常に避けたいところだった。


「何かいい方法でもありますかね?」


ジョニー君と解散した後、家に着いた僕はレヴィさんに聞いてみた。


「車を出してあげるよ」


国内を転々としていたレヴィさんなら最適な方法を知っていると期待して聞いたら、まさかの返答が返ってきた。


「車を持っているんですか?」


「一応ね」


少しずつ技術の発展が進み、誰でも使えるように努力をしているらしいが、現段階では貴族にすら手が届かない相当な高級品だ。


そんな代物を所持しているなんて何者なんだこの人。


「買ったんですか?」


「少し伝手があってね。貰ったんだ」


大人気推理作家のルーシーさんといい、車を貰える伝手を持つレヴィさんといい、僕たちの戦闘要員は一体何者なんだ。


何はともあれ交通手段を手に入れた僕たちはレヴィさんの運転の元、目的地であるオーリにやってきていた。


「田舎って割にはかなり大きい街だね」


キリアの中心から遠く離れた郊外にあるはずのこの街は、人口が3000人はいそうなくらいに栄えていた。


「そうだな。もっと寂れた所だと思っていた」


昔ながらの建物のようなものは見つからず、ここ数年で建てられたであろう新品ばかりだ。


「僕たちの国には情報が流れてこないだけで、この街はキリアで大人気なのかもね」


「かもしれないですね」


僕たちは目的の物を売っている方を探すために役場を探す。


「にしても美人ばっかりだな」


「そうだね」


街中ですれ違った人は全員美女で、ウチの国ならモデルにならないかとスカウトが殺到しそうな方ばかりだった。


「天使が多いのかも」


レヴィさんはそう予想する。


「かもしれませんね」


天使は通常よりも美男美女になる確率が高い。別に天使がどうこうは自国に限ったことでは無いし、そういうことは不思議ではないのかも。


「それであれば、ここですね」


「ありがとうございます」


地図を貰った僕たちは、目的地へと向かう。


「お買い上げありがとうございます」


「こちらこそ突然お伺いしたのに」


「いえいえ」


「ありがとうございました」


無事に買い物を済ませた僕たちは帰ろうとしたのだけれど、


「夜だな」


「夜だね」


見知らぬ土地を車で帰るのは危険だったので一日泊まることになった。


「申し訳ありません。一人部屋しか残っていないんですよ」


街の中を探して良さそうな宿を選んだが、3人で一緒に泊まれる部屋が埋まっているらしい。


「まあ良いんじゃないか?」


「割引してくれるっていう位だしご厚意に甘えても良いんじゃないかな」


「そうですね」


3人部屋の値段で1人部屋を3つ貸してくれるとまで言われたら選ばないわけにもいかなかった。


「ありがとうございます」


僕たちはそれぞれ自分の部屋に荷物を置いた後、食事のために再び宿を出ようとした。


「そこのお兄さんたち、一緒にご飯を食べませんか?」


と宿のラウンジに座っていた長い黒髪の女性に声をかけられた。年齢は15,6位で僕よりも若いくらい。そして例にもれず美人だった。


「僕たちですか?」


「はい。あなた達です」


見知らぬ女性1人に対して男3人というのは何とも言えない状況で困っていると、


「お三方は国外から来たんですよね?ならこの子に付き合ってくれると助かります。リアは国外に興味があって、旅行客の話を聞きたいんですよ」


と先程手続きをしてくれた方が説明してくれた。


「そうなんですか?」


「ええ。将来は国外を回ってみたいと思っていまして。その前段階として実際に住んでいる方の話が聞きたいんです」


「それなら良いんじゃないか?」


それならということでリアさんと一緒にご飯を食べに行くことに。


「ここがこの街に来た人に真っ先にお勧めする場所です」


案内されたのはステーキハウス。


「じゃあここにしよう」


「ああ」


「そうだね」


この店の名物であるヒレステーキは非常に美味しかった。非常にリーズナブルな価格の筈なのに、肉が上質で噛んだ所からとろけていくようだった。


「とても美味しかったよ。ありがとう」


「こちらこそ質問に色々答えてくれてありがとうございます」


「それくらいお安い御用だよ」


「じゃあまたな」


「はい!」


リアさんはそのまま自宅に帰るらしく、ステーキハウスの前でお別れとなった。


「戻るか」


「そうだね」


宿に戻った僕たちは、大浴場で軽く体を流した後それぞれの部屋に入った。


「じゃあそろそろ寝ようかな」


部屋の電気を消し、ベッドに入ろうとしたタイミングで扉を叩く音が。


「ジョニー君かレヴィさんかな。はーい」


僕は何の警戒もせずに扉を開くと、目の前に立っていたのは見知らぬ女性だった。


「どちら様でしょうか?」


「私はエリスです。今日はよろしくお願いしますね」


エリスと名乗る女性はそのまま部屋に上がり込み、ベッドに座った。


「こちらに来ないのですか?」


つまりどういうことだ?


「何しに来たのですか?」


「マッサージのサービスです。キリア国ならではの文化ですね」


さも当然の事かのように話す。


「そうですか。ごめんなさい、お断りします!」


「別に良いじゃないですか。無料サービスですよ?」


早くこっちに来いとベッドをぽんぽんと叩いていた。


「結構です!」


相手のペースに乗ってはいけないと判断した僕は押し出す形で部屋を出てもらった。


僕にはエリーゼという心に決めた女性がいるんだ。あんな事をしてはいけない。


これ以上来られても困るため、僕は戸締りをしっかりしてから就寝した。




「ここは……どこだ?」


目が覚めると、見覚えの無い場所に居ることに気付いた。

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