第39話

 本題に入るつもりのようだ。


「確かに私から誘っているから払っている。だが、私は金だけは十分に持っているから問題ない。一応何十年も貴族院の議員を続けているからな」


「そうか。だから会社にもたくさんの支援金を送れるってわけか」


 ルーシーさんは建前等で誤魔化す気もないらしく、ド直球に質問した。


「ああ、そのことか。確かに私は私財を投げ打って美食ブームを生み出そうとしたね」


 レイモンドさんはそんな質問に一切動揺することも無く、さも当然の事のように答えていた。


「それは何の為ですか?」


 こんなに高い店で日々食事をしているなら相当な金が必要になるはず。人に奢っているのなら尚更だ。なのに何故?


「勿論美味しいものを食べられるようになるためさ」


「美味しいもの、ですか?」


 既に目の前にあるのが美味しいものだと思うのだけど……


「ああ。確かに今ここで食べているものも美味しいんだが、ここまでのレベルを提供できる店ってのは非常に少ない」


「そうですね」


 超高級店は需要が限られていることと、要求されている技術の高さから普通のレストラン等よりは数が少なくなる。


「だから、日々美味しいものを食べたい私にとってはメニューが少なすぎるんだ。1年、2年とかだと別に大したことはないんだが、20年以上もこの生活を続けていると流石に新しい物が欲しくなってくる」


「ということで私は考えたのだ。美食ブームを巻き起こし食べ物を取り扱う市場を活性化させることによって、新たな食べ物や美味しいレストランを増やすことが出来るのではと」


 確かに儲かると分かればレストランを開く方々も出てくるだろうし、金銭に余裕が出てきた店側の人たちは新たな看板メニュー作成の為に新たな食材を求め、商会の元へやってくるだろう。


「だから流行を巻き起こす雑誌等を利用したわけか」


「ああ。人気を掴む上で雑誌というものはかなり有用だからな」


 実際それのせいで凄いことになっていたから雑誌は偉大である。


「にしても美味しい飯を食べるために経済を動かすってなあ」


 ルーシーさんは半ば呆れたような表情でレイモンドさんを見ていた。


「一応経済が動いたお陰で雇用を拡大させ、貧民街に住む者達にも職を与えることも目的の一つだからな」


 正直先程の話を聞いていると説得力が無いが、実際レイモンドさんの言った通りになっているので少しくらいは考えていたのだと思う。


「まあそれ自体は良いことだな」


「それもこれも、突如私に与えられた謎の力のお陰だな」


 レイモンドさんはあっさりと自分が大天使であると自白した。


「謎の力とは?」


「色々あるんだが、分かりやすいのはこの健康な体だな。この力を手に入れた途端に体の不調や贅肉が無くなり、いくら食べても太らないし、胃がもたれたり腹を下したりしなくなった」


 これに関しては予想通りだ。実際リチャードソンさんは突然痩せたって言っていたし。


 食欲を満たす為にそういう体になったのだろうか。


「これのお陰で歳や体の事を心配しなくて良くなったのは非常にありがたいことだよ」


 どうやらレイモンドさんは大天使としての生活を楽しんでいるらしい。


「なあ、一つ質問があるんだが。その謎の力ってやつで天使の欲望を開放させることが出来たりしねえか?」


「ああ、出来るぞ。それが美食ブームを巻き起こすことを決心した最大の理由だからな」


 もしかしてレイモンドさん……


「もしかしてなんですけど、それをしたことでデメリットがあることを知らないんですか?」


 多分何も知らずにやっているんだろう。それが良い事だと信じて、自分の欲望と経済の発展の為に。


「デメリットとは?食べ物を食べたくなることに何の問題があるんだ」


「なるほど、何も知らねえわけだな。最近、犯罪が突然増えたことを知っているか?」


「確かに増えていたな。だが流行が生まれたら起こる必然的な流れだろう?」


「それに関しては否定しないが、結構な割合でお前が変化させた奴らが混じっているぞ?」


 どうやらルーシーさんはストレートに説得をするみたいだ。


「そうなのか?」


 心底意外そうな表情をするレイモンドさん。先程まで食べるために動き続けていた手が止まった。


「ああ。食欲が増大しすぎてしまった結果、金が無くなって食い逃げとかをせざるを得ない状況に追い込まれているんだ。大体の奴らは理性で金を考えられるが、ああなった奴らは歯止めが効かないんだ」


「そうだったのか……」


「それにあんたはコントロール出来ているから問題無いが、他の奴らは欲望を満たすことが不可能だと思ってしまった瞬間に暴走し、化け物になっちまうんだ」


「私はなんてことを……」


 自分がやってしまったことの恐ろしさを自覚したレイモンドさんは、後悔と怒りから机をドンと叩いた後、頭を抱えた。


「レイモンド。お前はこの事態を収拾する気はあるか?」


「勿論だとも」


「なら自分が変化させた天使達の場所を教えるんだ」


「分かった」


 僕たちはレイモンドさんの案内の元、堕天使を順々に回って元に戻すことになった。




「ったく、どんだけやってんだよ……」


 軽く50を超える堕天使を元に戻したが、まだまだたくさん残っているらしい。正直過去最多だと思う。


 結局一日でどうにかすることは叶わず、数日を掛けて回っていくことになっていた。


「後どんくらいだ?」


「反応を見るに大体100くらいか」


「あと少しだな」


 既に1000近くの堕天使を元に戻していたので感覚が麻痺しきっていた。


 でも100なら頑張れば今日中に終わるくらいだ。これで無事に事件が解決——


「化け物が現れた!!!!」


 と思ったらそんな声が聞こえてきた。流石に間に合わない方も出てきてしまったらしい。


「こっちもだ!!!!」


 どうやら堕天使たちも限界が来てしまったらしく、一気に暴走してしまったようだ。


 恐らく周囲で報告のあった2体だけではなく、もっと多くの堕天使が暴走状態にあるだろう。


「反応が消えている…… つまりこれは、私が変えた者達か……」


 レイモンドさんは恐れていた事態が目の前に突きつけられてしまったことで、大きくショックを受け、地に膝を付けて頭を抱えていた。


「おい、レイモンド!ショック受けてないでさっさと片付けるぞ!お前も手伝え!」


 そんなレイモンドさんにルーシーさんは声を掛けたが、反応は無かった。


「ちっ、俺は一人で倒しに行く。ペトロはそいつをさっさと立ち直させろ!」


 若干の苛立ちを見せながらもルーシーさんは暴走している堕天使の元へ駆け出していった。


「レイモンドさん」


「私は……私は……」


「レイモンドさん!」


 このまま声を掛けても反応が返ってくることが無さそうだったので耳元で叫んだ。


 すると流石に耳に入ってきたようで、こちらの方を向いてくれた。


「レイモンドさん、今は後悔してないで、さっさとあいつらを倒しに行かないと」


「私がそんなことをしたら碌な事にならない……」


 レイモンドさんは酷く動揺している。自分が天使を殺してしまったんだと。


 議員を何十年もやっていれば失敗は何度もしたことがあるのだろうけれど、誰かが死ぬような失敗はしたことが無かったのだろう。


「でも放置したら確実に1000人位は死にますよ」


 これは嘘だ。多分ルーシーさんだけでも被害はある程度食い止められると思う。それに、暴走した堕天使は大天使と違って集団でかかればどうにか倒すことが出来る。


 警察や騎士団が駆けつけることが出来れば無事事態を収拾つけることも不可能ではない。


 けれど、立ち直らせなければ不味い気がした。


 レイモンドさんは大天使で、暴走することはない存在だとは聞いているが、堕天使が暴走する前の様子に凄く似ているのだ。


 欲望が原因ではないが、絶望に染まっている表情をしていた。

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