第40話
「それは……」
「それはじゃないです。ちゃんと動いてください。あなたは大天使として、そこら辺の方々とは比べ物にならない戦闘力を持っているんです。だから、あなたが動かないと駄目なんです」
少しやる気を見せたようだが、まだ駄目なようだ。ならば、
「じゃあ僕が戦場へ連れていきますね。僕が死んだらあなたのせいですからね。ちゃんと責任取ってくださいね」
僕はレイモンドさんを無理やり背負い、現場へと急行した。
「食欲が暴走したらああなるのか……」
暴走した堕天使達は、一様に口が巨大化し、両手がナイフとフォークになっていた。
「あれが、天使達の成れの果てなのか……?」
堕天使を確認したレイモンドさんは、そう呟いた。
「はい。アレが皆を襲っているんですよ」
堕天使はナイフとフォークを振り回し、皆に襲い掛かっていた。
恐らく殺したら食べる気なのだろう。
「守らないと、終わりますよ。ってまずい!」
そんなことを話していると、僕たちに狙いを定めた一体の堕天使が襲い掛かってきた。
「ほら、はやく!」
「私がやらないといけないみたいだな」
立ち直ったかは微妙な所だけれど、戦闘はやってくれる気になったようだ。
「ふん!」
するとレイモンドさんは突然、4mはある巨人になった。
その体は見掛け倒しではなく、襲い掛かってくる堕天使達の攻撃を全て受け止め、脳天へ向けて拳を振り下ろした。
すると堕天使は簡単に押しつぶされ、ミンチになってしまっていた。
人生で一度も戦闘をしたことが無い、素人同然の動きではあったが、その圧倒的なパワーと耐久力で堕天使を倒しきってしまった。
まともにルーシーさんやレヴィさんが戦うことになっていたら絶対に負けていただろう。それほどまでにただ純粋に強かった。
その後、周囲に居た堕天使の元へ向かい、全てを一撃で叩き潰した。
「次に行かねば」
レイモンドさんはその体のまま、次の堕天使を倒すべく、捜索を始めた。
「皆は俺の後ろから逃げろ!化け物は俺が全て倒す!」
すると堕天使と交戦しているライナーさんが居た。
ライナーさんは単身で皆の避難をさせながら、次々に襲い掛かってくる堕天使達を一人で相手取っていた。
しかも武器を一切持たず、素手だけでだ。
それで互角に戦っているどころか、肉体を拳で突き破っていた。
どうやればあそこまで強くなれるのだろうか……
「今度は巨大な化け物かよ!!」
そんなライナーさんが僕たちの事に気付いたのは良いものの、敵と勘違いしてしまったようだ。
「ライナーさん!大きいのは敵じゃないです!」
「そうなのか!ペトロ!」
「はい!」
拳を一発入れる寸前でライナーさんは僕の声に気付いたようで、すんでの所で拳を止めてくれた。
「貴族院議員のレイモンド・チャンドラーだ。わけあってこんな姿になっているが味方だ」
「そうか、よく分からねえが強そうだから歓迎するぜ。一緒に戦おうや」
人間と大天使の本格的な共闘が始まった。
「ぬんっ!」
「おらああ!」
拳で堕天使を叩き潰すレイモンドさんと、拳で体を吹き飛ばすライナーさん。
見栄えは全然違うものの、共に圧倒的な力をもって堕天使を倒していった。
「これで終了か」
「そのようだな」
2人が協力したことで一切苦戦することも無く、周囲の堕天使を一掃することが出来た。
遠くでも騒ぎが起こっている様子が無いので、ルーシーさんが全て倒してくれたらしい。
「ありがとうございました!」
「助かった、感謝する」
「こちらこそ助かったぜ、またな!」
僕たちはライナーさんにお礼を言った後、まだ暴走していない堕天使を元に戻すべくルーシーさんを探しに向かう。
「ただの人であれだけの力を発揮できるものなのだな」
道中レイモンドさんはそんな事を話す。確かにライナーさんの力は常識外れだった。どうすればあんな化け物みたいな力を手に出来るのだろうか。
「まあルーシーさんも似たようなものですし、人間側にも大天使に似た何かがあるのかもしれませんね」
大人間みたいな。まあルーシーさんもライナーさんも精神に異常な点は見当たらないから微妙な所だけど。
もしかすると僕も普通に鍛えればああなるのかもしれない。
「まだまだ人や天使には分からない事が多いな。だから君達学生には頑張って貰いたい」
「そうですね、頑張ります」
僕の専攻は経営だから直接関係があるわけじゃないんだけど。
「お、どうやら立ち直ったようだな」
探す事数分、僕たちは警察と一緒に暴走した堕天使を運ぶ作業を手伝っていたルーシーさんを見つけた。
「この少年のお陰でな。迷惑を掛けた」
「大丈夫だ。ちゃんと働いてくれたようだしな」
「では続きに行こう。この様子だと他の奴らも危険だ」
「そうだな」
僕たちは堕天使を元に戻す活動を再開した。
「これで全部か?」
「ああ。間違いない」
残っていた堕天使の大半が暴走してしまったこともあり、3時間もかからずに全員を元に戻すことが出来た。
そして僕たちはレイモンドを連れて家に戻ってきた。
「じゃあ、残りはレイモンド、あんただけだ」
残るは大天使であるレイモンドさんを戻すだけだった。
「それなんだが、断っても構わないか?」
今日一日で堕天使の恐ろしさを十分に理解したはずのレイモンドさんは、予想外の返答をした。
「どうして、ですか?」
「それは、皆を守るためだ」
「どうやって?」
「当然、この大天使特有の力でだ」
「恐ろしさは十分に理解していますよね?」
天使を堕天させる力は放っておいて良いものじゃない。それに、ある程度コントロールできるとはいっても欲望が増幅されている状態だ。爆発の危険性もあるのに。
「ああ。それでも必要だと感じたからだ。堕天使の暴走の原因は当然私だけでは無いからな」
「そうですね」
確かに他の大天使が堕天させた天使も暴走している。
「それに、堕天使関連以外にも災害時の救出活動や、犯罪の現行犯逮捕等、様々な場面で活用できる。それはただの中年の肉体では不可能な話だ」
確かに、大天使の力が無ければただの太った中年ではあるけれども。
「堕天使の恐ろしさを十分に理解しており、二度とそういった者を作らないと決めている。そして私の増幅されている食欲もこれまで貯めてきた莫大な貯蓄があれば対応できる」
「確かに、そうですね」
大天使になったことによる危険性は限りなく排除されているようには思える。ただ、それで良いのだろうか。
「それに、元の体じゃ揚げ物みたいな脂っこいものを食べたり、健康に気を使わずにもりもり食べるなんて真似は出来ないだろうしな」
と笑うレイモンドさん。多分これが本命の理由なのだろう。
満足に食事をしたいから元に戻らないために様々な根拠を付けただけ。
それでは到底——
「良いぜ。元に戻すのはやめておこう。あんたはそっちの方が良いらしいからな」
しかし、ルーシーさんはあっさりと許可した。
「えっ、どうしてですか?」
大天使も堕天使も全て元に戻すことが目的じゃなかったのか……?
「別に危険性は無いんだからそれで良いじゃねえか」
僕の疑問に対し、ルーシーさんはそれだけ答えた。
「でも……」
「とりあえず、全て解決したようだから帰って貰って構わないぞ」
そんな僕の文句を遮るかのように、ルーシーさんはレイモンドさんを帰るように促した。
「ああ。恩に着る」
そしてレイモンドさんはどこかへと帰っていった。
「どうしてですか!!大天使は危険なんでしょう!!」
僕はレイモンドさんが見えなくなった後、改めて質問し直した。
「確かに危険である事自体に間違いはない。だがそれは、大天使自身ではなく堕天使を作り出す能力を持っているからだ。だからあいつがもう二度とやらないのであれば問題は無い。そもそも俺の目的は、全ての大天使と堕天使を消すことでは無く、堕天使が生まれてくる状況を全て解決すること。その一点だけだからな」
「大天使を戻す事自体は目的じゃないんですね」
「ああ。あいつらはいわば堕天使化の成功例だからな」
「成功例、ですか」
確かに大天使は欲望を自分の意思で抑え込むことも出来るし、暴走もしないらしい。
「ああ。だから良いんだ」
「そうですか……」
それでも危険があるのであれば元に戻してほしいと思うけれど、ルーシーさんは絶対にうんとは言わないだろう。
何か釈然としないが、解決なのだからそれで良いのだろう。
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