第41話

 その後、レイモンドさんが大天使として活動することは無かったようだが、美食ブームを巻き起こす事自体はやめるわけではなかった。


「オムライスと焼きそばを一つずつ!」


「チャーハン一つ!」


「コーヒーお代わり!」


 そのため、ダンデさんの店への客足は途絶えることが無く、常に新規客が殺到していた。


「堕天使が居なくなっても大して変わんねえな」


「そうだね」


 僕とジョニー君は慌ただしく働いている皆を見てそう話した。


「今回のブームを起こすきっかけはレイモンドの大天使化だろうけれど、アイツの場合そんなものが無かったとしても実行していたかもな」


「かもね」


「まだ納得がいってないみたいだな」


「まあね。認めなきゃいけないんだろうけど」


 実際レイモンドさんはあれ以降何の問題は起こしていないし、大天使の力を有効活用して国を良くしようと活動している。


 けれど、レイモンドさんは天使を壊しかねない恐ろしい力をまだ手にしているという一点が、僕を不安にさせている。


「別に良いんじゃないか?認めなくても」


「そうなの?」


「ああ。大天使のままであることが心配なら、満足するまでお前が見張ってやっていればいい。そもそも危険性が100%無くなったってわけでもねえしな」


「そうだね」


 何かあったのなら僕が止めれば良い。


「とりあえず飯食ってさっさと文化館行こうぜ」


「そうだね」


 ただそのためには大天使と戦える位強くならないといけない。




「というわけでお願いします!ライナーさん!」


 僕は後日、ライナーさんの元へ向かった。


 正直数回話しただけのライナーさんに頼むのは心苦しい話ではあるのだけれど、これ以外に選択肢が残っていなかった。


 というのも、一番身近にいる強者のルーシーさんにお願いしたら、


『面倒くさい。別に俺だけでどうにかなるから良い』


 と言われ、あっさりと断られてしまっていたのだ。


 まあ、あの人の場合剣を使って戦うので、教えられた所で役に立たないと思うから正直どうでも良かった。


 流石にこんな人の多い場所で常日頃剣を携帯するわけにはいかないから。


 なので素手で全てを解決していたライナーさんに教えてもらえる方が実は有難かったりする。


「良いぜ。お前もあの化け物を倒せるようになっておきたいんだろ?」


「はい」


 先日一緒に堕天使と対面していたので、簡単に請け負ってくれた。


「じゃあついてこい」



「どこに行くんですか?」


 てっきり近くの広場とかで訓練をするのかと思っていたのだが、どうやらそうでは無いらしい。


 どんどんと人気の無い方向へ、街の外側へ向かっているようだった。


「それは着いてからのお楽しみだな」


 しかしライナーさんはただ楽しそうに笑い、はぐらかすだけだった。



「ここだ」


 歩くこと1時間半。街を出て、森に入り、道なき道を歩き続けてようやく目的地に着いたらしい。


「滝、ですか?」


「ああ、そうだ」


 しかし目の前にあったのはどこにでもありそうな滝だった。


 滝とはいっても僕二人分位の高さしかなく、打たれるにしても流れがしょぼい。


 なんなら僕の実家の近くにある滝の方が数段大きいくらいだ。


「じゃあ行くぞ」


 そう言ってライナーさんはその滝に躊躇なく向かい、滝に打たれていた大きな岩を持ち上げ、投げ捨てた。


「これは……」


 石の下は土ではなく、金属製の扉みたいなものが設置されていた。


「目的地に入るための扉だ。行くぞ」


 ライナーさんはそれを躊躇なく開き、中へと入った。


「入るしかないみたいだね」


 滝の真下にある扉という時点で危険しか感じないが、強くなるためには入る以外の選択肢は無い。


 僕は意を決して扉に飛び込んだ。


「これは、まさか……?」


 中に座るための椅子などは一切存在しないが。それ以外は完全に教会の聖堂 に近い構造になっていた。


 そして正面に飾られている絵は天使教が崇める神と酷似しており、天使教関連の場所だと思われる。


「いや、ここはお前が思っている奴らが関係している場所じゃねえ」


「でも、あの絵は」


「そうだな。天使教の教会にも同じものがあるな。でも違う」


 天使教と全く同じものを飾っているのに、天使教ではない……?


「これは、天使教という宗教が生まれる前に存在していた、デザイア教の教会の跡地らしい」


「デザイア教……?」


 そんな宗教、見たことも聞いたことも無い。


「知らねえのは当然だ。天使教が生まれてから一瞬で絶滅した宗教らしいからな。俺もここを見つけるまでは知らなかったしな」


「そうなんですね」


 こんな場所を作れる宗教が歴史からも消失するって何かあったのだろうか。


「まあ詳しいことは分かんねえがな」


 と笑いつつ、奥にある台にライナーさんが立った。


「お前はこの前で立っていろ」


 そう言ってライナーさんは堂にあるボタンのようなものを弄り始めた。


「うわっ!!」


 しばらくすると真上から強烈な光が降り注ぎ、僕の視界を真っ白に閉ざした。


「どうだ?調子は?」


 光が収まったタイミングで、僕にそんなことを聞いてきた。


「調子?別に変わらないと思いますけど」


「そうか。じゃあ全力で走ってみろ」


「分かりました」


 僕は何も分からないまま、言われた通りに聖堂内を走ってみた。


「ぶっ!」


 すると想像以上にスピードが出てしまい、勢い余って壁に正面衝突してしまった。


「な、凄いだろ?」


 悪戯が成功した子供のような表情で話しかけてくるライナーさん。


「はい。これどうなっているんですか?」


 こうなるって分かってるなら全力で走らせないでくださいと文句を言おうと思ったけれど、それよりも自分の体に起こったことの方が重要度が高かった。


「神のエネルギーを注入されたことで、潜在能力が上がったんだ。で、おまけとして身体能力が少しだけ上昇したんだ」


 これで少しって……確かにライナーさん基準なら少しなんだろうけれど。


「細かい事は置いといてお前は普通の奴らよりも遥かに強くなりやすくなったってことだけ分かりゃいい」


「ってことは、この状態で訓練すれば?」


「ああ。あの化け物にも簡単に勝てるようになる」


 これで、ルーシーさんとレヴィさんだけに頼らなくても良くなるんだ……!


「ありがとうございます!」


「別に構わねえよ。お前たちには恩があるからな。貧民街の子供を救ってくれたってな」


 とライナーさんは嬉しそうに笑っていた。


「それにだ。まだ訓練は始まってすら居ねえんだぞ?」


 その日から、地獄を見るような訓練が始まった。


「もっと早く走れ!」


「今度はこの鉄塊を持ってやるんだ」


「これを破壊しろ!」


「今日はここまでだ。ゆっくり休んでから帰ってくれ」


「はぁ、はぁ、ありがとうございました」


 前に参加した騎士団の訓練とは違い、ただひたすらに肉体を苛め抜き、出力とスピードを上げることだけに特化した訓練は、強くなったはずの僕をたやすく疲弊させていた。


「体力には自信がある方だったんだけどなあ」


 ただ、この訓練によって強くなっているのがはっきりと分かる。


 最初は20㎏の鉄塊を背負って走るのが精一杯だったのに、今では100kg背負っても余裕が生まれるまでになっていた。


「明日も頑張らないとな」


 これでもまだルーシーさんの足元にも及ばないだろうしね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る