第23話
どうしようもなく日々を過ごしていると、議員の数人が辞職することになっていた。賄賂が確定していた方々だ。それによりリチャードソンさんに対する支持率が急増し国会での発言力が急激に向上していた。
結果最初に上げた法案は見事に通り、数か月後から施行とのこと。そしてより国をより良いものにする為と様々な法案がリチャードソンさんの手によって作られ、国会で審議されており多数が通りそうとのこと。
ただの無所属の議員のため、普通は通ることが殆どないのだが、民衆からの圧倒的支持率が影響し、次回の選挙に影響が出ると判断した議員たちがリチャードソン派に回っているらしい。
そのお陰で平民にとってより住みやすい世の中が生まれるのではないかという世間での期待も広まっている。
そんな中、
「なんだあのクソ男!ふざけんな!これでどうやって商会や企業が生きていけるってんだ!」
怒り心頭で例の議員を罵倒している男が一人。ジョニー君だ。
「流石にアレはヤバいよね……」
一般市民を重視しすぎた政策を打ち出した弊害として、裕福な貴族や商会の上層部などが極端に苦しむことになっている。
最初は財産に基づいた税金を課す法案や最低賃金の底上げから始まった。これはまだ問題なかった。真っ当な給料を払わずに働かせていた所の是正や、税対策に富裕層の消費が大きくなったことによる経済の活性化がもたらされたからだ。
問題はそこからだ。一定以上所得を持つ者への寄付の義務化や、商会等の企業に業務内でのボランティア活動を強制する等、持てるものに対し過剰な要請が始まったのだ。
それも最初は普通だった。昔からやっている貴族や企業等もあり、負担も大したものではなかった。しかし次第に正義の名の元にと暴走した結果、最終的には富裕層は年に全財産の内30%の寄付をすることが義務となり、全企業は社員の25%をボランティアに派遣させるように法律が改正されていった。
「俺たちはまだ大丈夫なんだ。国内トップの商会だから。問題は取引先だ!あんな法案を通されちゃあ真っ当な企業ですら潰れちまう!」
僕の家は領民がいるし、アグネス商会は莫大な儲けがあるのでこの打撃に耐えることは出来るが、普通ならば耐えることは出来ない。
「早く解決させないと不味いな」
そう焦るジョニー君と共に、エリーゼの仕事場へ向かう。
「二人とも、準備は出来たわよ」
「うん」
リチャードソン議員が妙な正義感を見せだしたあたりからエリーゼは接触の機会を作るために裏で動き回っていた。
「この日にこの場所に行けば会えるようになっているわ」
エリーゼは詳しい日時が書かれた紙を引き出しから取り出し、僕に手渡した。
「ありがとう」
「これくらい当然よ。大天使が絡んでいるのもあるけど、アグネス商会の生死にも関わっているんだもの」
「アリエルは来ないのか?」
「ええ。あの議員のせいで仕事が増えて色々と忙しいの」
「分かった」
僕たちはエリーゼにお礼を言い、部屋を出る。
そのまま家に戻り、ルーシーさんとレヴィさんに報告した。
「よし、厄介者に会いに行くか」
約束の日付になったので僕たちは4人でリチャードソンが居るという場所に向かうことに。
予定通りに到着したら、既にリチャードソン議員はアリエルさんと共に待っていた。
「やあ、また会ったね。ペトロ君、ジョニー君」
「お久しぶりです」
「久しぶりだな」
最初に声を発したのはアリエルさん。僕たちの事を覚えていてくれたようだ。
「二人とは知り合いなんですか?」
リチャードソン議員はアリエルに質問する。
「ああ。とは言っても二人が騎士団の見学に来てくれた時に少し話しただけだけれど」
「そういうことですか。本日はよろしくお願いします。それにお二人も」
「ああ」
「よろしくお願いします」
丁寧に挨拶を返すレヴィさんとは対照的に、いつも通り適当に挨拶するルーシーさん。
「立ち話もなんですから、座ってお話しましょう」
しかしリチャードソン議員は気にしていない様子だった。
「で、今日はアグネス商会の代表としてお話に来たとお伺いしていますが」
真剣な表情になったリチャードソン議員は、早速本題に入った。
「そうですね。色々聞きたいこととお願い事が少々ありまして」
今回はレヴィさんが主となって話をすることになっていた。
「当然ながら賄賂は受け付けませんからね」
「知っています。正義を掲げている方々ですものね」
「なら良かった。もしそうだったらどうしようかと」
冗談っぽく笑うリチャードソン議員ではあったが、カマエルさんが剣に手を添えている当たり、賄賂だったら切り捨てる予定だったのだろう。
「ははは。そうですね、最初の質問です。今あなたが法案に通しているものが仮に施行された場合、社会にどんな影響を与えるかご存知ですか?」
「そうですね、富の再分配と言えば良いのでしょうか。富裕層の方々には多少苦労を課すことになってしまいますが、貧しい方々の生活は救われ、平等に過ごしやすい社会が救われるようになります」
リチャードソン議員はそう断言する。
「そうですね。財源は大量に確保できるでしょうし、ボランティアによって公共事業も大きく進められますからね。貧しい方々の生活レベルは向上し、非常に救われるでしょう。」
「そうでしょう」
「では、苦労を課された側はどうなるのでしょうか?」
「どうなる、とは?単に苦労するだけでしょう」
「あの額の税金とボランティアの強要で企業が維持できると思っているのですか?そしてあれだけの重税を課された貴族が家を維持できなくなることは想定しなかったのですか?」
「別に問題ないではないですか。富を持つ者であればこの程度どうとでもなります。それに、」
「それに?」
「どんな苦労を課してしまったとしてもそれは正義の為、市民の為なのです。理解を頂きたい」
どうやら話が通じないタイプの方のようだ。この融通の利かなさ、大天使に似ている気がする。
僕はルーシーさんに耳打ちで聞いてみることに。
(あの人もカマエルさんと同じでは?)
(正直そう思うんだが、ダンデの調べだと家族も含めただの人間らしい)
「そうかい。正義とは御高尚なことで。んで、その協力を得るためにヘルド騎士団の人気と知名度、そして武力を利用して国会を操ろうとしているわけだ」
ジョニー君は怒りを出来るだけ隠しつつ、冷静に話した。
「貴族院に居るのは大半が賄賂にまみれた汚い者共だからね。あの人たちに邪魔されてしまっては国が良い方向に進むわけがない」
堕天使よりも堕天使らしいというか、自分の事を信じて疑わないあたり、目の前にいる男の恐ろしさを痛感する。
「それは、悪を利用している奴が言うセリフか?」
ここでルーシーさんが僕たちにしか見えないように戦闘準備の合図をした。
「悪を利用?そんなことはしていないが」
「最近巷をざわつかせている、化け物騒動は知っているな?」
結局数が隠し切れずに知られてしまった話だ。
「ああ、それは知っているが。ヘルド騎士団が討伐の手伝いをしていることも」
「アレは市民から生まれているんだ」
「それは本当なのか?カマエルよ」
反応的に詳しいことは知らない様子。
「ああ」
「何故言わなかったんだ?」
「ああなった市民を元に戻す手段は現状無いからだ。不要な混乱で我々の目標を叶えることは難しくなるのは不本意だからな」
とカマエルさんが説得すると、リチャードソン議員は納得したようだ。
「それは分かった。しかしそれと今の状況に何の関係がある?」
「なら丁寧に話してやる」
そう言うと、カマエルさんがこちらに刃を向けてきた。
「これ以上余計なことを話すんじゃない」
ここで口止めをする。つまり僕たちに黒であると自白したようなものだった。
「実はこいつがその」
ルーシーさんはカマエルさんの脅しを全く恐れた様子は無く話し続ける。
「おい!話を聞いているのか!」
それに激高したカマエルさんは刃をルーシーさんの元へさらに近づける。
流石にルーシーさんでもビビるかと思いきや、カマエルさんを見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
「カマエル!辞めないか!」
それを見かねたリチャードソン議員が刃を納めるように促す。
「こいつは我々の正義に立ち塞がる者だ。対処しておかなければ後々後悔するぞ」
若干焦った様子のカマエルさん。
「無実の市民を傷つけることの何が正義だ!そうまでして私は目的を達成したいわけでは無い!下ろせ!」
カマエルさんは悔しそうに剣を下ろす。
「続けてくれ」
「ああ。先程話に出た化け物が市民から生まれているという話なんだが、その元凶の一人がカマエルだ」
「本当なのか?」
信じられないという様子でカマエルを見るリチャードソン議員。
「私は化け物を生み出しているわけでは無い」
「カマエルはそう否定しているが」
二人の信頼関係は厚いようで、カマエルさんの方を信じているようだ。
「そうだな。嘘は言っていない」
「つまりどういうことだ?」
「市民が化け物になる為の種を植え付けているというのに近い」
「種?」
「ああ。ヘルド騎士団について変だと思ったことは無いか?」
「別に。清く正しい立派な騎士団だ」
まさか。
「そうだな。立派すぎて眩しいくらいだ。だが、余りにも正しすぎないか?」
「正しすぎるとは?」
「お前は違うかもしれないが、普通はいくら清く正しい心を持っていたとしても何かしら利己的な部分を見せるもんだ」
「そうだな。今までの仲間も、少なからず見返りを求めたりズルを試みたりしていたな。それに、私だって多少はある」
今までの事を思い返すようにリチャードソン議員は話した。この人にも悪い部分はあるんだな。
「それなのに、それを一切していないだろ?」
「ただ見せていないだけという可能性もあるが、そうだな」
「これがその種の影響ってわけだ」
それを聞いた後、頭を傾げるリチャードソン議員。
「それと化け物に何の関係があるんだ?もしそれが事実だとして、別に悪いことでは無いだろう」
「この場合はな。その種ってのは正義を持たせるものではなく、自分にとって一番強い欲望を最大限に増幅させるんだ」
「欲望か。彼らの場合それが正義だっただけってことか」
「まあそれだけだったら別に悪いことでは無いんだが、その副作用的な物が問題でな。その欲望を確実に達成できない状況に陥った場合、暴走するんだ」
「それが化け物ってわけか」
「そういうことか」
その話を聞いたリチャードソン議員は少し考えた後、
「だがあまりにも現実的な話では無いな。人が化け物に変化するなんて科学的にありえない」
「なら、ヘルド騎士団を辞めた者たちのその後を調べてみろ。それで信じるかどうかを決めろ」
「正直信じがたい話だが、わざわざこんな場所を用意してまでしたんだ。調べてみることにする」
「分かった」
僕たちはそのまま店を出た。
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