【 Irritation:side cigar 】
その日の朝、出勤前に妻と言い合いになった。
理由は下らないことだ。全員の朝食後、食器の片付けをしている時に妻から、
〝イヤホンの
〝音楽を聴くのを止めろ〟
と、苛つかれたからだ。
向こうの言い分は理解出来る。
朝食の準備をし、
そんなバタバタと忙しい朝に
いつもなら軽く
しかしこの時は、俺も虫の
(好きな曲を聴いているだけだろうが。)
(なんで、んな事言われなきゃいけねぇんだよ。)
本来の性格の悪さが、胸に黒く広がってきた。
俺だって責任の重さに気分が上がらず、出勤したくない時だってある。
だからって逃げるわけにもいかず、家族の為に
(前向きになろうとしてるんだろうが・・・!)
俺はいつも家庭のことを第一に考えている。どうすれば温かく平和でいられるか。自分の事より妻や子供。それは当たり前・・・当たり前で。
(それでもたまには、自分の事を考えたっていいじゃないか。)
流石に言葉に出すことは出来ないが、心の中ではドロドロと
『音楽聴くくらい好きにさせてくれよ』
心で思うだけのはずが、無意識に小さく、声に漏れ出てしまっていた。
言葉になってしまった事に気付き、慌てて妻の方を見た。妻は目を見開いて驚き、次の瞬間、眉間に
いつもの反応と違う事にも困惑があったのだろう、
(まずいな・・・)
そう思いつつも、だからといって、こちらも言葉が出てしまった以上は引っ込みはつかない。
互いの立場を理解し、思いやる事はとても大事。だが、気持ちに余裕が無ければ出来ないことなのだ。
しかし・・・ここで
ギスギスした気持ちのまま、エンジンスイッチを乱暴に押し、愛用の電子タバコのスイッチを入れた。
加熱を待つ時間がいつもより煩わしい。
いつもより気持ち、アクセルを強めに踏んでしまう。強めに電子タバコを吸い上げ、強めに水蒸気を吐き出す。
(やってらんねぇよ!ああ、こんな小さいことでなんなんだ・・・こんな事で
いつもの駐車場に着き、運転席のシートを広げてモゾモゾと動き、ツナギに着替える。
いつもならキチンと
弁当を持ってきていない事に気付く。
(コンビニに寄るか・・・ああもう!)
会社の隣にあるコンビニでカップ麺とおにぎりを買い、そのまま従業員出入口から事務所へ入る。自分のデスクにコンビニ袋とバッグをドサリと置くと、気持ちを落ち着けようと、給湯室でコーヒーを
一口すすり、少しだけ
なんとか落ち着かなくちゃいけない。
(・・・クソ、頭にくる・・・)
もう
事務所に、他の従業員が挨拶をしながら入ってきた。瞬時に顔をあげて穏やかな笑顔を作り、おはようございますと挨拶をする。猫を
作業に入るが、独りになると
(上手くいかねぇ・・・)
作業台に手を付き、ため息をつく。
(いつもはもっとしっかり対処するだろうよ、俺・・・!なんなんだよ!)
予約で入っていた、
周りに誰も居ないのをいい事に、椅子の背にだらしなく頭を乗せて上を向き、口を開けたまま水蒸気を吐き出した。
(・・・仕事なんかしてられっかよ)
そう思った自分に驚いた。
仕事においては、他人が困っていたり、都合が付かなければ、むしろ率先して仕事を肩代わりしないと自責の念に
頭を上げて、ホワイトボードに目を向ける。
記入してある業務予定を眺めると、後輩に代理が利くような業務ばかり。至急の仕事も、今のところは入ってきてはいない。
(今日は・・・もう・・・いいよな・・・)
(半日くらいサボったって、バチは当たんねぇだろ)
そう決めてしまうと、少しだけ気持ちが楽になった。急いでカップ麺を
隣の
わざとらしく頭に手を当てながら、14時頃、職場を後にした。
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