【 Desire 】

 海斗は疲れていた。ただそれだけ。だからこそ、自分を全肯定ぜんこうていしてくれる存在が欲しかった。自分をしっかりと受け止め、優しく頭をでてくれる香苗をいつまでも抱きしめて居たかった。


 だから、何も考えないようにした。

 考えたら終わりだ。

 もう身を任せてもいい。

 ここは、そういう場所だ。

 誰も気付きやしない。


 海斗は少しだけ離れ、香苗の顔を見つめた。いつもの冷たい印象とは違い、柔らかく微笑ほほえんで見つめ返してくれる。


 少しだけ顔を近づけた。・・・こば素振そぶりは無い。


 遠慮がちに、香苗の唇に自分の唇を重ねた。柔らかくとろけるような感覚の中に、香苗がこたえてくれる強さも感じた。


 ああ、もう、自分を抑えなくていいんだ。


 海斗はそのまま自分の唇を激しく押し付け、香苗の口中こうちゅうぬくもりを楽しむ。香苗はそれを受け止め、海斗の力強ちからづよさをよろこんだ。


 それだけで、身体中にしびれが走り、思考を麻痺させる。


 なまめかしい音を立てて、互いの唇の感触を確かめ合う。呼吸で少し離れた時、既に二人とも恍惚こうこつの表情で、いつも守っている理性は無くなっていた。


 海斗は香苗の手を握ってソファから立ち上がり、そのまま横のベッドへとうながした。香苗を先に座らせると、おおい込むようにしてまた唇を重ねた。


 香苗の手首を強く掴み、そのまま押し倒す。香苗が抵抗する事もなく仰向あおむけになると、胸元むなもとに手を伸ばし、なめらかな素肌にれた。


 自分の行いで、恥ずかしそうに身体をくねらせる香苗に、衝動を止めることなどできるだろうか。


 香苗は目をつむり、右手の甲で口元を押さえ、声を出さないようにした。目を合わせて声を出してしまえば、不貞ふていを認めてしまうことになると、あさはかに思った。


 さっきまで淋しげに苦しんで居たこの人の為に、罪悪ざいあくだと言う事を認める訳にはいかない。


 〝 責任など不要な関係なんだ 〟


 その様子を見た海斗は、更に激しい感情がき上がる。目の前の女は、俺の為に理性を保とうとしている。既に保ててなんかいないのに、すぐに崩れる建前を貫こうとしている。


 声を我慢しながらも、目にうっすらと涙を浮かべて息を上がらせ、顔を横にそむける。それが皮肉にも、妖艶ようえんさを加速させていた。


 海斗はもう、歯止めが効かなかった。先程の弱々しい幼子おさなごのような様子など無かったかのように、おすとしての本能をき出しにした。


 二人はもう限界だった。思考回路などもう機能していない。快感を求める事だけしか考えられない。


 ああ、もうどうでもいい。


 どうでもいい、もっともっと。


 責任などしったことか。


 責任なんてもう忘れたわ。


 俺の全身でみとめさせてやる。


 私を食べ尽くして。


 俺の物にしてやる。


 私をいたぶって。


 離してなどやるものか。


 ずっと繋がっていて。


 証を刻んでやる。


 もっとあとをつけて。


 海斗は、ぐったりとしている香苗の首筋に何度も優しく唇をわせる。そうかと思うと、服で隠れそうな胸元むなもとを思い切り吸い、赤いあとを付けた。〝お前は俺のものだ〟と言わんばかりに、あかしを残す。


 香苗の両足を少しだけ開かせ、その間にすべり込むと、洪水こうずいのようになっている香苗の秘部に、自らの硬い突起とっきを、一気にし込んだ。


 押し寄せる快感に、二人の頭は真っ白になる。


 海斗の熱で満たされるのを感じ、我慢など出来ず、鳴くように声をあげる香苗に、海斗は嬉しさと興奮を抑えることはない。


 ほっする相手からほっされたい。

 それが、今、実現している。


 香苗は、快楽にひたよろこび、独りで生きていくと決めた事など、もう既にどうでも良くなっていた。今は、直接的な欲望と独占欲を向けてくる、目の前の男を受け止め、更なる快楽を求めた。


 海斗は、先程まであった辛さや不安を上書うわがきするように甘い刺激に浸り、目の前の女に、激しく欲望をぶつけた。そして自分自身を求めてくる女の快楽を満たす事に夢中になった。


 二人の価値観はどこまでも違うようで似ている。

 承認欲求の満たし合い、利害の一致、それが当てはまる。


 だがそんな理屈、今は、どうでも良い。


 少しでも相手の体温を感じたいのか、海斗は強く強く香苗を抱きしめ、激しく唇を求める。その間にも止まることなく、何度も何度も強く打ち付ける。鼻にかかって漏れ出る香苗の声、息苦しさが更に甘い感覚を増す。


 何度も与えられる、つらぬかれる感覚に、香苗はもう限界を迎えかけていた。


 海斗は最後に、深く強く、自らをき上げる。


 香苗は、甘く甲高かんだかい悲鳴と共に大きくる。


 海斗は、香苗から起こる大きい痙攣けいれんが自らにからむのを感じ、それと一緒にほとばしり、果てた。


 はずんだ息を落ち着かせるように、そしてしむかのように、また唇を重ねる。先程の激しさではなく、いつくしむようように優しく。余韻よいんに浸り、抱きしめ合いながら。


 次第に落ち着き、がらのように横になる二人。〝やってしまった〟感じは否めないが、それを上回るくらいの満ち足りた心と、上手く働かない思考だけが、そこにあった。


 ああ、もうなんでもいいや。今はまだこの感覚にひたりたい。大丈夫、後はなんとでもつくろえる。


 〝好き〟なんて幼稚ようちな言葉だけ、言い残したりしなければ。

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