【 Salvation 】
香苗は、そんな海斗の顔を見ると、一緒に胸が詰まるようだった。同時に、自分にはとても珍しい事だと自覚する。他人などどうでも良くなってきている
気持ちだけの問題・・・か。それなら少しゆっくりと話でも聞こう。カウンセリングってやつの代わりと、香苗は切り出す。
「カラオケ行く?」
『んー・・・
「休める所、あるの?」
『ネカフェとか?行ったことないから、どこにあるかも知らないけど・・・』
香苗はすぐに悟った。この人、落ち込んだ時はどうしていいか分からないんだ。無理やり笑って乗り越える以外の方法を知らない。
ああそうか、私は心を凍らせる事しか知らない。方法が
それなら
「・・・カラオケ〝も〟できるとこ」
『ん?』
「静かに休みたいんでしょ?」
『うん』
「行こうか? 話をするくらいなら、別に罪じゃないわ」
『なに?なんの事言ってんの?』
「ベッドに横になって、ゆっくり目を瞑ると良いよ。
『・・・いや、だって、そんな、俺』
「行きたくなければいいよ、それならネカフェでも探そうか」
『いや・・・なん・・・待ってくれよ』
「まあ、ゆっくり考えて」
海斗は
だけど、
香苗は言ってくれた。何もしなければ罪では無いと。・・・そうか、裏切るような事では無いんだ。
〝
海斗は結局、それに
二人は香苗の車に乗り込み、
迷惑にはならないように。
責任が無いように。
見かけたホテルに素早く入り、人目を
中に入って誰もいないことに安心感を覚えると、光っているパネルから、広めのくつろげそうな部屋のボタンを押した。エレベーターに乗り込み、選んだ部屋に向かう。
静かにドアを開けると、存在感のあるダブルベッドが目に入る。その横に大きめのソファと、
持ってきたバッグをテーブルへ置き、二人はソファに並ぶように座った。気まずい映像が流れそうでテレビは付けず、有線の音楽だけが響いている。
ゆっくりとするはずが、少しの緊張を感じる。最初にカラオケに行った時とほぼ一緒だなと、海斗は思った。違うのは、これから起こる事が、純粋な楽しさだけではないという事だとも理解して。
香苗は海斗の愚痴を聞こうと思うが、取り
香苗は
二人は顔を見合わせないようにした。顔を見てしまえば、何かを認める気がする。
手元を見るしかない二人は、それにかこつけた会話しか出てこない。
『俺も
「前も言ってたよね、電子タバコに変えたって。なんで?」
『気になるから』
「なにが?」
『人の目とか・・・家族の事、副流煙とかさ』
「あーね、まあ心配よね。かと言って急に
『紙もさ、たまには吸いたくなるな。やっぱり
「1本吸う?」
『うん』
香苗は自分の煙草を1本出し、海斗に渡す。それを
海斗は、久々の
『あー・・・やっぱ・・・うまい・・・』
「
『うん、これでやめとく、サンキュ』
テーブルに置かれている電子タバコを眺め、香苗は呟いた。
「それ、友達の貰って吸ったことあるけど」
『どうだった?』
「焦げたような匂いが駄目だった」
『ああ、そう思う人もいるんだってな』
「どうしても、こっちが良いって思っちゃうわ」
『まあ、無理に変えなくてもいいんじゃないの?』
「というより、変われないのよ、私は」
香苗は煙草の事だけじゃなく、自分の事も
『・・・そういう事じゃないだろ』
「変わる気もないのよ」
『あー・・・な』
「だから、でしょ。今がこんな
『・・・そんなことねぇだろ』
海斗を
「ふ・・・優しいねぇ」
『変わるのが、
「ま、そうかしらね」
『ああ、俺だって・・・』
「海斗は、自分を変えた事、後悔してないんでしょ」
『・・・してないよ』
「それなら、それでいいじゃない」
『ああ・・・』
二人は、また
「変わったら変わったで、新しい悩みが出てくるの」
『そうだな・・・』
「今、海斗は、それに立ち向かってるんでしょ、こうやって落ち込みながら、
『うん・・・』
「それができるんだから、海斗は良い男ってことよ」
良い事を言ったとばかりに、いたずらっぽく笑いながら、香苗は海斗の方を向いた。
海斗は手元を見ながら、少し目を
海斗は少し震える声で、香苗に語りかける。
『なぁ』
「んー?」
『俺は、歌だけか?』
「・・・どういう意味」
『そう、
「・・・うん」
『なあ、でも・・・なあ・・・』
海斗は両手で顔を
何か言いたい事はあるんだ。
出しちゃいけない。
でも言ってしまいたい。
香苗は、そんな海斗の様子を横目で眺め、
言葉を出せずに苦しんでいる、この男が、
煙草を消し、
「歌だけじゃないよ、全部がそのままでいいの。そういう海斗が
香苗は踏み込んだ。
そんな甘い言葉を吐いては駄目だと理解しているのに。そんな事に気づかない振りをしてでも、目の前の男の心を救いたかった。
海斗はもう余裕が無いように、
『つらい』
「うん」
『くるしい、さびしい』
「そうだね」
『でも、そんなんじゃダメなんだ』
「そんな事ないわ」
『いいの?』
「良いのよ」
海斗は香苗の肩に顔を
見なくてもそれが
海斗の、くせっ毛でふわふわした髪は、香苗の心も暖かく満たしていった。
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