【 Comfort 】
カラオケ屋にて歌って語り合う二人は、2時間では物足りず、1時間延長して更に盛り上がった。
ドリンクバーに何回も飲み物を取りに行き、
〝ああ、楽しいな〟
二人は純粋に思っていた。
延長した時間も、終了10分前のコールが鳴った。海斗の歌を聴いていた香苗がコールに対応し、独断で「終わります」と伝える。時計を見れば、18時半を
海斗が歌い終わったのを見計らって、香苗は話しかけた。
「
『あ、サンキュ。そうだなー・・・帰らないとかー・・・あーあ、もう終わりかぁ・・・』
「まあ、
『・・・帰りたくねぇなぁ・・・』
歌い終えてマイクを置いた海斗は、
香苗は気分が上がればそれだけで良いが、海斗は険悪な雰囲気であろう自宅に帰らねばならない。ここでズルズルと過ごしていても、帰宅した時の
『はぁ、仕方ない帰るか・・・俺が
「んー・・・あのさ、
『そう?・・・LINEさ、交換しててもいい?』
「いいよ」
『たぶん、あんまり連絡はしないとは思うけど』
「私もそんなにマメじゃないから」
『んじゃ、何かあったら連絡する』
「そうね、まあ、また駐車場で会うだろうし」
『そうだな~』
部屋を出て会計を済ませ、二人は店を出た。日が暮れて
「『 久々だったなー 』」
何がとは言えないが、若い頃に馬鹿をしていた感覚の事だろうか。二人は充足感を得て、それぞれ
帰宅後、香苗は軽く1人分の夕食を作り、味などどうでもいい様にそそくさと済ませた。シャワーを浴び、濡れた髪をタオルで拭きながらバスルームから出ると、テーブルに置いておいたスマホに1件のLINEが入っていた。
海斗からだ。可愛い犬のイラストで〝こんにちワン!〟と、スタンプが送られている。香苗は「やっぱり犬っぽい・・・」と、苦笑しながら独り言を
〝ありがとう〟と描かれたスタンプを返すと、すぐに既読が付き、メッセージが入ってくる。
« 今日はありがとう! »
< こちらこそ >
« あの後、帰ったらさ、嫁、すげー機嫌悪かったけど、謝ったらすぐに機嫌直った »
< あら、良かったねー! >
« ちょっと安心した »
<ん、音
« そだね、音楽自体は別にいいって、落ち着いて言ってたし »
< まあ、夫婦の譲り合いってやつ? 平和が一番なんでしょ? 知らんけど >
« んーでもなー »
< なに? >
« なんでもないや。それより、ありがとうな。すげー楽しかった! »
< こちらこそ、久々に楽しくてスッキリしたわ >
« 初めて会った人と、カラオケ行くと思わんかったw »
< 私もよw びっくりしてるw >
« そっちもさ、変な男の事なんか忘れちゃえよ »
< 歌いまくって忘れさせてもらったから、大丈夫 >
« そか、それならいいけど・・・また行こうな »
< そね、楽しみにしてる。それじゃ、おやすみ >
そこまで送信すると、眠っている犬のイラストで〝おやすみ〟とスタンプが返ってきた。香苗は少し吹き出し「やっぱり犬だわー・・・」と、また独り言を言った。
・・・
それからというもの、二人はそれぞれに駐車場に来ると、わざわざ周りを
今までと変わりは無いはずなのに、意識すると気づくものなのだなと、海斗はしみじみと感じ入る。
仕事が終わって駐車場に着き、香苗の車があるときは、私服に着替えた後に、電子タバコを2回分ほど吸うくらいの時間は待つようになった。香苗も同様に、海斗の車を見かけると、煙草を吸いながら海斗の車を眺め、人影が現れるのを少し期待する。
そうして過ごしているうち、顔を合わせる度に世間話をし、時間が許せば歌いに行くようになった。以前のカラオケ屋に行くこともあれば、香苗の車に乗り込んで走らせ、CDに合わせて歌うこともあった。
海斗の車に香苗が乗ることは無い。
・・・
その日、二人は同時刻に仕事が終わり、駐車場で顔を合わせる事ができた。海斗はいつもの軽快さで話しつつも、顔に疲労の色を
「ずいぶん疲れてそうね、どしたの?」
『え、そう見える?』
「見えるけど」
『えー・・・隠せてないのかー』
「隠せてると思ってる事に驚くんだけど」
『職場では隠せてたんだけどな・・・』
「周りも鈍感ね」
『香苗が敏感すぎるんだよ』
「まあいいから、何があったのよ」
『何があったってわけじゃなくて、んー、ここ最近な、なんか、同僚と微妙に上手くいかなくてさぁ・・・』
「あらま」
『話が噛み合わなくて、変な空気でさ。仕事、今は
「そうね、最近見なかったから」
『疲れてくるとさ、独りで余計な事、色々考えちゃってな。家族の事とか、将来の事とか・・・
「ああ、なるほどね・・・」
『考えてても仕方ないとは思ってんだけど、そんな事、嫁にも言えねぇし・・・うちじゃ、無理やり元気でいるから、疲れてきた』
香苗は、それだけでは無いことを感じた。きっかけはそれだとしても、それが引き金になって、全てにおいて自分を否定するという
海斗が無理やり作る笑顔は、今までになく深く淋しげに見えた。
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