【 Action 】

 いつも使っている駐車場で奇妙な意気投合いきとうごうをした海斗と香苗は、カラオケ屋に行く流れになった。数時間ほど歌えばストレス発散されるに違いない。


 海斗は行き先を決めようと、よく行くカラオケ屋に香苗を誘った。


『俺、この近くのカラオケ屋によく行くんですけど、そこでどうです?』


「あの青い屋根の? いいですね、私もそこは仕事帰りよく行くんで」


『え、カラオケ行くんですか?一人で?』


「そうですけど、なにか?」


『あ、いや・・・』


「そんな感じしないです?」


『えーと、うん、しないですね』


「素直におっしゃいますねぇ・・・」


 香苗は苦笑しながら答えた。


 普段の香苗はあまり抑揚よくようが無く、冷たい印象を持たれがちだ。仕事帰りに一人でウキウキしながらカラオケ屋に向かう姿など、誰にも想像できないだろう。


 本当はハードロックも大好きで、思いのほか大声が出ると知ったら、目の前のこの人はまた驚いてしまうんだろうなと、香苗は心の中で小さく笑った。


 それぞれの車に乗り込み、2台で連なるように走らせ、近くのカラオケ屋に向かう。見慣れた青い看板が見えてくるとゆっくりと左折し、カラオケ屋の狭い駐車場に入っていった。


 隣合うように車を停め、それぞれの車から降りる。さっきまでは窓越まどごしに話していたから意識しなかったが、いざ近付いて向かい合うと、なんとなくの照れと気恥きはずかしさにつつまれた。


 二人は照れ笑いを浮かべながら、少しだけ距離を取って横に並び、入口へ向かう。入ってすぐの受付カウンターの前に行くと「お願いします」と言いながら、二人同時に、用意していた会員カードを店員に差し出した。


 思わず顔を見合わせて、同時に吹き出す。


『俺たち、やっぱり似てますね~』


「ほんとにね」


『逆に、今まで遭遇しなかった方が変かも?』


「まあ、どっかですれ違ってるかもですけどね」


 顔をゆるませて笑う二人を前に、店員は「どちらで受付しますか?」とあきれたようにたずねる。慌てて海斗が会員カードを差し出し直した。


『とりあえず2時間・・・で、いいですか?』


 海斗は横を向きながら、香苗にもたずねる。


「そうですね、丁度ちょうどいいかと」


 香苗の答えを聞いた店員はテキパキと受付処理を開始し、2つのマイクとフリードリンクのコップ、伝票をカゴに入れて渡しながら「2階のお部屋になります」と促した。


 灰皿が入っていない事に気付き、香苗が「灰皿お借りしても大丈夫ですか?」と店員に訊ねると、全室禁煙になった旨と各階に設置してある喫煙所の場所を伝えられた。


 海斗と香苗は、フワフワとした不思議な安堵あんど高揚感こうようかんを持ちながら、指定の個室へと向かう。途中で海斗が香苗に話しかけた。


『そういえば、さっき灰皿貰おうとしてたけど、煙草吸うんですか?』


「あ、はい、メンソール吸いますよ」


『あ、似合いそう!俺も前は紙煙草かみたばこでしたよ、電子タバコにしましたけどね』


「あー、今、変える人多いですよね」


『まぁね・・・』


 指定の部屋に着いて分厚ぶあついドアを開けると、入口側が空くように、コの字に革のソファが並べられている。照明が少し暗めに調整されており、小さく音声案内おんせいあんないが流れていた。


 カラオケルームとは、少し奇妙な空間だ。昼間なのに薄暗うすぐらく、入ると防音のせいか、世の中から遮断しゃだんされるような感覚におちいる。


 そして、部屋に入ってから、二人は気付いてしまった。


 さっき知り合ったばかりとはいえ、ここには男女二人しかいないのだ。テンションが上がって歌いに来ただけとはいえ、年甲斐としがいもなく、先程より更に気恥きはずかしくなってきてしまった。


 ぎこちなくしゃべりながら、テーブルを挟み、対面たいめんでソファに座った。少しの距離に安心してから、変に意識してしまう事を振り切るように、〝あ、飲み物取ってきますね!〟〝デンモク、2つ起こしときますね~〟〝音量とエコー、どのくらいにしましょうか?〟などと、わざと明るく振舞ふるまった。


 歌う準備も落ち着き、再び気恥きはずかしさがよみがえった二人は、それぞれ手にしたデンモクに目を向けて曲を選び始めた。同世代ということもあり、とりあえずは二人とも分かる曲でもと、若い頃に流行った歌などを選んで交互に1曲ずつ歌い出す。


 最初は遠慮がちに歌うが、互いに相手の反応をチラリと伺うと、聴き入って楽しんで貰えてる事が分かる。安心して歌い続け、声を出すうちに少しの緊張はほぐれていった。


 敬語混ざりだった口調も、だんだんと友達に話すものと同じになり、自然と呼び捨てになるような気楽さが芽生えてくる。


 ここはもう思い切り楽しんだ者勝ちだと、ドリンクバーで持ってきたジュースで喉をうるおしつつ、競うように歌い出した。


 海斗は甘く感情の込もる歌声を持ち、ロックバンドや男性シンガーの綺麗な曲を得意とする。メロディに乗せて的確に歌い込む様はプロの歌手のようだ。


 香苗は少しのクセがあるが、普段の抑揚よくようの無さからは考えられない位、良く通る歌声でアップテンポな曲を歌う。多少の音のズレは個性と思えるほど。


 ああ、この人、歌うの上手いんだな。


 お互いを認める空気が流れ、ほんわかとした居心地の良い仲間意識が生まれてきた。


 こんなに急展開で、人と仲良くなった事が今まであっただろうか?長いことうわつらで生きてきた二人は、純粋に楽しめている自分たちに驚いていた。


 歌い出して小一時間が経ったころ、どちらともなく休憩する感じをかもし出した。二人とも若くはなく、連続して歌ってはいられない。身体からだの衰えを感じつつ、曲の予約を入れるのをやめてマイクを置く。


 キリの良い所で、香苗は海斗に、喫煙所に煙草を吸い行こうと誘った。喫煙所には他に誰もおらず、なんとなくお互いの身の上話を始めた。


 愛していた男に捨てられ、男性を信用出来なくなった事。独りで生きていこうと思うが、今日だけはどうしても気分が浮かなかった事。


 妻とつまらない喧嘩をしてしまった事。それをきっかけに、気付かぬうちに抑えていた不満が少しだけ吹き出し、怒りが収まらなかった事。


 他人からみれば、取るに足らない馬鹿らしい理由だろう。だが本人達からすれば大きな問題。それをなんとなく理解し合うことができたがゆえ、耳障りの良い言葉でなぐさめあった。歌声にかこつけて。


「海斗には魅力があるよ。甘くて切なくて、すごい素敵な声だからさ、ずっと聴いて居たいわ」


『香苗だってさ、強くてかっこいい歌じゃんか。なのに綺麗な感じもあるし。そういうの好きだよ』


 そんな事を話していれば、友達というくくりでは表しきれない、若い頃には確かにあった幼い感情が沸き上がってくる。今日はじめて喋った相手なのに。


 勘違いしてはいけない、たまたま利害が一致して、楽しんでるだけ。それは理解している。だからこそ、嵌っていくように心地が良い。何かが足りないと思っていた所に、互いに甘やかす言葉が沁みて満たされていくようで。


 ただし、立場を考えれば口に出す事が宜しくは無い事は、大人ならすぐに分かる。


 居心地の良い関係に、責任なんか不要だから。


 話が途切れると、部屋に戻り、ストレスを振り切るようにワチャワチャと、若い頃を思い出しながらまた歌い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る