【Light】
海斗の話を
思ったより無表情の自分に、目付きを鋭くする。
不器用に自分を追い詰める海斗の想いに、香苗はそのまま手洗い場の
海斗の独占欲が強い事はよく分かっていた。だからこそわざわざ、心の深い場所に触れる事を拒絶していたのに。
それなのに、それなのに、心配という
「
思いがけず、つるりと漏れ出た自分の言葉に、香苗はハッと顔を上げた。目の前の鏡には、目を見開く自分が写る。
自分の過去を語れば、海斗はショックを受けるだろう。それが分かるから、どうあっても言う
香苗は、今まで目をた
「私は、海斗の事が……好きなのね……」
諦めとも納得ともつかない言葉を飲み込んで目を
「そんなこと、認めるわけにいかないのよ」
既婚者に
香苗はそう決心すると、冷静を取り戻す為に、手洗い場の
勢いよく出てくる水の冷たさをじっくりと感じる。
備え付けのハンドソープを手に取ると、丁寧に手を
「これで、もう、大丈夫」
ポツリと
香苗がゆっくりとドアを開けると、明らかに心配顔の海斗が声を掛けた。
『あ、おかえり……』
「ただいま。あれ、歌ってなかったの?」
『歌えるかよ』
「ふふ、そう?」
とぼけて、薄く笑う香苗が、また別人になった気がして、海斗は再び焦燥感を覚える。
『香苗……?』
海斗の呼び掛けに香苗は答えず、海斗とテーブル越しの向かい合わせにソファに腰掛け、こともなげにセリフを吐く。
「何かあったら私を助けたいって、さっき言ってたわよね」
『うん、言った』
即答する海斗に、香苗はゆったりと目を細めた。
「たしかにね、私は一人暮らしで、他に頼る所もないわ。倒れたりすれば、大変よね」
『そう、でも、香苗の事をちゃんと知れば、すぐ駆けつけたりできるから……』
「海斗はさ、私の事が分からなくて、それが出来ないんじゃないかって、不安なのね」
『そう、かな』
「それなら、私の過去の事なんて知らなくてもいいじゃない」
『うん、でも』
香苗は、続けようとする海斗の言葉を
「今のまま、居てよ」
『え?』
「友達でしょ。変わらずに居てよ」
『うん……』
「灯りでいてよ」
『あかり?』
思いがけない言葉に、海斗は不思議そうに、香苗の方を向いた。
「そう。私は、海斗をそう思ってるから」
『……そう、か。わかった』
海斗がそう答えると、香苗はまた一口ウーロン茶を飲む。海人も、全てを飲み込むように、コーヒーを一口飲み込んだ。
「そしてね」
香苗はコップを置くと、海斗の方を向かずに、ゆっくりと、言い放つ。
本心を抑える、柔らかな仮面を
「海斗の幸せは、家族にあるって事を、忘れちゃ駄目よ」
そう言い放ち、香苗は、雰囲気に合わず流れるカラオケの
海斗は、指を組んで下を向き、それ以上何も言えなかった。香苗は続けて言い放った。
「これでも私はね、海斗の幸せを願っているのよ」
『香苗……』
「海斗の事が、大事だからね」
海斗が顔をあげると、いつもの薄い笑顔に戻っている香苗が目に映る。
「海斗は、私の
『色んな意味?』
「そうよ」
『どういう、ことだ?』
「あなたが幸せでいるなら、それでいいって事」
『……わかんねぇよ』
「わかんなくていいわ」
海斗は、香苗を真っ直ぐに見つめると、静かに言い放つ。
『お前の〝本当〟って、なんなんだ?』
「……え?」
海斗からの予想外の言葉に、香苗は振り向いた。
『ひとりで〝本当〟を探してるんだろ』
「何を言ってるの?」
『だから俺が、気になるんだ?』
「何のことよ」
『家庭があって、調子が良くて、仕事が上手くいっている海斗が〝幸せ〟だと思っているんだろ』
「……ええ」
『この前〝それ以外〟を、お前にみせたよな』
「そうね」
『俺だって〝本当〟なんて、どこにもないんだよ』
「まあ……ね」
『お前は、ひとりで、それを過ごしてきたんだな』
「だからそれは」
『もう聞かない、聞かなくていい、でも』
「なに?」
『俺には、どんな過去があろうと、それを経てきた今の香苗が〝本当〟だから』
「そう……ね」
抽象的な言葉を使い、まとまらない話をしてくる海斗が何を言いたいか、香苗はなんとなく察した。
少し柔らかくなった沈黙の中、鋭くコールが鳴り響く。近くに居る海斗が受話器をとり、終わる
部屋を出て、いつものように会計を済ませた二人は、また香苗の車に乗り込み、いつもの駐車場へと向かった。
軽くなった雰囲気に、車内はいつもの無駄話が飛び交う。二人はあからさまにホッとしながら駐車場に到着し、置いてある海斗の車に、香苗は横付けする。
助手席から降り立ちながら、海斗はなんでもないように香苗に声をかける。
『な、香苗』
「どうしたの?」
『俺はさ、たしかに近くには居れない。でもちゃんと、〝友達〟として、そばにいるからな』
そう言うと、海斗は答えを聞かずに自分の車に乗り込む。それを見届けた香苗は、声に出さずに〝ありがとう〟と呟いた。
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