【Past】

性欲を出し切った海斗が、香苗の下着を汚す自分の液体を見て、我に返った。


それを凝視ぎょうししているうちに、自分のしてしまった事を痛いほど思い知る。


『俺、なんてことを…』


「いまさら、なにを言うの…?」


足をガクガクと震わせながら、海斗に抱き抱えられている香苗が、途切れ途切れとぎれとぎれに小さく呟く。


『中に出し…』


「別に…いいわよ…」


『そんなこと…! 責任、取るから…!』


伝染うつる病気も無いんでしょ…? …妊娠なんかしないから…責任とか…どうでもいい…」


『…え?』


予想外の言葉に、海斗が眉をひそめる。


「こんなこと…もう慣れっこ…気にする事じゃないのよ…」


『どう、いう、ことだ?』


自分を抱きとめる海斗の腕を掴み、なんとか立っている香苗は、うつろな目にさげすむ色を戻して呟く。


「……前に、過去を聞きたいって、言ってたわよね。はは、教えてあげようか」


狼狽うろたえる海斗に、息を整え落ち着いた香苗は、海斗を横目で眺め、吐き捨てるように話を続ける。


「私、若い時の病気で不妊なの」


『そう、なのか…』


「ふふ、そのせいでね? 結婚するつもりで長年付き合ってきた男の家族に反対されて、喧嘩も多くなって。結局は別れたわ」


『…なんだよ、それ』


「自分の家族にも、なぜか責められてさ。自暴自棄になってたら、知らない男に声を掛けられて思わず付いていった。そしたらね、そのまま何人かに犯された」


『な……!』


「押さえつけられて、無理やり入れられて、写真を撮られて。これからも大人しくまたを広げろってさ」


『なん…で……』


「呼び出されては、代わる代わるね。お金でも取ってたのかしら? 痛くても、傷ついても、腫れても…ガキが出来なくて便利だからって。何年続けたんだろう」


『なん…それ…ひど…い…』


「そのうちね、誰かの処理係になる事しか、自分に価値が無いとも思い込むようになるの。なのに、歳をとったら見向きもされなくなって。使い捨てられたのね。残ったのは出来損できそこないの身体からだだけ」


『ちがう……!香苗はそんなんじゃない!』


「それから、甘い言葉で優しくしてくれた男に引っかかって、多額を貢いでそばに居てもらってた。ああ、それは最初に話したっけ。あっさり捨てられたって」


『香苗、そんな…そんなこと…!』


「今度は、家庭第一の優しい優しい男に、所有物にされる為に犯されたって所ね。あはは」


『俺…が…』


話し終えた香苗は、海斗の腕を優しくゆっくりとほどき、汚れているのも気にせずに、無理やり下げられた下着とストッキングを引き上げた。


ブラウスの首元を整え、車に寄りかかりながら海斗に向き直る。


優しく手を伸ばし、子供に服を着せるように、だらしなく乱れた海斗の下着とデニムを整え、ファスナーを上げた。


その後に海斗を見上げる香苗は、静かな笑顔へと表情が変わっていた。


「でもね? それは私の事情。大丈夫よ、海斗には関係ないし、悪くないわ。この前だって私からさそったんだしね。今だって、何も無かった事にしよう?」


『ちがう! 俺が、俺が…!』


「何も無ければ、何も無い。前にも言ったでしょう?」


『無かった事になんて、できない…!』


「そう… なら、ただ生理現象を発散しただけって事で」


『そんなことが、目的じゃない…』


「どうして、そう意固地いこじなの?」


『だって、俺が悪いから…』


「淋しくて怖くて、無理やりにでも自分のものにしようとしたんでしょう?」


『俺は……ごめん…ごめん…』


香苗はゆっくりと左手を伸ばし、項垂うなだれる海斗の、ふわりとした髪を優しくなでる。海斗は驚き、目を見開いて顔を上げた。


「そっか、ごめんね。私が海斗をけ続けてしまったから、不安にさせちゃったのね」


『香苗…?』


「気持ちがある分、今までより、断然マシな犯され方だったわ、むしろありがとう。ほら、ちゃんと忘れようね?」


『そんな…なんだよ…なんなんだよ…!』


香苗は両手で海斗の頬を優しく包み込み、しっかりと目を合わせる。呆然ぼうぜんとする海斗に、更に続ける。


「海斗を〝灯り〟だって言ったのは、私には絶対に出来ない、幸せな家庭を作り上げているからよ」


『そんな意味だったなんて…解らなかったんだよ…』


「とても大事なんでしょう? 大切にしないとね。それに対して、私の過去なんてクズで気持ち悪いばかり。貴方に嫌われたくなくてね。そういう事で、話したくなかった」


香苗はそう言うと、クスクスと笑いだした。


自らの汚れた過去をさらけ出し、幸せな家庭を持つ海斗との落差に可笑しくなった。


そして、そのままくるりと、海斗に背を向けた。


その様子が、海斗には、見えない溝が現れたように思えてしまった。


急に笑い出す香苗をすがるように抱きしめ、その頭に顔を埋めながら、はらはらと涙をこぼす。激しい後悔が押し寄せた。


自分がした行いを。


香苗の過去を言わせてしまった事を。


過去の男たちと同じことをしてしまった事を。


勝手な想いを、無理やり受け入れさせた事を。


香苗が自分を恨みもしない事を。


香苗が、全てを自分のせいにしようとしている事を。


誰も傷つかないよう、何も無かった事にしようとしている事を。


『ごめん……香苗ごめん……大事にしたいのに、また傷つけた……ごめん……好きだ……ごめん……』


香苗を抱いたまま、声を殺して泣き続ける海斗は、己が無数に付けた痕がある香苗の首筋に、優しく何度もキスを続けた。


愛情なのか、罪滅ぼしなのか、それすらも分からないままに。


香苗はそれを受けながら、泣くこともできなくなったうつろな目に戻り、何も出来ずに空を見つめ、腕をダランと降ろして呟いた。


「なんで、貴方が、泣かなきゃいけないのよ……」

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