You are my “friend“ ~SONG:きみはぼくのともだち~

【Revival:side cigar】

一体、何年ぶりだろう

満ち足りた気持ちがずっと続くのは。


車のキーを取り、〝いってきまーす〟とリビングに向かって声を掛ける。れとした顔で玄関のドアを開ける。


朝の光のまぶしさが自分に降り注ぎ、一瞬だけ祝福を受けた様な気分になる。


庭先にある自車のロックを開けて運転席に乗り込み、エンジンスイッチを押す。かすかなエンジン音を感じると、電子タバコのスイッチもいれて助手席に転がし、ハンドルを握ってゆっくりと発車した。


前を向いて運転したまま、加熱が完了した頃を見計みはからって、左手を伸ばして電子タバコをつかみ、そのまま大きく吸い込む。


仕事に行かねば、という面倒な気分と一緒に、水蒸気を吐き出す。


途中の赤信号にひっかかり、ちょうど吸い終わったスティックを抜きとって、ゴミ箱に放り投げた。


数日前


俺は初めて、愛する家族を裏切った。


いつも使っている駐車場で偶然知り合った女性と意気投合し、お互いを少しずつ知るうちに仲間意識が芽生え、少しだけ本音を話し合うようになった。


いつも冷たい印象のその人は、根拠の無い弱音よわねを吐いた俺に、優しく慈愛に満ちた笑顔を向けた。


甘えるように求めると、頭を撫でながら受け入れてくれて、俺に身体からだあずけ、全身で慰めてくれた。


久しぶりの、感覚だった。


いつも誰かを守っている俺が、守られている様な感覚。俺だって甘えてもいいんだという安心感。


だが、家族にだけは絶対にバレてはいけない。俺は家庭を壊すことは望んではいない。一番愛しているのは家族、それは揺るぎない事実。俺がもっとも大事に守るべきもの。


それなのになぜ、罪悪感が無いのだろうか。


いつもの俺なら、上司にさそわれる飲み会や友達との付き合いに参加すれば、家族の幸せそうな顔がチラつき、早く帰らねばという強迫きょうはくに似た気持ちがき上がる。


なのに・・・


この事は後悔すらしておらず、むしろ心のどころとして、大事にしたいとさえ思っている。胸のあたたかさが増し、鬱々うつうつと正体不明の不安をかかえていた事すら忘れ、前向きになれている。


不貞を働いてしまったという事実にさえ目をそむければ、これまで以上に平穏な毎日を過ごす事が出来ているのだ。


愚かと言えば、愚かなんだろう。


何かよく分からない特別感が身体からだに満ちている、不思議な錯覚。だからと言って誰でも良い訳では無い。


その女性じゃないと考えられない。


気に入った玩具おもちゃた子供のような独占欲。

その感覚近いのだろうか。

それが、冷たい様で本当はあたたかい女性というだけ。


ああ、馬鹿だな、俺は。

理解していて、独り占めしたくなるんだ。


いつもの駐車場に着き、会社から指定されている番号にめた。毎朝の日課である、私服からツナギへの着替えを済ませ、背伸びをしながら運転席から出る。


その時に、見知みしった車の方へ目を向けてしまう。


あの女性は・・・香苗はもう来てるだろうか?


駐車場の奥の方、めづらそうな一画いっかくにポツンと白い軽自動車があるのが見える。中に人影は見えず、すでに仕事場へ向かったであろう事が見て取れる。


それを悟った瞬間、少ししらけてしまった。


もう少し待っててくれてもいいのにさ。

本当に、いつもは冷たいよな・・・


少しの喪失感を覚えてから、そんな自分にハッとした。〝なんで俺は、こんな事を考えているんだ?〟と自問自答し、焦りを覚えた。


今のは・・・独占欲だけじゃなかった。

違う感情だった。


駄目だろうがよ、俺・・・


あの時は、ただただ俺が弱っていて、それを見兼ねた香苗がなぐさめてくれただけで。俺の事なんてなんとも思ってないだろうし、そんな事思うこと自体、迷惑になるじゃないか。


そして、俺自身だって、一番愛しているのは家族。香苗をほっした所で、何かをしてやれるわけじゃない。冷静に考えればそんな事、直ぐに理解できるのに、なぜこんなにも香苗の事が頭から離れないのか。


〝一番愛しているのは家族〟なんだから。



・・・〝一番〟?



〝唯一〟では無く?



止めよう。そんな事に気づいた所で、混乱するばかりだ。香苗は、偶然出会って歌という共通項で意気投合した、大事な〝友達〟だ。


それが一番、幸せなんだ。


ああ、こんな歳になって、大事なものを守らなきゃいけない立場で、もう捨てたはずの幼稚な感情をもってしまった。


それが嬉しいと感じる自分が、一番の悪者わるものだな。


様々な思考が頭をよぎるが、白けた表情を瞬時に隠し、会社へと歩いていった。


いつもの従業員入口から入り、いつもの自分のデスクにバッグを置いて、いつものように給湯室でコーヒーをれてくる。


デスクに戻って片手でコーヒーをすすり、今日の業務予定の資料を確認しつつ、始業の時間を待つ。


事務所に入って来た後輩に笑顔で挨拶を返しつつ〝今日は仕事が詰まりそうだな〟と思いながら残業を覚悟した。


残業か・・・

香苗も年度末で忙しいと言っていた。

もしかしたら帰りのタイミングが合うかもな。


そう思い、またハッとした。


残業をなげくより、先に感じた、香苗と会えるかもしれないという淡い期待。まただ。なんでこんな事を考えてしまうんだ?恋愛感情なんて持ってはいけない立場なのに。


・・・


〝恋愛感情〟?


ああ・・・はっきりと自覚してしまった。

無意識に気付かないようにしてたのに。


〝これは恋心なのだ〟と。


駄目だ・・・


〝友達〟でいないと・・・


壊れちまうだろ。

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