【 Mischief:side cigarette 】
いつもより
かといって、今まであった出来事は消せやしない。勝手に浮かんでくる思い出達は頭の中を占拠し、好き勝手に暴れていく。
こんな時、こちらの都合などお構い無しに、次から次へと舞い込んで来る書類はむしろ
男の事を振り払うように没頭し、気が付けばもう3ヶ月が経っていた。
〝男性など、私には不要だ〟
足手まといにしかならない。頼る必要も無い。
そう思い込んでは、助けてくれと、何かに
期待などした所で裏切られるばかり。
(自分にとって、自分が一番信頼できる物。そうやって、自分を守るしかないんだ。)
・・・
今日は、その男の誕生日。
何度も何度もする
(このタイミングで少しでも貢げば、また戻れるんじゃないか?)
・・・そういう思考に至る自分はまだ狂っているぞと、理性が教えてくれる。連絡をしたい気持ちを押し殺し、やめておけと言い聞かせてくれる。
だからといって、気分は全くもって晴れる訳では無い。目の前の書類の数字を振り分ける事すらできず、ボールペンを持ったまま、何も意味が入ってこないPCのモニターを見続ける。
(駄目だ・・・もう嫌だ・・・耐えられない)
(仕事を早めに切り上げよう。これじゃ、仕事がままならない。どうせ間違えて、後でやり直すのよ? なら、帰った方がマシ。)
自分への言い訳を、頭の中に並べる。
(そうだ、ドライブでも。煙草を吸って、好きな所へ運転して、大好きなハードロックを流しながら大声で歌おう。)
少しでも気が紛れる方法を探す。
(そうしよう、それがいいわ)
意識が変われば、少しは集中力が
その日の、最低限のタスクだけを手早くこなして、隣にいる同僚へ、〝少し体調が悪い・・・〟と告げる。
いつもは体調不良を訴えない私に、同僚は心配顔で頷いた。上司への早退報告に、援護してくれる。
(少し早く帰るくらい、何の罪にもならないわ。)
足早に早退できたのは、15時頃だろうか。
会社を後にしても、
今にも叫び出したい、そんな気持ちを抑えながら、少し離れたいつもの駐車場に、救いを求めるように足早に向かった。
いつも車を停める場所は、その駐車場の中でも奥まった場所にある。置きにくいからか、あまり人が停めない所だ。
駐車場の入口から歩行者用通路に入って、自車を目指して歩く。少しずつ遠目に見えてくるそれに、その日は珍しく、左隣に車が止まっていた。
思わず顔を
会社から開放されたと思ったら、少しは自由だと思っていた場所に他人の車がある。身勝手な言い分とは解りつつ、
(なんで、こんな所に停めるのよ。もっと他に停める所、あるでしょうに。)
(わざわざ人を避けているのが分からないの?空気を読みなさいよ、ふざけないで。)
いつもより荒んでいるせいもあり、頭の中で
あと少しという所である事に気付く。
隣に停まっている車から、男性の声で、
(なるほどね、奥まった所に停めている理由はこれか・・・。)
(それにしてもここまで聴こえるって、随分と大きい声で歌うのね。窓が開いているんじゃないのかしら。恥ずかしげもなく、よくやるわね。)
無言の
聞こえてくるアカペラは、意外なほど綺麗な歌声をしていた。
ここから中に人影を見ることはできない。恐らくシートを倒し、横になっているのだろう。
少し興味が出てきた私は、それ以上近づくのを控えた。他人が近づくのが解ったら、歌を止めてしまうだろうと思ったから。
手頃な塀にもたれかかり、少しの間目を
頭に染み込んで、冷たく
何曲か聴いた後、立っている事に疲れ、あまり音をたてないように気をつけながら再び自車へと近づいていく。自車の運転席側のドアの前に着くと、左隣の車の中を、チラリと覗いてみた。
案の定、中にいた男の人は運転席のシートを全開に倒して横になっていた。アイマスクをしており、片耳だけのイヤホンをして、足を組んでプラプラとさせ、指で軽くリズムを取りながら、まだ大声で歌っている。
(視界を
こちらに気づかずにまだ歌っている男性を横目で眺めているうちに、ムクムクと
「歌、お上手ですね」
抑えきれず、半開きの助手席側の窓の外から、声を掛けてしまった。
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