【 Encounter:side cigarette 】

 中にいた男性は、私の声に、ビクッと体を震わせ飛び起きた。あわててアイマスクを外して、こちらを見る。


目を見開いて、分かりやすく驚いている。


 その様子が面白くて思わずニヤついてしまいそうになるが、わざとらしい静かな笑顔に変えた。


『え? あの、聴いてたんですか?』


「はい、けっこう響いてましたもので」


『え・・・そんなに?』


「ふふ、ずいぶんと熱唱されていましたね」


『いや、え? まさか、待って下さい・・・』


「すみません、実は、結構けっこう前から聴いてました」


『ああ~!そうなんですか・・・やだなもう・・・すみません、お恥ずかしい・・・』


 俯いて右手で顔をおおい、大袈裟おおげさに恥ずかしがる男性を見て、少しからかい過ぎたかと反省した。


(フォローするわけではないけど・・・なんかやり過ぎた?話題を変えようか・・・)


「別に、恥ずかしい事は無いかと思いますが」


『はい?』


「人目を避けるように歌ってらっしゃるから、何かあるのかな、とは・・・。お邪魔にならないように、気をつけてたつもりだったんです。」


『あ、いえ、まあ・・・』


「でもごめんなさい、私の車が隣なもので、どうしてもね」


『あ・・・移動させた方がいいですか?』


「いえ、大丈夫ですよ」


『そうですか・・・はは、ははは・・・』


 こちらの話にどうしていいか解らないのか、とりあえず苦笑いするしかない様子の男性。


それを前に、先程の歌声を思い出した。


暖かい歌声がまた欲しくなってしまい、つるりと言葉がれた。


「あの、もう少し歌っていて貰えませんか」


『は?』


 苦笑いしていた男性が、急に怪訝けげんな顔に変わる。


随分ずいぶんと表情がコロコロ変わる人だなと、興味深きょうみぶかく感じる。


「ああ、すごく素敵だなと思ったので、もっと聴きたいなと」


『え、あ、え?』


「・・・あー、ごめんなさい、変なこと言っちゃいましたよね、気にしないでください」


『いえ、そんな事は!・・・あまり褒め慣れてないもので、ちょっと驚いちゃって』


「そうなんです?」


 表情はすぐに変わるし、反応が素直で、とても可愛い人だと思う。


さっきまで別の男の事で荒んでいた気持ちに、少しだけうるおいを取り戻すような感覚が身体からだに流れ込んだ。


『この時間に人が来ると思わなかったから、少し気を抜いてしまっていて・・・』


「まあ、普通はそうですね」


『お察しだとは思うんですが・・・仕事をサボってるんですよ、あまり良い事じゃないから』


「へぇ」


『だから、その、褒められるのも少し違うような気がして』


「・・・それはお互い様ですね」


『お互い様?』


「ふ・・・私もサボってるんですよ」


『え、そうなんですか?』


「普段はしませんよ?」


『まぁ、そうそうは・・・』


「どうしても耐えられない事があったもので」


『・・・そこも同じですか』


「同じ・・・? へぇ・・・?まあそれで、車を走らせながら鼻歌でも歌おうと思ったんですよ」


『ははは!俺と似たようなもんですね!』


 目尻にしわを作り、くしゃりとした笑顔になった。

 なんて言うか・・・犬みたいな人だ、良い意味で。

 思わず頭をでたくなってしまう。


 会話をしていくうちに少しずつ、自分も口が軽くなる事を感じていた。


人に対してそうそう警戒をかない私にはとても珍しい事。


それもそうだろう、初めて会ったとは思えない程、堕落だらくした状況が同じなんだから。


(秘密をばらし合う感じ?)


 話がどんどんと弾み、軽く名乗ったり、どこで働いてるかなんて話し合ったり。聞けば、1歳しか年齢が変わらない。


音楽の趣味は全く違ったが、聞いた事が無いけど良い歌だと思ったと感想を言えば、嬉しそうにアーティスト名を教えてくれた。


 若い頃に流行った歌を、向こうがからかうように口ずさんでくれば、こちらも負けじと口ずさむ。なつかしさが高じて、自然と盛り上がっていった。


 なんとなく鼻歌でも歌うつもりだった2人が、偶然にもこの限られた駐車場で、仕事をサボって懐メロで盛り上がるこの状況。不可解ふかかいではある・・・


が、渡りに船とは、この事じゃないの?


 どちらからとも無く言葉が出る。


 〔折角せっかくだから、歌いにいきませんか?〕


 そんな事を言える自分に、少しだけ驚いていた。いつもは初対面の人をさそうなど絶対に有り得ない。慣れた人だって一緒に居るだけで息が詰まるのに。


 それに、自分達を何歳だと思っている?


30代後半、もっと落ち着いていていいはずだ。もう少し警戒心を持ち、大人としてのたしなみも、遠慮えんりょも知っているはず。


「知らない人について行ってはいけません」なんて、とっくの昔に教わっていたはずなのに。


 それでも、なんとなく感じた事。

 この機会を逃したら、きっと後悔する。


 ナンパというには軽快さが足りず、運命と言うには全くもって重さが足りない。ただただ、独りより、二人で居る方が少しはマシだろうという、無責任な出会いを果たした。

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