【Ambush】
次日の朝、海斗がいつものように駐車場に着き、割り当ての場所に
『あ…れ? まだ、来てないのか』
前日に香苗に会うことが叶わなかった海斗は、香苗の車が無い空間に向かって、思わず言葉をこぼしてしまう。
(なんだよ…もう少しだけ待つか)
いつもの様にツナギに着替えると、助手席に転がしている電子タバコを掴み、リフィルを詰め込んでスイッチをいれる。
加熱完了を待つ時間にすら、不安と
完了の振動が来ると、たまらず
(香苗と、もう、会えない…?)
消えゆく水蒸気を眺め、そう思いこんだ海斗は、更に焦燥感に
『…なんで!なんなんだよ!』
思わずハンドルに
(頼む……)
ハンドルにもたれながらも、出勤時間が迫り、海斗はまた重い足取りで、会社へと向かった。
持ち前の
妻が用意してくれた弁当を昼休憩に食べ、少し目を
いつもの事を過ごすだけ。そして、香苗を逃すまいと駐車場へと
だが、白い車があるばかりで、香苗の影は現れない。
焦る海斗が、香苗にLINEを入れるも、いつの間にか既読が付くばかりで返事はない。
(見てはいるのに、返してこない……?)
強まりゆく独占欲と焦燥感で、海斗の
『俺、
確実に、香苗は自分を
間違った事はしていないのに、香苗を傷つけた。
そう思うことすら、社会では間違っているのに。
それが事実だ。
海斗は八つ当たりに、
2週間後。
午後8時。
フレックス制には慣れたが、同僚との業務引き継ぎが上手くいかない香苗は、顔から疲労を隠すことが出来ていない。
慣れない仕事に、書類が少しずつ蓄積されていくが、事務負担を減らすための働き方改革という名目で提案した以上、残業をするわけにもいかない。
同僚への伝達メモだけを残して会社を後にし、駐車場へと、なんとか身体を引き
(ああ、なんでこんな面倒な事を仕掛けてしまったんだろう)
海斗に会いたくないという
(まあ慣れて、やり方さえ確立できれば……)
そんな事を考えながら自車を目指して歩くと、いつもは空いている隣に、青い車が停まっているのが見えた。
最初に海斗に出会った時の、車の配置。遠目から見えるその運転席には、あの時と違い、動く人影が見える。
「嘘でしょ……」
思わず
(今更、顔を合わせるなんて無理)
相手から見えない位置で立ち止まり、なんとか
(さっさと乗って、出ればいいか)
そう腹をくくって、香苗は自車に近付く。もうすぐドアに手がかかるという所で、予想通り、青い車の運転席から人影が勢いよく降り、香苗に声をかけた。
『香苗!』
その人影、海斗が、少しの
『久しぶり』
声をかける海斗に答えず、目を合わせず、香苗は運転席のドアを開けようとした。
『なあ、待ってくれ!』
香苗を
「痛い」
『あ、すまん…』
パッと腕を離す海斗に、ため息をつきながら
「こんな時間まで待ってたの?」
『だってお前、全然会えないし、連絡も返さないし……』
「仕事の時間が変わったの。仕方ないでしょ」
『だからって、連絡くらい! 既読無視ばかりで!』
「海斗は、ご家族と連絡が取れれば、十分でしょう?」
目を合わせず、冷たく言い放つ香苗に、海斗の表情は暗くなる。
『そうじゃねぇだろ…』
「貴方の幸せの邪魔はしたくないって言ったわよね、私。こんな時間まで家に帰らないなんて、良くない事だわ」
『そうじゃない』
「何がよ」
『なんで、そんな事言うんだよ』
「本当の事だから」
海斗がキッと香苗を睨み、唇をかみしめて、続ける。
『じゃあ……じゃあ!なんであの時、お前は泣きそうだったんだよ!』
顔を向けることなく、香苗が横目でチラリと海斗を見る。
「あの時って?」
『この前、モールで…』
「知らないわ、人違いじゃない?」
明らかにしらばっくれる香苗に、海斗は下を向き、肩を震わせる。
『あれは、お前だった…! 間違えてない…俺が、香苗を、
「知らないと言ってるでしょう?」
『悲しそうだった!泣きそうだった!そんな香苗は、見たことが無かった!俺が…俺がそうさせた……!』
またひとつ、大きくため息をつくと、香苗は口を開く。
「そうね、暖かくて、幸せそうだったわ」
『やっぱり……そうじゃねぇか……』
「見てるこっちが泣きじゃくるくらい、幸せそうだった。とても安心したわ、これからもそうしてね」
驚いた海斗が顔をあげると、香苗の、静かに
この顔は、誰に向けてのものなのかと、海斗がゆっくりと顔を横に振る。
『お前、なんで、そんな顔してるんだ……?』
「はい、そういう事で。疲れてるから帰るわ。心配かけないように、海斗も、早くおうちに帰らないとね? ねえ、パパ?」
苦しそうな表情の海斗に、香苗はからかう口調で、しかし冷たく言い放った。
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