第14話:ムショ帰りの極道、墓前で幸せを誓う

 もし卯ノ花組が再興していたとしても戻りたいとは思わない。


 チャイムが鳴ったあの日、俺は生きる目的を見つけた。新しい人生を手に入れた。


 今度こそ真っ当に生きていく。


 そう決意できたから、ここに来ることができた。



「親父、来たよ」


 大親分が入っているとは思えない、卯ノ花家歴代当主が眠る古くて小さい墓。


 供えてある花はまだ新しい。捨てるのはもったいないから一緒に入れさせてもらう。


「遅くなってごめん」


 線香に火をつける。


「色々と忙しくてさ」


 線香を振って火を消す。


「今は娘、と一緒に暮らしてる」


 細い煙が天にのぼる。


「生まれて初めて、普通の生活してる」


 返事はこないと分かっていても、話しかけずにはいられない。


「なぁ親父。俺、真っ当に生きてるよ」


 サァァと風が通り抜けた。



「こんにちは」


 振り返れば、先日も会ったあの子が立っていた。

 

「生前は祖父が大変お世話になりました。また長きに渡るお務めご苦労様でした。卯ノ花家六代目当主として御礼申し上げます」


 そうか、この子が当主の座を継いだのか。


「卯ノ花組は君が継いだのか」

「いいえ。私が継いだのは卯ノ花家だけです」

「組の連中は?」

「ウチの不動産会社で働いています」


 卯ノ花組の表家業は不動産業だった。卯ノ花家がここら一帯の大地主だからだ。


 表家業だけは残して行き場のない連中を社員として雇用したのか。


 よかった。

 誰も辛い思いをしていないんだな。

 本当によかった。


「今日は五代目があなたに残した言葉を伝えに来ました」


 俺に?最期のお説教か?


「「俺への恩返しはまだ終わってない」」

 

 おいマジか。

 そりゃそうだけど、そんな言葉残すなよ。


「「幸せになれ。それが最後の恩返しだ」」


 バカだな、親父。

 大事な文字数を無駄にしすぎだろ。


 ずっと幸せだったよ。

 息子にしてもらってから、ずっとずっと幸せだったよ。

 親父がいてくれたから幸せだったんだ。

 

「幸せになれって言うなら、生き返ってくれよ……」


 視界が霞む。頬に水滴が伝う。

 雨が降ってきたのかもしれない。



 約束するよ、親父。



「……ありがとう。ちゃんと、受け取ったよ」


 雨は止んだ。

 家に帰ろう。


「また来てあげて」


 雰囲気が変わった、というか戻った。ぽわぽわしてる。

 当主の立場で話す時は切り替えるのか。親父といっしょだな。


「一つ、聞いてもいいか?」

「なぁに?」

「あいつは、君のことを知ってるのか?」


 元極道の俺にだってあんな調子だ。例え後から知ったとしても態度ひとつ変えないだろう。

 だとしても聞いておきたかった。


「全部知ってますよ」

「そうか」

「フフッ。やっぱり仲良しさん」

 

 オッサンに使う言葉じゃないだろ。

 デザインのセンスはいいのに言葉選びのセンスはないな。


「でも、約束の日はもうすぐだね」


 そういえば、似たようなことを先日も言われたな。


「何のことだ?」


 誰かと約束した覚えはない。少なくともこの子とはない。


「約束したんでしょ?高校卒業するまでだって」


 思い出した。


 “ 一年と少しだけここに置いて”


 あの日から何ヶ月経った?

 残り数ヶ月でこの生活が終わるのか?


 いや、いやいや、あれは、仕事取るために納期を短く伝える的な、そういうノリの話だろ。


「幸せは掴んでおかないと逃げてくよ」


 ザァァと風が吹いた。

 突然の風に気を取られていた間にあの子の姿は消えていた。



 夕方家に帰ると、いるはずのあいつがいなかった。


 まさかもう––


 一気に血の気が引いた。

 気づいた時には外へ飛び出していた。


 どこにいる。どこに行った。もう帰ってこないのか。二度と会えないのか。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 そんなの親父だけで充分だ。


 ひたすら走った。必死に探した。


 電車に乗ったかもしれないと、適当な切符を買って駅のホームに向かった。

 ちょうど電車が到着し、ゾロゾロと人が降りてくる。

 その中の一人と目が合った。

 

「あっ……」


 人をかき分ける。

 足は止まらない。

 目がそらせない。


「やっと見つけた……」


 両手を伸ばして、掴み取った。


 掻き抱く体は小さくて、細くて、折れそうで、心配になるほど弱々しかった。


「ふざけてるの?」

 

 怒ってる。ものすごく怒ってる。怒りで震えてる。チワワみたいにプルプルしてる。


「バカなの?頭沸いてんの?刑務所戻りたいの?」


 確かに脳と耳がイカれてる。

 生意気な口も憎まれ口も小鳥のさえずりにしか聞こえない。

 

 だがそろそろ離さないと本当に警察を呼ばれそうだ。


「一緒に帰ろう」


 体は離したが、代わりに手を掴む。


 なんとか手を離そうと、必死に引っ張ったり引っ掻いたり上下に振ったりしているが、力が弱すぎて何も感じない。



 幸せは掴んでおかないと逃げるからな。

 しっかりこの手を繋いでおこう。


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