第13話:ムショ帰りの極道、苦い過去を振り返る

 刑務所で聞いたんだ。

 囚人同士の噂話じゃない。

 顧問弁護士から聞かされたんだぞ。


「五代目が亡くなった。卯ノ花組は潰れた」



 俺の親父、五代目組長の卯ノ花うのはな 空木うつぎは昔気質の極道だった。


 卯ノ花家は代々住職の家系で、戦後の混乱期に門徒と立ち上げた自警団が形を変えて卯ノ花組になったものだから、あまり極道らしくなかった。

 

 だが血生臭いことはしていた。

 それを取り仕切っていたのが俺だった。


 表では人情派を装いながら、裏ではお天道様に顔向けできないことを散々やった。

 世の中、法律と話し合いで解決できることなんてほとんどない。

  


 俺の父親はヤクザで母親は風俗嬢で、二人揃ってヤク中アル中パチンカスだった。

 そんな親がまともに子育てするはずもなく、当たり前のように虐待されて育った。

 

 おかげで体は小さく、頭も悪く、小学校ではいじめられ続けた。

 中学に入ってから体が急にデカくなり、力も強くなっていった。そこから俺は全てを暴力で解決した。


 学校どころか近所でも俺に逆らう奴はいなかった。

 相手が暴走族だろうが半グレだろうが徹底的にやった。


 実の親でも同じだった。


 父親は半殺にしてやった。それを見て母親は逃げ出した。


 この時の俺はヤクザを舐めていた。

 父親が所属していた組のヤクザが俺を殺しに来た。そいつらを呼んだのは母親だった。


 徹底的に痛めつけられ、今までのは全部ガキの喧嘩だったと思い知らされた。

 

 意識は朦朧とし、もうすぐ死ぬんだと思った。そんな俺を見ながら母親はゲラゲラ笑っていた。

 

 どうしてこんな人間から生まれたんだ。

 どうしてこんな惨めな死に方をしないといけないんだ。

 どうしてこんなクソみたいな生き方しか出来なかったんだ。


 後悔しかなかった。


 生まれ変わったら真っ当に生きたい。

 誰からも愛される人になりたい。


 そう思いながら目を閉じた。



「そこまでだ。そいつはウチで引き取る。これ以上の手出しは許さん」



 薄れゆく意識の中で、その言葉だけは耳に届いた。低くて恐ろしい声だったのにとても安心した。

 もう何にも怯える必要はないんだと思ったんだ。



 目を覚ますと病院のベッドにいた。医者からは「あと一歩であの世行きだった」と言われた。


 見舞いに来てくれた親父は、詳しいことは何も話さず「これからお前の親父は俺だ」とだけ言った。


 生まれて始めて神様に感謝した。

 生まれ変われたんだと感動した。


 退院してからは「まともな人間になれ」と教養を叩き込まれた。

 小学校の勉強すら出来なかったし、躾もされてこなかったから一日5時間以上は家庭教師から指導を受けていた。


 なんとかまともに成長した俺は先輩や幹部に扱かれながら仕事を覚えていった。

 

 それから数年後、ゴミと一緒に捨てられていたあせびを拾うことになる。

 当時あせびは大学に通いながらホストをしており、移籍トラブルでボコボコにされたらしい。


 色々と片付けたあと一度だけ見舞いに行った。

 その数日後、あせびは知らぬ間に俺の部下になっていた。


 思い直せと何度も説得したがのらりくらりと交わされ続け、あっという間に数年が経った。


 がむしゃらに働き続けた俺は最年少で若中に就任した。

 極道としても親父と親子になれたことが本当に嬉しかった。


「桔梗、やってくれるか」


 親父から初めて頼まれごとをされた。


「もちろんです」


 それ以来、地獄の鬼でも逃げ出しそうな仕事は全部引き受けた。

 あせびには関わらせなかった。いつカタギに戻ってもいいようにしてやりたかった。


 俺からの報告を聞く親父は最後にいつも「すまない」と頭を下げてきた。

 やめてほしかった。そんなことしてほしくなかった。


 何度生まれ変わっても返せないぐらいの恩を受けた。

 その恩を返すためならなんだってする。命だって喜んで差し出す。


 俺だけじゃない。全員そうだ。

 親父に救ってもらった命を親父のために捨てるなんて当然のことだった。


 だが俺はそれすらできなくなった。

 ある事件の首謀者として逮捕され、刑務所にぶち込まれたからだ。

 親父にまで手錠がかけられそうになったが、なんとかそれは阻止できた。

 

 顧問弁護士との面会で親父と組の様子を教えてもらった。

 とくに変わりないと聞いて安心したが、もう必要ないと言われているようで辛かった。

 

 もうすぐ出所というタイミングで、久しぶりに顧問弁護士と面会した。


 極道顔負けのいかつい顔が真っ青だった。

 嫌な予感しかしなかった。


「親父が……死んだ……?」


 涙は出なかった。

 受け止めきれなかった。

 だが現実は変わらなかった。


 出所したその足で、組の事務所と親父の屋敷に向かった。

 そこに組の代紋はなかった。跡形もなく消えていた。


 親父は死んで、組もなくなった。

 受けた恩を誰に返せばいい。


 俺はこの世界で二度死んだ。


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